上 下
162 / 212
【第三章 ゴーレム幼女暴走編】

お母さん! 世界の終わりと

しおりを挟む
 ______ヴァ二アル国______

 ◇ ◇ ◇
 ■ ■ ■

 シルフに振りかざされた殺意のある手刀。
 その場にいた全員がシルフが殺されてしまうと察し、悲鳴を上げる者、目を背ける者が多数を占める中、レミーの身体を乗っ取ったブラックだけがポツリと言葉を発した。

「あら~。遅かったじゃない」

 シルフとゴーレム幼女の間を断つように突然、地面に亀裂が入ったかと思うと割れた地表から炎の柱が噴き上がり、ゴーレム幼女は焼けた腕を抑えながら悲鳴を上げた。

 ______ドン!!!

 空から舞い降りたミーレは火柱に蓋をするように噴き上がった炎を二本の足でしっかりと押さえつける。
 マグマのような髪色に火の粉が纏い、高温を身体全体で浴びているにも関わらず、服は燃える事がない。

「やあ! ゴーレムの魔女! リベンジマッチをしようじゃないか」

 豊満な胸を抱えるように腕を組むミーレは先程とは打って変わって自身に満ちた表情を浮かべている。

 野生の獣は自分よりも強い相手というものを肌で感じる事が出来る。
 自我を失ったゴーレム幼女にも野生の勘が備わっているのか、ミーレの姿を見て、ゆっくりと後ずさりを始めた。

「ふーん。まあ、逃がさないんだけどねー」

「______!?」

 不敵な笑みをミーレが浮かべた直後、ゴーレム幼女は背を向け、四つん這いで後ろ足を大きく蹴り、その場を離れようとする。

「ミーレ!」

 この場からゴーレム幼女を逃がしてしまうのはマズイ。
 そう悟ったシルフがミーレの名を呼ぶがその時、既に、ミーレは逃げるゴーレム幼女の目の前まで転移していた。

「逃がさないって言ったでしょ!」

 目の前に現れたミーレに驚いたゴーレム幼女はピタリと足を止める。
 ミーレは一歩、間合いを詰め、ゴーレム幼女の脇腹に重たい蹴りを浴びせ、踏ん張る事が出来なかったゴーレム幼女は数十メートル吹き飛ばされ、瓦礫に叩きつけられた。

「まだまだ!」

 叩きつけられたゴーレム幼女が顔を上げるとまたしても目の前にはミーレの姿。
 ミーレはゴーレム幼女の顔面に右ストレートをお見舞いすると無防備となった顎に左フックを打ち込み、ゴーレム幼女の脳を揺らす。
 前回、戦った際はミーレが防戦一方だったのに対し、今回は立場が逆転した格好となった。

「ミーレってあんなに強かったのね... ...」

 シルフは自分達が手も足も出なかったゴーレム幼女を袋叩きにしているミーレを見て、驚きの声を上げる。

「元々、強かった訳じゃないよ。僕の体液を与えたんだ」

 そう言いながら、空から舞い降りたパスの姿を見て、シルフは息をのんだ。

「ヴァ二アルなの?」

「うん。そうだよ」

 シルフが昨夜会った際、パスは普通の人間の姿だった。
 しかし、目の前に現れたパスの背中からは琥珀色の透き通った美しい翅が生え、人間とは思えない姿となっている。

 何があったの?
 シルフはそう誰もが思い付く野暮な言葉を使わずに。

「... ...無事で良かった」

 と安堵の表情と子供を包み込むような優しい言葉でパスを受け入れた。

「ごめんね。心配かけて... ...」

「全くよ! それよりも花島がいないの!」

「え!? いない!?」

 確かに戦闘が始まってからパスも花島の姿を見ていない。
 パスが周りを見渡しても他の者の姿は見えるが、見慣れた中年の腹をした花島の姿だけがない。

「あなた達が探している男は恐らく、あそこにいるわよ~」

 シルフとパスが花島の行方について思案していると老婆のように腰を曲げたブラックが瓦礫の下まで歩いてきてそう告げた。

「あそこ?」

 ブラックはゴーレム幼女とミーレを指差し、シルフは目で追う。

「あの子の中よ~」

「あなた、何を言っているの? それに、何かあなた雰囲気が違うような... ...」

「シルフ... ...。それって多分、花島がゴーレムちゃんの中にいるってことだよ」

「え? ヴァ二アルまで一体なにを言って... ...」

 シルフは青ざめたパスの表情を見て、現在の状況と事態をようやく察した。

「花島がゴーレムの中______それって花島が食べられたって事なの!?」

 シルフは焦った様子でパスに言葉の意味を問おうとするがパスは首を大きく横に振る。

「恐らく違うわ~。魂だけがあの中に吸い込まれた。肉体は恐らくどこかにあると思うわ~」

 瓦礫の下からブラックが答えるとパスは大きく首を縦に振る。

「ブラックが言っている事は間違ってないと思う。僕もゴーレムちゃんの中から微かにだけど花島の気配を感じるんだ」

「花島... ...。ど、どうすれば花島を救う事が出来るの!?」

 花島がゴーレム幼女の中に囚われている事は分かった。
 しかし、問題は囚われている事実よりもどうやって花島を救出するか。
 シルフはパスに問うが「そ、それは... ...」と困惑した様子でシルフから顔を逸らされてしまった。

「私たちじゃ、どうすることも出来ないわー。その花島って子が自分で何とかするしかないわね~」

「花島は普通の人間なのよ! いいえ! 普通の人間よりも弱いし、ワガママで出来損ないよ! そんな花島が自分でゴーレムの中から出て来れるとは思えないわ!」

「え~。そう言われても~」

 シルフにとっては花島は一緒に旅をしてきた仲間という認識だが、ブラックにとってはただの人間。
 ハッキリ言って、花島の生死などどうでも良かった。

「______kush hjl!」

 ゴーレム幼女と戦闘を繰り広げていたミーレは魔法を使い、ゴーレム幼女を拘束。
 両腕と両足に光の輪のようなもので瓦礫に磔《はりつけ》にされたゴーレム幼女はぐったりとしており、ハンターに捕らえられた獣のようにミーレの事を睨み付ける。

「イキャアア!!!」
 
「お~! 君すごいね! まだ、あたしと戦う意思があるんだね~! でも、もう、お終いだよ~! 君はもうじき時空の狭間に飛ばされちゃうんだからさ!」

 ミーレの言葉を復唱しながらシルフはブラックに問いかける。

「時空の狭間に飛ばす?」

「ええ。そうよ~。私たちの転移魔法で時空の狭間に飛ばすのよ~。そこには音も時間も光も闇もないわ~」

「は、花島は一体どうなるの?」

「あの子の中にいるって事は一心同体。花島って子も時空の狭間に飛ばされてしまうわね~」

 ブラックの目は本気だった。
 彼女は人間を本当に”モノ”としか見ていないのだろう。
 花島を時空の狭間に飛ばすという事が花島をどれほど苦しめるのか理解していない。
 分かっていたとしても、それはどうでも良い事と割り切っているに違いない。

「レミー! 凄いでしょ! あたし勝っちゃった!」

 ゴーレム幼女を拘束して、帰ってきたミーレは自慢気にレミーの身体を乗っ取ったブラックに話しかけてきた。

「あら~。凄いわ~。強くなったわね。ミーレ」

「ん? レミー? 何か話し方変だよ? 頭でも打った?」

「ミーレは魔力が上がってもおバカさんなのは変わりないわね~」

 ミーレはムッとした表情を浮かべる。

「あんた、レミーじゃないね。誰?」

「ブラック。あんた達の本体よー」

「本体? よく分からないけど、レミーはどこにいるの?」

「どこってここよ、ここ」

 ブラックは自分の心臓をちょんちょんと指でつく。
 ミーレは困惑した面持ちを見せるが、これ以上会話をしても満足の行く答えが返ってこないと察し、深い溜息をついた。

「レミーに何かあったら、ただじゃおかないよ」

「はいはい。ん?」

 子供をあしらうようにミーレの言葉を聞き流すブラックの横をシルフが走り去っていく。
 シルフは光の輪で拘束されているゴーレム幼女の元で立ち止まると、腰を落とし、ゴーレム幼女に向かって訴えかけた。

「ゴーレム! あんた早く正気に戻りなさい! このままではあなたも花島もマズイ事になるのよ!」

 額に玉のような汗を掻くシルフ。
 ゴーレム幼女はシルフの声に聞く耳がないのか、自身を拘束している光の輪を外そうと身体を揺らし、悲鳴を上げる。
 断末魔のような嫌な音を聞きながらミーレとブラックはゴーレム幼女とシルフの周りに魔法陣を描き始めた。

「シルフもそこを離れた方がいい。じゃないとシルフまで時空の狭間を一生漂う事になるよ」

「ゴーレムを治す事は出来ないの!? あなた達、魔女でしょ!? 最強の種族なんでしょ!?」

「... ...」

 ミーレは切羽詰まった様子で訴えを続けるシルフから視線をそらし、唇を強く噛んだ。
「救えるものなら救いたい」
 ミーレにとっても花島やゴーレム幼女は少ない時間であるが同じ釜の飯を食べた仲であり、時空の狭間に飛ばさなくても良いのならしたくないのが心情である。

「彼女はもう救えないの~。心の奥の奥まで洗脳されてしまっているわ~。あなたも知っているわよね~? あれに憑りつかれたら死しかないってこと」

「で、でも... ...!」

 それでも、何か考えればゴーレムや花島を救う手立てが見つかるはず。

 シルフは時間をかければ二人を救う事が出来るとブラックに提案したかった。
 ブラックは魔法陣を描く手を止め、時間をかける事が出来ない理由を伝える。

「考えている時間はないわ。その子はもしかしたら”魔王の器”なのかもしれないのだから」

「魔王? 何よそれ」

 シルフを横目にミーレが答える。

「数千年に一度のペースで訪れる世界の崩壊さ。魔王は魔女の突然変異によって生まれるらしい。魔王が復活したらこの世界はリセットされてしまう」

「... ...リセット?」

「シルフも教典くらいは読んだ事あるよね? 世界は一度、飢餓、貧困、伝染病、戦争等々によって壊れる寸前だった。その原因となったのが魔王の出現なのさ。教典にはそんな詳しく書いてないけどね」

「あなたはどうしてそれを知っているの... ...?」

 世界の終わりという予期していなかった言葉を聞き、狐につままれたような顔でシルフはミーレに問う。

「どうして? それは別の世界で世界の崩壊を経験しているからさ」

 砂煙で覆われていた空に色が戻り、雲の合間から太陽が顔を覗かせる。
 降り注いだ光はミーレとブラックが描いた幾何学模様の魔法陣を照らし、ミーレとブラックは便所の棒を二人で手に持ち、ゴーレム幼女を転移させるために詠唱を始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ

トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!? 自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。 果たして雅は独りで生きていけるのか!? 実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています

異世界に来たからといってヒロインとは限らない

あろまりん
ファンタジー
※ようやく修正終わりました!加筆&纏めたため、26~50までは欠番とします(笑)これ以降の番号振り直すなんて無理! ごめんなさい、変な番号降ってますが、内容は繋がってますから許してください!!!※ ファンタジー小説大賞結果発表!!! \9位/ ٩( 'ω' )و \奨励賞/ (嬉しかったので自慢します) 書籍化は考えていま…いな…してみたく…したいな…(ゲフンゲフン) 変わらず応援して頂ければと思います。よろしくお願いします! (誰かイラスト化してくれる人いませんか?)←他力本願 ※誤字脱字報告につきましては、返信等一切しませんのでご了承ください。しかるべき時期に手直しいたします。      * * * やってきました、異世界。 学生の頃は楽しく読みました、ラノベ。 いえ、今でも懐かしく読んでます。 好きですよ?異世界転移&転生モノ。 だからといって自分もそうなるなんて考えませんよね? 『ラッキー』と思うか『アンラッキー』と思うか。 実際来てみれば、乙女ゲームもかくやと思う世界。 でもね、誰もがヒロインになる訳じゃないんですよ、ホント。 モブキャラの方が楽しみは多いかもしれないよ? 帰る方法を探して四苦八苦? はてさて帰る事ができるかな… アラフォー女のドタバタ劇…?かな…? *********************** 基本、ノリと勢いで書いてます。 どこかで見たような展開かも知れません。 暇つぶしに書いている作品なので、多くは望まないでくださると嬉しいです。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

処理中です...