気分屋書き散らし

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キューピットは振り返らない

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 爛々とした月が頂点を過ぎ傾き始めた頃、静寂に包まれ夢へと進む街中に反し、窓から零るる蛍光灯と漂う煙草の紫煙の主たるその店は毎日の様に遅く迄誰彼構わず歓迎の扉を開けていた。そんな店に取り憑かれた様に通う自身は今日も変わらず安酒を焼ける喉に浴びせては脳の機能を制限し乍とある人を待つ。
 
 時折来る中肉中背の黒髪の彼、彼が来るのは週初めの時もあれば、週終わりの時もあり、全く読めない。だから自身は彼に会う為此処に居座り続ける。本日聞くのですら何度目なのか分からない脳にこびりついた入店音を片耳にチラリと其方の方を向ければ自身が求めていた人とは矢張り違う人物で、此方も何度目か分からない溜息を零せば今日は彼はもう来ないだろうと席を立つ。

「ごっそーさん」
 グラスと料金を机に置けば退出時構わず鳴る入店音を背に1歩積み出し立ち去ろうとする─その隣を黒髪の彼が通り過ぎようとしていた。慌てて咄嗟に振り返り乍彼の手首を掴む

「…今日も、良いか?」

 瞳を交わし入る前の彼を引き止めてはそう問掛ける。彼とはこの部屋で出会った言わば情事を交わすだけの間柄。彼に片思いし深く思い入れが有るのは自分だけ。酒に溺れ色慾に溺れ当て所無く彷徨い続けた結果辿り着いたのが彼の元。最上級の優しさと温かさで迎え入れてくれた彼にあっという間に依存すればこうして彼を待ち続ける毎日。彼が未だ素面の為か誘いの言葉の返答に躊躇が見られるも暫くすれば一つ頷いてくれた。近くのホテルに既にアルコールが身体を巡る自身はたたらを踏み乍辿り着けば場を盛り上げる為だけの言葉を背中一杯に受け取って淡々と情事は進む。人肌のぬくもりと快楽に蕩れる彼の瞳は自身を透かして空を見た。やり切れない感情を隠しその代償に彼の中を貫く熱帯びた物から反吐を零せば紫煙を燻らせるが為に窓際へ。彼は疲れ果ててベットから出て来ず、胸いっぱいに煙を吸い込むも満たされぬ心は曇り空。何本吸ったか分からず疲労感とアルコールとニコチンで意識が微睡んで来たその頃、彼が不意に起きて来ては隣で夜景を眺めた。

「これで最後にしないか。」 

「……は?」

円満に行っているとは言い難い物の、身体の相性自体は良く、喧嘩とも気まずさとも掛け離れていたと思っていた自身にはあまりにも突飛すぎる提案。不安と焦燥で跳ねる心臓を手で抑え付ければ消える寸前の疑問が彼へと放たれる。

「なんで。」

 「親が、結婚をしろと煩くてね。」 

零れそうな涙で歪んだ視界では彼も苦そうな顔をしていたと思う。望まぬ結婚なのか、夜景から逸らし此方を見る彼の視線はまるで自身に縋り付く様で。もしやと思い声を出そうとする─が、出なかった。違ったら?これ以上彼に嫌われたら?最後の最後で嫌われるのか。それなら円満に別れた方が良いじゃないか。悪魔なのか天使なのか分からない其れが脳に囁き喉を伝う音を奪う。暫く抗い何か、何か言おうとするも、出来なかった。一度落ち着こうと涙を指で拭い彼を見る。…彼は、なんて事ない顔をしていた。ただ単純に事実を告げたかの様に、なんともない顔をして其の儘窓際から戻りまたベットの中に潜り込む。もう声を掛ける手段は無く灰皿で煙草の火を揉み消せば自身は硬いソファーに寝転がった

「…じゃあな。」

 朝、最後の夜は終わり彼の笑顔を見る機会ももう無い。沈んだ自身と対処に良い笑顔を浮かべる彼り

「嗚呼、さよなら」

一言告げて未練も無いのか自身の進む道とは逆方向に歩き始めてしまった。最後に何か言いたくて、彼の心の中に残りたくて彼の肩を掴もうとするその手は空を切る。あの瞬間想いを告げられなかった弱虫は彼と結ばれる事無く糸を切られた。キューピットは振り返らない、2度目のチャンス等ある筈も無くその後は悠久に後悔ばかりが胸を締める。──明来る日も安酒を煽れば彼の変わりを探していた

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