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王位継承戦編

お母さん! 比翼の羽根!

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 __始まりの丘__

「___ヴァ二アル!!!」

 下の大地と対比するように青々とした草原が丘の上に広がり、障害物が何もない空虚な場所をまるで自身の遊び場のように縦横無尽に吹き抜ける風。
 ヴァ二アルは丘の先端部分で一本だけ取り残された松の木のように自身が育った国を見下ろしている。

「来ないでくれ!!!」

 ヴァ二アルの金切声に俺達の足は止まる。
 少しでも近づけばヴァ二アルが手の届かない場所に行ってしまう。
 そんな気がしたからだ。

「パス様! そこは危ない! こっちに来てください!」

 天音が声を張り上げるが、ヴァ二アルは眉一つ動かさず、風に自らの身体を預けてしまうくらいに心も体も不安定なのは見て取れた。

「ヴァ二アル! 帰ろう! そんで、また、やり直せばいいじゃないか!」

「... ...やり直す? どこで? どうやって?」

 色が無い瞳でヴァ二アルは問う。

「どこでもいい! お前が幸せに暮らせるならどこでも!」

 ヴァ二アルは自らの素性が明るみに出た事により、もう、この国に居られないことで絶望してしまったのかもしれない。
 だから、他の場所に行けばもう何も悩まなくてもいいはずだ。
 そんな楽観的な意味合いで発言するとヴァ二アルは独り言のように小さな声で呟く。

「幸せに暮らせる場所なんてないよ」

「そんなの探さなきゃ分からないだろ! お前はまだ俺達の国と自分の国しか知らないんだから!」

「いや、ないんだ。僕は君たちとは違う」

「一緒だ! 何も変わらない! 同じ物を食べて、同じ物を見て、笑ったり、泣いたりしたじゃないか!」

 ヴァ二アルに来るな!
 と言われていたにも関わらず、知らぬ間に足を前に出しており、才蔵が肩を掴んで制止させる。

「... ...この姿を見ても同じだと言えるかい?」

 遠い目でこちらを見ながら、ヴァ二アルは背中から大きな風呂敷のようなものをブワッと広げ、それは太陽と重なり、琥珀色の天使のようなシルエットを浮かび上がらせた。

「... ...魔女」

 天音は青ざめた顔でそう呟き、咄嗟に自らの口を塞ぐ。
 女のような胸や腰つき、股の下には男の象徴でもあるペニスがあり、尻の付け根から生えた尻尾。
 そして、自身の身体を包み込んでしまいそうな程の大きな黒い翼。
 ただ、ヴァ二アルに生えた翼は余りにも異形の形をしており、薄黄色の膜のようなものを被膜とし、黒い骨がそれを縁取っており、まるで虫のはねのようだった。

「そうさ。僕はついに化物になってしまった。もう、人としてもヴァ二アルとしても生きる事は出来ない」

 全てを受け入れてしまったのか、ヴァ二アルは淡々とした口調で自らの運命を受け入れている。
 人としての喜びも、悲しみも今の彼にとっては昔の事と括られた事柄なのかもしれない。

「___そんなの決めつけるなよ!」

 俺は無垢な少年のように想いを口にする。

「姿形が変わったからと言って、心まで変わった訳じゃないんだろ!? 心が変わらなければどんなに外見が変わってもそれはお前だ! ヴァ二アル・パスだ!」

 天音や才蔵も俺に続く。

「最初は驚きましたがパス様である事に変わりありません!」
「どんな姿になろうとも、パス様は私達の家族です!」

 俺よりも長い間、ヴァ二アルの側に仕えてきた二人は主従関係ではない間柄でヴァ二アルの事を見てきた。
 天音や才蔵にとってヴァ二アルは悪戯好きな弟のようなものだったのだろう。
 家族にとって血のつながりや種族なんてものは関係ない。
 同じ釜の飯を食べ、お互いがお互いに愛おしいと思っているならそれでいいじゃないか。

「... ...家族」

「そうだ! 家族だ! 帰ろう! 俺達の家に!」

 自らの姿を見てもそう言ってくれる二人に心が揺らいだのか、ヴァ二アルは瞬きをせずに瞳から一筋の線を垂らす。

 ____わあああ!!!

 風に乗り、国の方から国民の歓声が聞こえる。
 どうやら、それは姿を現した新たな王。
 ヴァ二アル・ハンヌに向けられている声だった。

『わ、私、ヴァ二アル・ハンヌは第24代ヴァ二アル国の王位を継承したことをここに宣言します』

 ハンヌは緊張しているのか声が上擦っている。
 ただ、それを馬鹿にする者は当然に城の足元にはおらず、新たな王の誕生に盛大な歓声と拍手で迎えた。

「... ...兄さん」

 国民の前で自身を売った肉親をヴァ二アルは一体どう思っているのか?
 ヴァ二アルは黙って兄の演説に耳を傾ける。

『数百年前にこの地は魔女によって甚大な被害を受けました。私達はその人達の悲しみと血で固められた大地の上で生活をしている。私の父も、あなた方の両親もそう子供に教え、あなた方も我が子にそれを伝えるでしょう』

 ヴァ二アル・ハンヌは一拍間を置き。

『先日、病床の前国王より信じられない話を聞いた。それは私を苦しめ、絶望に落とすものだった。私の心は蹂躙され、地獄の上の橋を渡るような生きた心地がしなかった。そんな話。何故、私にしたのかと。黙っていれば済む話なのに、何故、私に父は話したのかとそればかり考えていました』

 ヴァ二アル・ハンヌが演説を始めると今まで踊り子のように周囲を舞っていた風は宴の後のように静かになり、マイクで増強された声は遠くまで響く。

『父は弱かった。自身の息子が魔族であるという事を公表出来ずに苦しんでいた。だけど、私は違う。私はあなた方にキチンとそれを伝えた。そして、伝えた上でヴァ二アル・パスは私の弟であり、家族だと思っている事をここに宣言する』

 ざわめく観衆の声がこちらまで届く。
 彼はとんでもない事を言っている。
 この国を滅ぼした魔女と瓜二つの魔族を改めて家族だと宣言してしまったのだ。

「... ...」

 背中を向けているヴァ二アルから表情を汲み取る事は出来ない。
 ただ、心が揺らいでいるのは感じ取れる。

『ちょっと! ハンヌ様! なにを言って___」
『ハイハイ! あんたは黙って!』

 何やらマイク越しからハンヌの暴挙を止めようとする半袖丸の声と嬉々とした様子で半袖丸を振り払うミーレの声が聞こえ。

『パス! 君が過ごしやすい国を作る! だから、君も協力してくれ! また一緒に暮らそう!』

 ヴァ二アル・ハンヌの演説は酷いものだった。
 国民の誰の心にも響かず、賛同も得られていない。
 むしろ、今の演説を聞いて国家に反逆する事を考えた者もいたかもしれない。
 ただ、一人の魔族にとっては彼の言葉は救いだった。

「... ...兄さん。ありがとう」

 ヴァ二アルは異形な形をしたはねを小刻みに揺らす。
 俺はそのはねにソッと触れ。

「ヴァ二アル。帰ろう。みんな待ってる」

「... ...うん」

 ヴァ二アル・ハンヌはきっと良い王様にはなれないだろう。
 国民の支持率は限りなくゼロに近い。
 長年続いたヴァ二アル家の栄光にもきっと泥を付ける。
 自身の弟の為に彼は自分の国を変えると宣言したのだ。
 私利私欲の為に動く王を国民は口を揃えて”独裁者”と揶揄するに違いない。
 そういえば、どこぞの王様はこんな事を言っていたのを思い出した。
 『優しい王様も独裁者も本質は同じ』と___。


 ____王位継承戦完。











「それにしても、このはねかっけえな... ...」

 光を通した薄黄色の膜は琥珀のように神秘的な輝きを放ち、俺の童心をくすぐる。
 堕天使のような黒い翼もカッコイイが、これはこれで良い。
 骨董品を見るようにマジマジと凝視しているとヴァ二アルは頬を赤らめ。

「あ、あんまり見るな... ...。恥ずかしいんだから」

 うむ。
 その反応も実に良いではないか。
 美少女×昆虫のはね
 というフィギュアがあったら売れそうだなぁ。
 と特にフィギュアが好きでもないのに感嘆の声を上げてしまった。

「宿に戻ったら何か作ろう! お前の兄貴から美味しいものでも貰ってよ! あ! っうか、王が公認しているんだから王宮に行こうぜ!」

「そ、それはちょっと... ...」

 ヴァ二アルは恥ずかしがっているのか、はねを小さくたたむ。

「ま、まあ、花島。もう少しパス様が落ち着いてからにしよう」

 才蔵はヴァ二アルを気遣う言葉で俺を戒める。

「で、でも、確かにお腹空いたね」

 ヴァ二アルはお腹を抑えながら空腹であることを告げた。
 それに天音は緊張の糸が解けたのか、大きな声で笑い出す。

「ちょっと! 天音! 笑わないでよ!」

 じゃれ合う美女は何とも画になる... ...。

「ふう~」

 ヴァ二アルを町に送り届けたら次はなにをしようか?
 そういや、ホワイトシーフ王国の事、何も復興させてないな。
 ヴァ二アル国とも繋がれた訳だし、これを足掛けに世界進出でもする?
 そんで、俺は外務大臣みたいな感じで世界中を飛び回って、異世界の美女を集めてハーレムでも作ろうかなぁ... ...。
 あ、ただ、やっぱ、母ちゃん心配だから一回、元の世界にも戻っておきたいな。
 うーむ。
 どうすべきか... ...。

 ____どごん!!!!

 贅沢な悩み事をしながら腕を組んでいると背後から岩を爆発させたような轟音に背中が押され、前にいたヴァ二アルに抱きついてしまった。

「な、なんだ!?」
「何が起きた!?」

 小刻みに大地が揺れ、始めは地震かと思ったのだが、振り返ったヴァ二アルの一言でそれが別の事象だと気付かされた。

「し、城が... ...」

 ヴァ二アルは口を押さえ、目を見開く。
 ただ事ではないと思い、踵を回すと先程まで見えていた城を形成する三つのうちの一つの塔が崩れてなくなっており、土煙が舞う城の足元からは民衆達の悲鳴が聞こえる。

「___イキャアアアアア!!!」

「__っつ!」
「いやあああ!!!」
「うるさっ!」

 悲鳴とは違う、この世のものとは思えない高音で鼓膜が破れそうになり、俺も才蔵も天音も耳を塞いでその場にしゃがみ込んでしまう。

「だ、大丈夫!? 三人とも!?」

「だ、大丈夫だ。ヴァ二アルは何は大丈夫なのか?」

「... ...何が?」

 ヴァ二アルは平然とした顔をこちらに向ける。
 何も聞こえていないのか?
 これは俺達にだけ聞こえている?
 何故、ヴァ二アルには聞こえない?

「は、早く、兄さんを助けないと!」

 焦った様子でヴァ二アルは丘の上からはねを拡げ、国に残された兄を助けようと飛んで行ってしまう。

「ヴァ二アル!!!」

 耳の中には先程の声が虫が這うように嫌な音をこだまさせている。
 よろめきながら崖の前に近付くと国の中央付近を浮遊している白い何かを見つけ、目を凝らす。

「... ...なんだ?」

 それを凝視すると人の形をしているのが分かった。
 金色の髪に修道士のような服... ...。

「ご、ゴーレム幼女なのか... ...?」

 次の瞬間、小さな掌から生み出された岩石の龍によって、城の右側の塔は粉砕された。
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