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第一章 第二節 非純血の少年たち

第20話 自分の幸せが、まわりの人間の幸せにつながるみたいな幻想を押しつけないで

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「ブライト、どういうこと!」
 ものすごい剣幕で自室に怒鳴り込んできた春日リンをみて、ブライトはため息をついた。すでにニューロンストリーマを通じて、その怒りの感情がこちらに送波されてきてはいたが、どうしても面とむかって言わずにいられなかったらしい。
 前々々時代的なことをする面倒な女だ、とブライトは感じずにはいられなかった。
「また同じことを繰り返すつもりなの?」
「なにがだ」
「一年半前と同じ。セラ・ジュピター、パイロット、神名朱門かみなあやとの二の舞いよ」
「あの時はあいつ一人だった。今度は三人がかりだ」
「熟練者と共同で戦わせるべきよ。タケル君をセラ・マーズに搭乗させて!」
「キミも彼らの戦闘シミュレーションの実績をみたはずだ」
「でも実戦は未経験でしょ!」
「なんだって未経験からはじまる」
「ハードランディングすぎる!!」
「ヤマトをマンゲツ以外の機体に乗せて、万が一、なにかがあったらどう責任をとる?」
「は、相変わらず自分の保身?」
「保身のなにが悪い。上にのしあがれた人間は、いつの世も減点がなかった者だ。あからさまな加点はむしろ害悪なのだよ」
「今はあなたの人生訓を聞いている時間じゃないわ」
「リン、キミはぼくに出世して欲しくないのか」
「自分の幸せが、まわりの人間の幸せにつながるみたいな幻想を押しつけないで」
 すっと音もなくドアが開いて、草薙素子がはいってきた。なんのエクスキューズもなく当たり前にその場所に現れたのをみて、リンが不快な目をむけたのがわかった。おそらく次に軽蔑の目が自分にむけられるだろう。
 だが、リンは目を合わそうともせずに、あくまでも事務的な声色で言った。
「それではブライト司令、出撃レーンにむかいます」
 すたすたと部屋を出ていくリンのうしろ姿を見ながら、ブライトは苦々しい気分を噛みしめていた。自分は今までそのような世渡りの仕方をしてきてここまで来たという自負と、これからもそれしか方法がない、という自己嫌悪のどちらをも一刀両断された、と感じていた。過去にも未来にもクサビを打ち込まれて身動きできない、そんな気分だった。
 草薙少佐がこちらをみているのを感じて、ブライトは咳払いをした。
 また国連総長とのあの茶番劇がはじまる。だが、いまのこのもやもやした気分を忘れられるのであれば、そんな時間でも少々ありがたいのかもしれない。
 ブライトは直立不動のまま、甲高い着信音がくるのを待った。

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 伝導スキンをからだに蒸着させた身体に、コンバットスーツを羽織りながら、出撃レーンへ足を踏みだしたリョウマは、足が震えるのを感じていた。百メートルほどむこうにあるデミリアン各機の周りでは、驚くほどの人数のクルーたちがめまぐるしくたち働いていた。スタッフ総出と思わせるほどの陣容が、各自の担当箇所をこまめにチェックしている様を目の当たりにすれば足がすくまないほうがおかしい。とたんに、自分たちにかけられている責任がどれほどのものか、じわじわと現実的になってきたのがわかった。
「そんなに緊張しないで」
 いつのまにか、かたわらに春日リン博士が立っていた。
「あら、メイ。わざわざこんなところまでお見送り?」
「そりゃ、そうでしょ。私の一番の生徒たちの初陣なんですもの」
「なによ、たち、って、私ひとりじゃないのぉ」
 アスカがぷーっと口を膨らませているのを横目でみて、リョウマはほんのちょっとだけ強張りがほどけた気がしてきた。
「ありがとうございます。メイ……、いえ、春日博士」
「あら、まだ緊張してる?。リンでいいわよ」
「あ、はい、リンさん」
 リンが自分のうしろに見え隠れしているレイのほうを首をかしげてのぞき込んだ。
「レイ、あなたは、大丈夫、よね」
「えぇ、やっと敵を殺せるんでしょ。問題ないわ」
「いや、そんなに最初から気合いをいれなくてもいいよ」
 リンのうしろからエドが短躯をのぞかせた。
「亜獣は一度出現するとそこからは短期で何度も出現する。そのどこかのタイミングでかならず倒せばいいサ」
「エドさん、あなたバカなの?。逃すたびに被害が拡大するンでしょ」
「ん、まぁ、それはそうなんだけど……」
「アスカ、エドさんは、いれ込むことはない、って言いたいだけだよ」
「いれ込むって、馬じゃないんだから。あたしたちの実力、見くびりすぎよ」
 リンが搭乗をうながすようにリョウマの背中にやさしく手をあて、「さぁ、みんなスタンバイOKよ。急ぎましょ」と押しだすと、エドのほうにちらりと目をむけた。
「エド、亜獣消失までの時間は?」
「75分20秒といったところだ。時間は充分あるよ」
「到着するのに60分くらいかかるわ。15分も残らない」
 レイがぼそりと抗議した。
「あら、タケル君は58秒で始末したことがあるわよ」
 リンのことばに、リョウマはハッとした。
「そう言えば、ヤマト君は?」
「聞いてなかった?。今日は待機よ」
 リンのその口調は、そのことに本人でも納得がいっていないような、ぶっきらぼうな響きがあった。リョウマはその声色を感じ取って、鼓動が高まるのを覚えた。ブライト司令があの時言っていたことばは、はったりではなかったのだ。新人三人だけを熟練者のサポートなしで、戦場へ送りだそうとしている。
 ブライト司令はぼくらの実力を信じてくれている。もちろん、そうだ。
 勝てれば。
 だが、負けたら……、初陣であっても負けたとしたら……。


 あぁ、わかってる……。ただの捨て駒だったということだ。
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