上 下
6 / 41

06.田舎の別荘地へ

しおりを挟む
 ガタガタガタ……

 まさかあの後、直ぐに追い出されるとはね。
 人の心とか無いんか、あの親父。

 お見送り人数など、たかが知れてた。
 急な命令であったため、人がいなかったものと思いたい。

 ガタガタと激しく揺れる馬車に乗せられた俺は、治った頬を擦りながら、田舎の別荘地へと向かうのであった……。


 ***


「ランジェ様」
 トモエさんが、部屋を出ようとした俺を引き止めた。
 親父の使者が、俺を連れ出すため扉の前に来ていたのだが、彼女が強引に横入りしてきたのだ。

 すると彼女は、腫れた俺の頬に、手を当てた。

集えRehtag介抱のGinsrunThgil……ヒール!」

 淡い光が頬を包む。すると瞬く間に腫れは引き、口の中の切り傷も癒えた。

「回復術をランジェ様に使うことは、旦那様に止められてました。……これで最後であれば許されるでしょう」

 トモエさん……。
 あなただけは、最後まで優しかったよ。

「あの花瓶の花、トモエさんだよね、ありがとう。曇った心が、少し晴れやかになったよ」
「……お分かりでしたか」
 何となく、だけどね。

 これ以上、親父の使者を待たせることは出来ない。
 俺はトモエさんに微笑み、ウィンクをして、自室を出た。

 ずっとトモエさんは、頭を下げていた。

 満開の花瓶の花は、風に揺れていた。


 ***


ケツが痛ぇ」

 乗っている馬車には、まともな振動抑制機構など無かった。
 幌は張ってあるが、厚手の白い幌が一枚だけ。防寒? 防風? 知らない言葉ですね。
 板張りの床には、藁が申し分程度に敷いてあっただけ。椅子などありゃしない。

 明らかにこれ、家畜か荷物運搬用のやつだわ。
 天啓の儀で乗った馬車とは雲泥の差である。あの馬車のスプリングはよく効いていた(聞いたところ、風の術を使って僅かに浮かせていたらしい。さすが、貴族御用達の高級品である)。

 俺のケツが、ソロソロ熟した果実並みになりそうな頃合いに、やっと最後の農村に到着した。馬車に揺られて、早3日である。

 まあまあの田舎だ。酪農家っぽい家もみえた。
 夜も更け始めたこともあり、冒険者用の宿をとり、ここで最後の休憩となった。

 そして翌日。俺はとうとう、目的地を目の当たりにする。

 先程の田舎村の、さらに外れ。
 木々が鬱蒼と生い茂る、深い森の奥に連れていかれたのだ。
 荒れ放題の道は馬車など通れる筈もなく。俺と、3日間連れ添った馬車の運転手兼使者が、藪を払いながら進んだ。

「こちらです、ランジェ様」
「……別荘と聞いていたはずだけど」
「こちらです」

 使者が指差す建物はボロボロだった。

「……」
 いろいろ言いたいこともあったが、使者に伝えても無意味だろう。
 ……この使者とも3日の付き合いだが、全くといって良いほど会話しなかったな。

「では、後で他の使いの者が来ますので。私はここで」
「え、あなたが残るんじゃないの?」
「はい、私の役目はここまでです」

 どうやら別の従者が、遅れて来るらしい。
 まあ、3日間でまともな会話が無いくらいなら、別の人間の方がマシかも知れんが。

 俺は彼に軽く礼を述べて、建物の中に入ることにした。

 ばぎり。

 イキなりの洗礼だ。
 玄関前の床が腐り、抜けた。嫌な予感が湯水のごとく溢れ出る。

 同じく朽ちかけのドアを開ける。その瞬間、カビ臭さに襲われた。

「まずは換気だな」
 開けられるとこは全て開けておこう。
 至るところで雨漏りの跡。腐った建材、そして、カビカビだらけの壁……。

「うーん、廃墟! コレ別荘って言わない!」
 俺は、肝試しにでも来たのだろうか。イヤ違う。俺は、ヴァリヤーズ家長男。『頭に花が咲いた』(気が狂った、の、この世界の韻語)ために別荘地に療養に出された筈だ。

 窓という窓を開け、そのままの足取りで裏庭の方まで抜けてみた。
 想定どおりというか、裏庭も雑草ぼーぼーだ。もうメチャクチャ。何が生えているかもわからない。

(……じーっ)
 そんな鬱蒼と茂る植物たちを、俺は見つめた。
 あ……こいつは蕾が芽吹きそう。こいつはそろそろ咲く頃か……。そんな情報が頭に流れ込む。
 名前の知らない雑草でさえ、『いつ花が開くか』はハッキリと、文字通り手に取るように理解できる。

 と、能力の確認を終えたのち、その裏庭を後にした。ここをどうするかは……また明日にでも考えよう。

 てーか、ここで一晩過ごせってか?? 
 おいおい、バラエティ番組のサバイバルでも、もっと処遇はマトモだぞ。

 やっぱり、使者にも文句の一つくらい言ってやろうと玄関に戻るも、既に使者は居なくなっていた。


『俺の荷物一式と共に』、居なくなっていた……。


 ……。



 ……。




「あー……」

 怒りよりも、呆れと自分の無用心さに情けなくなった。涙すら出ない。

 これでハッキリした。おそらく、後から従者が来るというのも、『ウソ』だ。

 俺が、生家から受けた本当の処分は……。

「花咲か爺さんじゃなくて。姥捨山だったか……」

しおりを挟む

処理中です...