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本編
第十話 身支度
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ここのところ、まめな大福が掃除をしてくれていて良かったと思う場面が続いている。長らく使われていなかった西洋造りの客間に、家の者と呪術師兄妹が集まっているのだから。硝子を天板として組み込んだテーブルを挟み、花と蔓が描かれたソファに、対面する形で腰を下ろしていた。
大福が用意した淡溶茶により、呪術師兄妹は少し落ち着いたらしい。口の中がさっぱりすると、斑の大々的な告白を受け取る程度の思考も取り戻せた。
「まさか……僕らの代で、神宿りとお会いすることになるとは」
「この子の力も見ず、もう信じるのか」
「信じるというより、疑えません。貴方は、この手の質の悪い冗談を言うような妖ではないはずだ」
正史は湯飲みを置く。先程までの情けない態度は消え、穏やかで落ち着いた青年の口調だった。ただ、心の内で感情を持て余しているような含みもある。
正史の横に座る静乃の顔色も、一瞬見せてからの変化は無く、凛としたものに戻っている。ただ、眼鏡の向こうの瞳は、斑に向けて微かに揺らいでいる。
「それに、漏れる呪力の異質さは僕にも分かります。同じ人間でも、呪術師とは違う。とても大きくて、だけど、何だか……」
どこか言い淀み、斑へと窺う視線を向けたが、隈取りの目付きの無反応を呑んで続ける。
「やっぱり、お互いを知る為には自己紹介だよね」
そして、シロに対して朗らかな笑顔を向けた。
「改めまして、僕は皆守正史です。宜しくね、シロちゃん! さっき聞こえてたかもしれないけど、こっちは妹の静乃。歳が近そうだし、仲良くしてやってね!」
兄のお気楽な態度に静乃のこめかみが疼いた。
「うーん、一応確認しておこっか。シロちゃん、今まで満月の日になると、何か変わったことが起きなかった?」
シロは息を呑み、答えた。
「右目が……赤くなります」
「女性の神宿りは右目が赤くなる。文献通りだ! あ、病気じゃないから安心してね。神宿りの体質の一つだから」
「……はい」
シロは、病気ではないという彼の言葉に、ちくりとしたものを感じた。
確かに、目が腫れたことも痛んだことも無い。ただ赤く光るものに過ぎない。しかし、そんな異端児は村でシロしかいなかった。いつからその「症状」が現れたのか覚えていないが、多分、偶然通りがかった村人に見られたのだろう。「墓守りの子は怨霊に乗っ取られている。あの血に染まった右目が印だ」――そう囁かれることもあった。満月の日には、両親がシロを夕暮れの前には家に帰らせ、戸を閉め切って隠したのも、そういうことだ。以来、シロは満ちた月の形を知らない。
「では、斑様」
「仰々しい呼び方は止めてほしいがね」
「形式的なものですから。で、今回のお呼び出しは、白児……と、神宿りについてのご報告だったわけですね」
「正直なところ、それはついでの用件だ」
「え、まだ何か?」
「本題に入る。この子の生活に必要なものを揃えてやってほしい。現世に行けば、いくらでも相応しい店があるだろう。家にあるものは、使えるのか使えないのか分からないのでな。特に女物は、私と大福の男二人では疎い」
静乃が、抑え込んでいたものを我慢ならなくなって吐き出す。
「なるほど。それで、そのような酷い格好をさせているのですね」
非難も含んだ語調で、はっきりと続ける。
「シロさんのお姿、ずっと気になっていました。男性達の手前、控え目な表現に留めておきますが……外で見せてはいけないですよ。今は浴衣にも色んな種類があるので、必ずしも浴衣姿がそれにあたるというわけではないのですが、その昔ながらの簡素な作りは、外出着としては使えません。しかも妙に皺がついて、湿った名残もあるし、一体何をされ――」
「し、静乃」
兄の制止を聞くくらいの冷静さはある。一つ息を吐き、頭を下げた。
「すみません。ただ、シロさんと同じ女性として、斑様に不信感を抱かざるを得ない状態だったので」
切れ長の目が斑を見据える。まだ幼い見習いだというのに、作り方は下手だが、妖怪相手に度胸を見せる。
斑は頷き、特に不愉快でもなさそうに応える。
「見習いの疑念は最もだ。それくらい考えてくれる味方がいる方が、シロも安心するだろう。ひとまずの弁明として、この子を慰みものにする気は無い、と言っておく。それと、この子を迎えてから早いうちに鬼火を送ったが、遅れたのはそちらの都合だ。……しかし、その辺りの経緯については、私からではなく、この子自身に語ってもらう方がいい気がする」
ちらりと向けられた眼差しに、シロは困り顔をしながら目を合わせた。
打ち合わせは何もしていないらしいと汲み取り、正史は提案する。
「では、現世で腰を落ち着けたら話をしましょう」
「待って、兄さん。連れていくにしたって、シロさんの服装、どうするの」
「なあ、和室の押し入れに何かあるかもしれンぞ」
ようやく入ってきた大福が打開策をくれた。
「でもオイラには分からンから、見てくれ」
シロが着ている浴衣は、二階の空き部屋の押し入れから引っ張り出してきたそうだ。和室の押し入れは一際大きい。だからこそ、手をつけるには難しくて放置していた。
全員が場所を移し、そこに仕舞われている可能性を信じて長櫃を開ける。
「あのー、ちなみに、斑様の手持ちって、どうなってます?」
古めかしい男物の着物が次々と出てくる光景に、頭痛を覚えながらも目当てを探す静乃の横で、正史は物入りの話をする。現実的に考えて、生活には金がかかるものだ。
「特例として、こちらで負担することも出来ますが……」
「現世で使える金か。……大福、お前、たまに仕舞っていなかったか。茶色の壺に」
大福は目を丸くした。自室の箪笥の横に、梅干しを保存しておく為に使っていた壺を、三つほど置いてある。だが、中身は汚い石と紙だ。
「仕舞っておりますけど……あれって現世のお金だったンですか!?」
「いや、私もよく分からない。昔、見たものと似ている気がしてな。ただ、現世は事ある毎に金の見目や価値を変えるから、今の時代に使えるかどうか――」
和室に運ばれてきた壺の中から、石と紙を取り出しては発狂する正史の背中を、斑と大福は静かに見守っている。
「うわあああ、これって資料集に載ってる二百年くらい前の硬貨じゃないですか! こっちは和王国で初めて使われ出した紙幣だ!」
「使い古しか」
「まさか! 値打ちの骨董品……いや、歴史的な重宝ですよ! これ、水上家で引き取らせてもらえませんか? そしたら相応の謝礼として負担及び換金しますので!」
「これと似たようなものなら、蔵にいくらでもあったはずだが。どうする、大福」
「どうぞ」その即答に名残惜しさは全然無かった。
常世では金銭の概念が薄い。それでも成り立つ取引と言えば物々交換だ。大福行きつけの、カセ鳥という妖怪が営む万屋がある。そこは普段使う食材の数々から、カセ鳥自身も何なのか分かっていない、変なものまで置いてある。そんな店主だから、おまけと称して汚い石と紙を押しつけられているだけだと思いつつ、色んな形があって面白いので、何となく集めていた。まさか現世の通貨だとは思ってもいなかったし、多分カセ鳥もそうだろう。知っていたとしても、金銭を重んじないので、どうでもいいだろうけれど。
懐の準備は整った。一方、浴室の方では、静乃とシロが支度をしている。
「静乃、そっちはどう? シロちゃんに合う?」
「合う、けど……」
ちょきんと鋏の音が聞こえた。解れた糸を緊急的に切って整えるだけ。それでも、大抵のことをこなせる妹が、唯一裁縫だけは得意ではないと知っている正史としては、少し心配になる。しかし、女性の身支度なのだから任せるしかない。それに、大方のことはシロ自身がやっているようだ。
やがて、衣擦れと板張り床を歩く音が聞こえた。目にも鮮やかな、優雅に生地の上を舞う無数の蝶の文様が描かれた、赤い色留袖に着せられているシロが現れた。
シロは、着たことも触ったことも無い着物をまとう羽目になり、どうしていいか分からず、目を泳がせる。
静乃が呆れて溜め息を吐いた。
「何ですか、これ。祭儀用の着物ですよね。しかも年代物の。虫食いされていないのが不思議ですよ。他にもいくつかありましたが、丈の都合でこれが最適と言わざるを得ないなんて。まともな服は置いていないのですか」
「置いていないだろうから呪術師を呼んだ」
「……そうでしたね。とりあえず、仰々しいですが、浴衣よりはずっといいです。何かの祭事に参列したと思ってくれるでしょう」
何がそこまで大事なのか、斑と大福にはさっぱり分からない。少なくとも変な格好には見えない。正史は、装いから行き過ぎた古格を読み取っているが、口を挟むのは止めておいた。
玄関を出た三人は、式台に立つ斑と大福の視線に対面する。
「ご厚意に甘えて、本当に好きなだけ買っちゃいますよ」
「お前ではなく、シロの為だ」
あはは、と軽々しい笑い声で返す兄を、静乃は密やかに睨む。
一歩踏み出したら出発という空気の中、シロは、斑の足元で、もじもじしている大福が気になって仕方ない。現世の通貨らしいものを発見してから、あっさり譲ってくれたが、もう好奇心が丸出しなのだ。金には興味が無くても、現世には興味があるに違いない。
「あの」と、シロが切り出す。
「大福さんも一緒に行くことは出来ませんか? 人間が常世に来るなら、妖怪だって現世に行っていいんですよね?」
黙ったままの正史と静乃の反応を窺いながら続ける。
「お金、知らなかったとはいえ、大福さんが集めていたのに私だけが使うなんて、気が引けるというか……。大福さんだって何か買ったり、見て回ったりしたくないの? 現世に行ったこと無いって言ってたでしょ」
「いや、でも、だって、オイラ……」
「行きたいのか」
常に平淡だった斑の声色が少し跳ね上がった。
「お前、現世に行きたいと一度も口にしたことが無かったじゃないか。てっきり、興味が無いのかと思っていた。呪術師が許可するなら、連れていってくれないか」
「構いませんよ。ちなみに大福さんの甚平姿は、都でもよく見かけるので着替えは不要です」
大福の顔が一気に明るくなった。すぐに下駄を履き、ぱたぱたと駆けてシロの足元に着いた。
「シロ」
振り向いたシロに向けて、斑は落ち着いた調子で告げる。
「好きに語れ。覚えている限りのことを。話しておきたいこと、訊いておきたいこと、私よりも呪術師の方が正確に応じるだろう。……私に関する判断も、呪術師に任せる」
正史は一礼した。静乃もそれに続く。
「さて、私は留守番だ。するべきこともあるのでな。せっかくの見物だから、ゆっくり楽しんできなさい」
それだけ言うと、戸を閉めた。
大福が用意した淡溶茶により、呪術師兄妹は少し落ち着いたらしい。口の中がさっぱりすると、斑の大々的な告白を受け取る程度の思考も取り戻せた。
「まさか……僕らの代で、神宿りとお会いすることになるとは」
「この子の力も見ず、もう信じるのか」
「信じるというより、疑えません。貴方は、この手の質の悪い冗談を言うような妖ではないはずだ」
正史は湯飲みを置く。先程までの情けない態度は消え、穏やかで落ち着いた青年の口調だった。ただ、心の内で感情を持て余しているような含みもある。
正史の横に座る静乃の顔色も、一瞬見せてからの変化は無く、凛としたものに戻っている。ただ、眼鏡の向こうの瞳は、斑に向けて微かに揺らいでいる。
「それに、漏れる呪力の異質さは僕にも分かります。同じ人間でも、呪術師とは違う。とても大きくて、だけど、何だか……」
どこか言い淀み、斑へと窺う視線を向けたが、隈取りの目付きの無反応を呑んで続ける。
「やっぱり、お互いを知る為には自己紹介だよね」
そして、シロに対して朗らかな笑顔を向けた。
「改めまして、僕は皆守正史です。宜しくね、シロちゃん! さっき聞こえてたかもしれないけど、こっちは妹の静乃。歳が近そうだし、仲良くしてやってね!」
兄のお気楽な態度に静乃のこめかみが疼いた。
「うーん、一応確認しておこっか。シロちゃん、今まで満月の日になると、何か変わったことが起きなかった?」
シロは息を呑み、答えた。
「右目が……赤くなります」
「女性の神宿りは右目が赤くなる。文献通りだ! あ、病気じゃないから安心してね。神宿りの体質の一つだから」
「……はい」
シロは、病気ではないという彼の言葉に、ちくりとしたものを感じた。
確かに、目が腫れたことも痛んだことも無い。ただ赤く光るものに過ぎない。しかし、そんな異端児は村でシロしかいなかった。いつからその「症状」が現れたのか覚えていないが、多分、偶然通りがかった村人に見られたのだろう。「墓守りの子は怨霊に乗っ取られている。あの血に染まった右目が印だ」――そう囁かれることもあった。満月の日には、両親がシロを夕暮れの前には家に帰らせ、戸を閉め切って隠したのも、そういうことだ。以来、シロは満ちた月の形を知らない。
「では、斑様」
「仰々しい呼び方は止めてほしいがね」
「形式的なものですから。で、今回のお呼び出しは、白児……と、神宿りについてのご報告だったわけですね」
「正直なところ、それはついでの用件だ」
「え、まだ何か?」
「本題に入る。この子の生活に必要なものを揃えてやってほしい。現世に行けば、いくらでも相応しい店があるだろう。家にあるものは、使えるのか使えないのか分からないのでな。特に女物は、私と大福の男二人では疎い」
静乃が、抑え込んでいたものを我慢ならなくなって吐き出す。
「なるほど。それで、そのような酷い格好をさせているのですね」
非難も含んだ語調で、はっきりと続ける。
「シロさんのお姿、ずっと気になっていました。男性達の手前、控え目な表現に留めておきますが……外で見せてはいけないですよ。今は浴衣にも色んな種類があるので、必ずしも浴衣姿がそれにあたるというわけではないのですが、その昔ながらの簡素な作りは、外出着としては使えません。しかも妙に皺がついて、湿った名残もあるし、一体何をされ――」
「し、静乃」
兄の制止を聞くくらいの冷静さはある。一つ息を吐き、頭を下げた。
「すみません。ただ、シロさんと同じ女性として、斑様に不信感を抱かざるを得ない状態だったので」
切れ長の目が斑を見据える。まだ幼い見習いだというのに、作り方は下手だが、妖怪相手に度胸を見せる。
斑は頷き、特に不愉快でもなさそうに応える。
「見習いの疑念は最もだ。それくらい考えてくれる味方がいる方が、シロも安心するだろう。ひとまずの弁明として、この子を慰みものにする気は無い、と言っておく。それと、この子を迎えてから早いうちに鬼火を送ったが、遅れたのはそちらの都合だ。……しかし、その辺りの経緯については、私からではなく、この子自身に語ってもらう方がいい気がする」
ちらりと向けられた眼差しに、シロは困り顔をしながら目を合わせた。
打ち合わせは何もしていないらしいと汲み取り、正史は提案する。
「では、現世で腰を落ち着けたら話をしましょう」
「待って、兄さん。連れていくにしたって、シロさんの服装、どうするの」
「なあ、和室の押し入れに何かあるかもしれンぞ」
ようやく入ってきた大福が打開策をくれた。
「でもオイラには分からンから、見てくれ」
シロが着ている浴衣は、二階の空き部屋の押し入れから引っ張り出してきたそうだ。和室の押し入れは一際大きい。だからこそ、手をつけるには難しくて放置していた。
全員が場所を移し、そこに仕舞われている可能性を信じて長櫃を開ける。
「あのー、ちなみに、斑様の手持ちって、どうなってます?」
古めかしい男物の着物が次々と出てくる光景に、頭痛を覚えながらも目当てを探す静乃の横で、正史は物入りの話をする。現実的に考えて、生活には金がかかるものだ。
「特例として、こちらで負担することも出来ますが……」
「現世で使える金か。……大福、お前、たまに仕舞っていなかったか。茶色の壺に」
大福は目を丸くした。自室の箪笥の横に、梅干しを保存しておく為に使っていた壺を、三つほど置いてある。だが、中身は汚い石と紙だ。
「仕舞っておりますけど……あれって現世のお金だったンですか!?」
「いや、私もよく分からない。昔、見たものと似ている気がしてな。ただ、現世は事ある毎に金の見目や価値を変えるから、今の時代に使えるかどうか――」
和室に運ばれてきた壺の中から、石と紙を取り出しては発狂する正史の背中を、斑と大福は静かに見守っている。
「うわあああ、これって資料集に載ってる二百年くらい前の硬貨じゃないですか! こっちは和王国で初めて使われ出した紙幣だ!」
「使い古しか」
「まさか! 値打ちの骨董品……いや、歴史的な重宝ですよ! これ、水上家で引き取らせてもらえませんか? そしたら相応の謝礼として負担及び換金しますので!」
「これと似たようなものなら、蔵にいくらでもあったはずだが。どうする、大福」
「どうぞ」その即答に名残惜しさは全然無かった。
常世では金銭の概念が薄い。それでも成り立つ取引と言えば物々交換だ。大福行きつけの、カセ鳥という妖怪が営む万屋がある。そこは普段使う食材の数々から、カセ鳥自身も何なのか分かっていない、変なものまで置いてある。そんな店主だから、おまけと称して汚い石と紙を押しつけられているだけだと思いつつ、色んな形があって面白いので、何となく集めていた。まさか現世の通貨だとは思ってもいなかったし、多分カセ鳥もそうだろう。知っていたとしても、金銭を重んじないので、どうでもいいだろうけれど。
懐の準備は整った。一方、浴室の方では、静乃とシロが支度をしている。
「静乃、そっちはどう? シロちゃんに合う?」
「合う、けど……」
ちょきんと鋏の音が聞こえた。解れた糸を緊急的に切って整えるだけ。それでも、大抵のことをこなせる妹が、唯一裁縫だけは得意ではないと知っている正史としては、少し心配になる。しかし、女性の身支度なのだから任せるしかない。それに、大方のことはシロ自身がやっているようだ。
やがて、衣擦れと板張り床を歩く音が聞こえた。目にも鮮やかな、優雅に生地の上を舞う無数の蝶の文様が描かれた、赤い色留袖に着せられているシロが現れた。
シロは、着たことも触ったことも無い着物をまとう羽目になり、どうしていいか分からず、目を泳がせる。
静乃が呆れて溜め息を吐いた。
「何ですか、これ。祭儀用の着物ですよね。しかも年代物の。虫食いされていないのが不思議ですよ。他にもいくつかありましたが、丈の都合でこれが最適と言わざるを得ないなんて。まともな服は置いていないのですか」
「置いていないだろうから呪術師を呼んだ」
「……そうでしたね。とりあえず、仰々しいですが、浴衣よりはずっといいです。何かの祭事に参列したと思ってくれるでしょう」
何がそこまで大事なのか、斑と大福にはさっぱり分からない。少なくとも変な格好には見えない。正史は、装いから行き過ぎた古格を読み取っているが、口を挟むのは止めておいた。
玄関を出た三人は、式台に立つ斑と大福の視線に対面する。
「ご厚意に甘えて、本当に好きなだけ買っちゃいますよ」
「お前ではなく、シロの為だ」
あはは、と軽々しい笑い声で返す兄を、静乃は密やかに睨む。
一歩踏み出したら出発という空気の中、シロは、斑の足元で、もじもじしている大福が気になって仕方ない。現世の通貨らしいものを発見してから、あっさり譲ってくれたが、もう好奇心が丸出しなのだ。金には興味が無くても、現世には興味があるに違いない。
「あの」と、シロが切り出す。
「大福さんも一緒に行くことは出来ませんか? 人間が常世に来るなら、妖怪だって現世に行っていいんですよね?」
黙ったままの正史と静乃の反応を窺いながら続ける。
「お金、知らなかったとはいえ、大福さんが集めていたのに私だけが使うなんて、気が引けるというか……。大福さんだって何か買ったり、見て回ったりしたくないの? 現世に行ったこと無いって言ってたでしょ」
「いや、でも、だって、オイラ……」
「行きたいのか」
常に平淡だった斑の声色が少し跳ね上がった。
「お前、現世に行きたいと一度も口にしたことが無かったじゃないか。てっきり、興味が無いのかと思っていた。呪術師が許可するなら、連れていってくれないか」
「構いませんよ。ちなみに大福さんの甚平姿は、都でもよく見かけるので着替えは不要です」
大福の顔が一気に明るくなった。すぐに下駄を履き、ぱたぱたと駆けてシロの足元に着いた。
「シロ」
振り向いたシロに向けて、斑は落ち着いた調子で告げる。
「好きに語れ。覚えている限りのことを。話しておきたいこと、訊いておきたいこと、私よりも呪術師の方が正確に応じるだろう。……私に関する判断も、呪術師に任せる」
正史は一礼した。静乃もそれに続く。
「さて、私は留守番だ。するべきこともあるのでな。せっかくの見物だから、ゆっくり楽しんできなさい」
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