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【第三章 ゴーレム幼女暴走編】

お母さん! ゴーレム幼女の過去②

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 □ □ □

 __「大浴場」__

 城の柱で使われている鍾乳石をあしらった大浴場は50畳ほどの広さで一度に100人以上の兵士が湯に浸かれる造りとなっている。
 ドラゴンの意匠を施した湯口からは大量のお湯が噴出し、溢れ出た湯は身体を洗うレインの足元へと行き着く。

 ヤシの葉を乾燥させ、糸状にしたものを丸めた簡易的なボディタオルで君主に頬擦りされた箇所を何度も擦った為かレインの青白い静脈が透き通るような澄んだ肌は赤黒く血が滲む。

「そんなに強く擦ったら肌が擦り切れてしまうぞ」

「... ...」

 パシオスは横に腰掛け、レインのことを気に掛けるがレインは目を向けることなく黙々と同じ箇所を洗う。

「ふう... ...。君が隊長になり半年ほど経つがずっとその調子だな。俺たちが嫌いなのか? それとも、親に売られた事を未だに引きずっているのか?」

 レインは聖リトラレル王国近くのゴーレム族の村でゴーレムとして生を受けた。
 ゴーレム族は岩石や土を自由自在に変形する事が出来る能力を持つ種族で建物を建築したり、街道の整備などの仕事で生計を立てている。

 この世界には”魔法”と”能力”という二つの異能が存在し、能力を使う者は魔法を使うことが出来ず、魔法を使う者は能力を使う事が出来ないというのが世界の常識だった。

 しかし、能力しか使う事が出来ないゴーレムの雄と雌から何故か魔法を使う事が出来る子供が生まれる。
 彼女は物心ついた頃から自在に魔法を操り、ゴーレム属特有の能力も持ち合わせていた。

 その噂はたちまち広がり、国王はレインを自国の軍隊に入れる為に大量の金を積み、レインを両親から引き離す。
 この世界では貧富の差が激しく、親が子を売るというのは些かおかしな事でもない。

 幼いながらもレインはそれを受け入れ、魔術師だけで構成された軍隊に入隊。
 入隊後すぐに、当事、国で最強の魔術師と言われていたアイネス・クラウスとの魔術決闘戦で勝利し、王や他の軍人たちの度肝を抜く。
 ”強さこそが全て”を掲げている聖リトラレル国軍では隊長が女でも、ましてや、成人を迎えていない年齢の子でも関係がない。

 実際の戦闘においても圧倒的な武を誇るレインが聖リトラレル王国魔術師軍の最年少隊長になることは必然であった。

 現在から一年ほど前の出来事である__。

「... ...私は何もかもが嫌いだ」

 パシオスはレインに何度も話しかけて来たが、このようにまともな答えが返って来た事は初めてで驚いた顔を見せた。

「チョコレートも嫌いか? 今日、町に行った時に色々と貰ってしまってな。生憎、俺は甘い物が苦手なんだ。だから、誰かが貰ってくれると嬉しかったのだが... ...」

「__チョコレートは別だ」

 レインはパシオスの言葉に覆い被さるように間髪入れずに言葉を発した。
 パシオスはそれが面白かったのか、口を大きく開け、大声で笑う。
 大浴場にパシオスの笑い声が反響し、室内を充満する湯気が段々と消えて行った。


 □ □ □

 __「聖リトラレル城・庭」__

「いてえ! おい! そんなにきつく縛るな!」

 その日はいつになく騒がしい朝だった。
 ルピシア国を壊滅させ、戦利品や奴隷を分配している際に聖リトラレル城内の中庭で騒ぎが起き、パシオスとレインは中庭に呼び出される。

「何か問題が起きたか?」

 パシオスは近くにいた三等兵に状況を伺う。
 三等兵は軍隊を統率するパシオスに声を掛けられたこともあってか、畏まった態度で質問に答えた。

「はっ! ルピシア国より捉えた奴隷を各家々に分配中にあの老人が騒ぎ立てまして... ...」

「老人? 何故、そんな者が奴隷として連れて来られた?」

 奴隷として女や子供が連れて来られるのが普通だが、男は滅多に連れて来られる事はない。
 ましてや、老人など力もなく、すぐに死んでしまう利用価値のない人間なので通常はその場に置き去りにするか、魔物のエサとしている。

「どうやら、あの老人、魔具を作れるとか何とかで... ...」

「何!? 魔具だと!?」

 パシオスは三等兵の顔をジロリと見る。

「え、ええ」

 三等兵は軍隊を率いる隊長に大きな声を出されたからか、自分よりも身体の大きな屈強な男に詰め寄られたか、定かではないが子猫のように身体を震わせる。

 魔具を作る事が出来る存在はこの世界では貴重。
 軍事兵器にはもちろん、日常生活においても魔力を持たない者でも魔法を使えることが出来、汎用性が高い。
 しかし、魔具は作れる職人が限られている為、多くを製造する事は出来ずに高級品とされている。
 この世界の平均年収が150万ほどだとすると魔弾を放つ事が出来る魔銃一丁の価格は平均年収と同等なのだ。

 パシオスは自身の後ろにチョコンと寄り添うレインの事を教師に教えを乞う学生のような眼差しで見る。

「嘘じゃないと思う。魔力も私よりは弱いけど」

「... ...じゃあ、本当に」

 パシオスはレインの言葉を聞くと口元を緩ませた。

「何事だ!? 騒がしいぞ!」

 護衛の兵を数名従えたリトラレル王が先ほどの金ピカの装いとは打って変わり、寝間着姿で眼を擦りながら中庭に現れる。
 突然の王の登場にその場に居た兵士や貴族たちは一斉に地面に膝を着き、服従する姿勢を取った。

「はっ! この老人が暴れまして... ...」

 老人の側に居た兵士が歯切れよく答える。
 リトラレル王は一人だけ立っている老人に目を向け。

「老人など殺せばいいではないか。我の睡眠を邪魔するでない」

 敵兵数十名に囲まれているにも関わらず、ヴァ二アル・クックは怯えることもなく、凛とした姿勢で自身の国を滅ぼした元凶を睨み付ける。

「__リトラレル王! お待ちください!」

 パシオスは一触即発状態だった二人の間を断つように言葉を上げる。

「何だ!? パシオス! 我に意見する気か!?」

 リトラレル王は従者を従わせるように大きな声で恫喝。
 周囲に居た人間達は自身の事ではないにも関わらず、身体を強張らせた。
 パシオスは怯む事なく、状況を説明。

「滅層もございません。あの老人はこの国にとっても、リトラレル王にとっても有益かと存じます」

「... ...こいつが?」

 君主は声のトーンを下げ、耳を傾ける。

「ええ。そ奴はどうやら魔具を作れるようです」

「何!? 魔具だと!?」

「ええ。レインにも確認しましたのであながち間違いではないかと」

 君主はパシオスの隣で片膝をつく、レインに目を向ける。
 レインは顔を上げ、コクリと頷く。

「___tts  well kkgs」

 ヴァ二アル・クックがボソボソと簡易詠唱を始めると彼の手の中にすっぽりと収まるほどの小型の魔銃が出現。
 それに気付いたパシオスは君主が撃たれるかと思い、勢い良く地面を蹴り、一瞬でヴァ二アル・クックの喉元に短刀の刃を突き立てる。

「... ...中々、良い動きだ。だが、俺は別にお前らの王を殺そうとした訳じゃない」

「... ...」

 そう言うとヴァ二アル・クックはグリップ部分からフレーム部分に持つ箇所を変え、鼻息を荒くしながら自身の喉元に刃を当てる獅子に魔銃を手渡す。

「これをお前らの王に」

「... ...」

 パシオスは後ろを振り返り、奥にいる君主の指示を待つ。

「持って来い」

 パシオスはその命を聞くと、小刀を突き立てたまま、魔銃を受け取り、近くに居た兵士に君主の元まで運ぶように指示を出す。
 兵士はそれを受け取ると、君主の元に。

「これが魔銃か? 随分と軽くて小さい」

 この世界にも魔銃というものは存在する。
 しかし、レインの身の丈よりも長く、女性や子供のような力のないものは持つ事も出来ないほどに重たい代物で、かつ、自身の持つ魔力を圧縮し、魔弾として放つ構造となっている為、扱える者も限られている。
 魔力がない君主にはそれがそもそも魔銃なのかする見分けも付かなかった。

「ちょっと、壁に向けて撃ってみろ」

 ヴァ二アル・クックは近くに人がいない壁を指差す。

「... ...レイン」

 リトラレル王はレインに魔銃を取りに来るように指示。
 レインが立ち上がろうとすると、ヴァ二アル・クックはそれを制した。

「__王様、あんたが撃つんだ」

「なに?」

 その場に居た一同はヴァ二アル・クックに視線を向ける。
 中には彼のことを嘲笑う者もいた。

「ハハハ。やはり、嘘か」

 リトラレル王は乾いた声で笑う。
 リトラレル王は魔力を持たない者であり、当然、魔銃を扱う事が出来ない。
 その事はこの世界にいる者であれば周知の事実。
 ヴァ二アル・クックを取り囲む兵士達は生きる為にあがく老体を鼻で笑った。

「まあ、撃ってみれば分かるさ」

 噓のメッキが剝がれたとその場にいる者は思う。
 しかし、ヴァ二アル・クックは凛とした姿勢を崩さず、不敵な笑みを浮かべている。

 老人の戯言。
 リトラレル王は子供の遊びに付き合う大人のように気怠そうに壁に向け、引き金を引く。

 澄んだ空気を裂くようにして、稲光を放つ光線が一直線に壁に向かい放たれ、大きな破裂音が遅れて耳に届き、鼓膜を揺らす。
 的となった壁には拳大ほどの穴が空き、どうやら、壁の先にあったもう一枚の壁の中で鉄球が高速に回転しながら止まっているようだ。

「... ...」

 リトラレル王を含め、ヴァ二アル・クックを除くその場にいる全員が言葉を失い、回転する鉄球が壁の中を転がる音だけが周囲に響く。
 ヴァ二アル・クックは得意気な顔をしていた。
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