上 下
137 / 212
【第三章 ゴーレム幼女暴走編】

お母さん! 砂の大地で叫ぶ獣

しおりを挟む
 西から吹いた風は土煙を町の外まで飛ばし、中心付近に出来た直径20m程の穴の全容が明らかとなった。

「ミーレ!!!」

 蟻地獄の穴の縁から下を覗くと円の中心には服の一部がはだけた姿の魔法少女が大の字で両手両足を広げている。

「... ...んあ? 花島?」

 どうやら、意識はあるようだが立てるような状態ではない。
 早く、あそこから引っ張り出さないと... ...!
 斜面を下ろうと身を乗り出した瞬間。

「__花島! こっち来るな!!!」

「__え?」

 風を切るような音が通過するのと同時に円の中心にいるミーレに向かって何かが落ちる。
 サンドバッグをバットで殴ったような低い音が聞こえた後、間欠泉のように勢い良く砂が宙に噴き上がった。

「あぶっ!!!」

 砂の波は65kgの中年のだらしない身体をホコリのようにいとも簡単に吹き飛ばす。
 幸い、転がった先には瓦礫などの硬い物がなかったので大事にはならずに済んだ。
 不幸中の幸いとはこのことだろう。

「___イキャアアアアア!!!」

 穴の中より黒板を引っかいたような音が聞こえ、再び、腰を抜かしてしまう。
 ゴーレムの森に居た時にも似たような獣の声は何度も聞いてきた。
 しかし、耳を抜ける不協和音は心臓を鷲掴みされているようで生きた心地がせず、森で聞いたどんな獣の声よりもおぞましいものであった。

「はあはあ... ...」

 穴の中から何かが這い出て来るのが伝わり、心臓が心拍数を上げる。
 背中や腕の甲から玉のような汗を掻き、狩りを楽しむ狩人のようにじゃりじゃりとゆっくり砂の大地を踏み締めながら段々と近づいてくる。
 穴の中からは何が出るか?
 聖か邪のどちらかで問われれば俺は間違いなく後者を選ぶ。
 だから、俺は穴の縁に手を掛けたか細くて白い手を見て、安心してしまったのだ。

「ご、ゴーレム」

 人は圧倒的な絶望というものを認めたくはない生き物だ。
 だから、ほんの少し見えた希望にすがる。
 船が難破した時に偶然浮き輪が目の前に流れて来たら?
 不良にカツアゲされている時に警察官が横を通り過ぎたら?
 誰でも手を伸ばす。
 そして、それが空を切った瞬間に本物の絶望が姿を現す。

「があ... ...。ふうう... ...」

「ひっ!!!」

 現れた悪魔はゴーレム幼女ではなかった。
 天使の糸で出来たような金色の髪は赤く染まり、この国に来た時にみんなで新調した修道着のような服は泥と血で汚れてしまっている。
 足や手には細かな傷が多々あり、満月のように輝きを放っていた瞳は赤黒く濁り、目の前の悪魔はボロ雑巾のようになったミーレの足を持ち、乱雑に引きずっている。
 目の前の黒いオーラを放つ獣はゴーレム幼女ではない。
 違う。
 絶対に違う。

「ふうう... ...。ふうう... ...」

 白い息を吐きながら獣はこちらに近づいてくる。
 心臓は鼓動を止めていないのにも関わらず、身体は硬直し、不規則な息継ぎしか出来ない。
 10m... ...。5m... ...。
 小便と涙を同時に流す。
 頭と心は恐怖という感情で支配されてしまい、何も考えられなくなった。
 獣は俺が食べられる物か確かめているのか、周囲を嗅ぎ始める。
 何故か血まみれにも関わらず、獣からは花のような良い香りがし、瞬間的に気持ちが和らいだ。

「チャッキ... ...。えさ... ...」

「... ...ちゃ? ... ...え?」

 目の前の獣は言葉を発した。
 それは偶然にもゴーレム幼女が飼っていたペットと同じ名前。
 完全に忘れていたが、俺も三代目チャッキーを襲名していたのだった。

「くるふううう... ...」

 手に持っていたミーレを俺の前に置き、獣は猿のように瓦礫を登り、どこかに消えてしまった。

「... ...助かった」

 俺は傷付いているミーレよりも先に自身の身の安全にホッとした。
 本物の恐怖というのは他人に対する慈愛の心すら覆うのだろう。

「お、おい! ミーレ!」

 ミーレの身体に触れると絵の具を潰したようにグニャリとした感触が伝わる。
 ヒエラルキーの頂点に立つ魔女と戦闘し、打ち勝った種族が歴史上何人存在したのだろうか?
 いや、これは勝ちや負けなどの勝敗などない。
 あの獣にとってミーレとの戦闘は戦いではない。
 空腹を満たす為の狩りとしか思っていない。
 対峙した瞬間からあの獣の立場は狩る側だったのだろう。

「___かっはっ!」

 血反吐を吐き、ミーレは虫の羽音のような声で話す。

「... ...花島か?」

「あぁ! 俺だ! 大丈夫______ではないな!」

「聞け。あのゴーレムはもう... ...。ダメだ。完... ...。支配されてる」

 意識が朦朧としているのか、ミーレはゴーレム幼女と先程の獣を混合してしまっているようだ。
 早く、治療しないと!

「花島? な、何をしてる?」

「シルフを探して治療してもらわないと!」

「... ...ダメ、だ。そんな事よりも早く... ...。この国を離れないと」

 ミーレを背負おうとすると彼女は拒否反応を示す。
 目を開ける事もままならない奴をこの場に置いていくことなんて出来るはずもないじゃないか!

「ダメだ! 絶対に助ける!」

「いいから!!!」

 ミーレは俺の腕を精一杯の力で掴み、声を張り上げ、力んだ為か直後に血反吐を吐く。

「ミーレ!!!」

「はあはあ... ...。あたしら魔女は... ...。長く... ...。生きた... ...」

 赤毛の魔法少女は夢を見る人形のように空の一点を見つめたまま、目を合わそうとしない。

「馬鹿野郎! まだ、生きるんだよ! お前は!」

「... ...花島」

 弱気になっているミーレを背中に背負い、立ち上がるが、方向感覚を完全に失ってしまってシルフのいるであろう宿の位置が分からない。
 周囲の家屋は崩れ、目印になるようなものもなくなってしまった。

「どこに行けばいい?」

『花島!』

「ん? 何か言ったか?」

「... ...」

 どこからか俺を呼ぶ声がし、ミーレに話しかけるが気絶してしまったのか返答がない。

『花島! 聞こえる!?』

『シルフ!?』

 シルフは俺のテレパシーの能力を利用して話しかけてきた。
 どうやら、この能力は電話のように一度、こちらからチャンネルを合わせ、意識を繋げた状態にしておけば向こうからかけ直す事が可能らしい。
 先程、シルフにテレパシーで呼びかけた際に使っていたチャンネルをOFFにすることを忘れていた事で僥倖に恵まれたようだ。

『今、どこにいるのよ!?』

『わ、分からん! それよりもシルフは無事か!?』

『何とか! ホワイトと一緒に今、城の足元で瓦礫に挟まれた住民達の救出や治療をしているわ!』

『そうか... ...。無事で良かった。シルフ! ミーレが化物に襲われて重症なんだ! 治療してやってくれ!』

『... ...化物。あんたそれって』

『シルフ!? どうした!?』

 突然、シルフへのテレパシーが強制的にOFFになった。
 もう一度、連絡を取ろうとシルフに呼びかけるが返答がない。
 あの化物に襲われたんじゃ... ...。

「いやいや! 余計な事考えるな!」

 ジッとしてたら良からぬ事ばかり考えてしまう。
 シルフは城の足元にいると言っていた。
 とりあえず、そこを目指すしかないようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ

トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!? 自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。 果たして雅は独りで生きていけるのか!? 実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています

異世界に来たからといってヒロインとは限らない

あろまりん
ファンタジー
※ようやく修正終わりました!加筆&纏めたため、26~50までは欠番とします(笑)これ以降の番号振り直すなんて無理! ごめんなさい、変な番号降ってますが、内容は繋がってますから許してください!!!※ ファンタジー小説大賞結果発表!!! \9位/ ٩( 'ω' )و \奨励賞/ (嬉しかったので自慢します) 書籍化は考えていま…いな…してみたく…したいな…(ゲフンゲフン) 変わらず応援して頂ければと思います。よろしくお願いします! (誰かイラスト化してくれる人いませんか?)←他力本願 ※誤字脱字報告につきましては、返信等一切しませんのでご了承ください。しかるべき時期に手直しいたします。      * * * やってきました、異世界。 学生の頃は楽しく読みました、ラノベ。 いえ、今でも懐かしく読んでます。 好きですよ?異世界転移&転生モノ。 だからといって自分もそうなるなんて考えませんよね? 『ラッキー』と思うか『アンラッキー』と思うか。 実際来てみれば、乙女ゲームもかくやと思う世界。 でもね、誰もがヒロインになる訳じゃないんですよ、ホント。 モブキャラの方が楽しみは多いかもしれないよ? 帰る方法を探して四苦八苦? はてさて帰る事ができるかな… アラフォー女のドタバタ劇…?かな…? *********************** 基本、ノリと勢いで書いてます。 どこかで見たような展開かも知れません。 暇つぶしに書いている作品なので、多くは望まないでくださると嬉しいです。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

処理中です...