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第二幕 千紗の章
都合の良い駒
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その頃、紫宸殿へとやってきた朱雀帝は――
「貞盛っ!貞盛はいるか?!」
「はい、帝。私はここに。帝がお呼びと伺い、この太郎貞盛、急ぎ馳せ参じました。何か事件でしょうか? ここへ来る途中も、早朝だと言うのに沢山の警護兵の方々をお見かけしました」
「あぁ、一大事だ」
「一大事。やはりそうでしたか。では帝、もしや私をお呼び下さったと言う事は、その事件で私の力を必要として下さったから、と言うことでしょうか? だとしたら、なんと言う誉れ。この太郎貞盛、帝の為ならば何だってしてみせましょう。どんなお役目でも、どうぞこの貞盛にお申し付けくださいませ! 帝の臣として、必ずやお役にたって見せまする」
紫宸殿から庭へ下りる階段下、砂利の上に正座しながら深々と頭を下げ続ける太郎貞盛。
朱雀帝自らの呼び出しとあって、出世の好機かと、はやる気持ちが抑えられないのか、顔は見えないながらも声色などからどこか生き生きとして見える。
「頼もしいのう、貞盛。お主の言う通り、ここに呼んだのは他でもない。お主に頼みがあっての事だ。実は千紗姫様が夜中にあの護衛の男に拐われてしまってな……」
「…………は? 拐われた?」
「そうだ。そして夜が明けた未だに見つかっておらぬのだ。思いたくはないが、奴はきっともう……京の外まで逃げおおせているのだろう。京を抜け出した奴が向かう先はきっと、お主の従兄弟でもある、小次郎将門とか言うあの男のいる坂東。そこで坂東までの地理に詳しいお主には賊討伐の任を授けたい。賊を追って、お主の故郷でもある坂東へ向かい、賊の手から千紗姫を奪い返してくれ」
朱雀帝の口から出た坂東の単語に、貞盛は伏せていた額を、小石だらけの地面にコツンと打ち付けた。
先程まで貞盛が纏っていた生き生きと晴れやかだった空気は何処へやら。今度は鬱々としたどす黒い空気が彼を覆いはじめる。
それもそのはず。貞盛は故郷である坂東が大嫌いなのだから。
やっと野蛮な坂東の地から解放され、“貴族社会への仲間入りを果たす”と言う幼い頃からの夢を叶える為、京での地盤硬めに励んでいたというのに、もう二度と帰るつもりのなかった坂東へ、再び赴けと言うのか?
「そ……そのような大役を、この太郎貞盛にお任せて頂けるとは、なんと言う誉れでございましょうか。しかし帝、私のような身分の低い人間に……そのような大役、とてもとても荷が重く……勤まる自信がございません。私などより、もっと相応しい立派な役人の方々がいらっしゃるのでしょうか?」
帝の信用は獲たい。
けれども、坂東とは二度と関わりたくない貞盛は、何とか波風立てず断ろうと試みる。
だが朱雀帝は、声をあらげて彼への命を押しきった。
「ダメだ! 名のある官僚や役人を動かすと言う事は、この事件は一気に国家の一大事件として世に広まってしまう。さすれば、朕は世の笑いものだ。賊に妃を奪われた愚かな主だと。朕だけではない、天皇家の威信にもかかわる。故に、内密に事を済ませねばならぬのだ!」
朱雀帝の言い分に、貞盛は嫌でも理解させられた。
つまり自分は、身分が低くろくに役職も持たない人間だからこそ、京に居てもいなくても誰も気にする者はいない。そんな自分が賊討伐に動こうと、世間がこの事実を知る術はない。自分は帝にとって都合の良い駒でしかないのだと。
朱雀帝の考えを理解して、貞盛は馬鹿にしやがってと煮えくりかえる思いを感じていた。
だが、断れば折角手に入れつつある朱雀帝の信頼を一気に手離す事になる。
自分の自尊心と、京での出世と言う夢。
2つを天秤にかけたとき、どちらが己にとって大切なのか?
貞盛が出した結論は――
「その任務、謹んでお受けいたします」
「ありがとう貞盛。やはり朕が頼れるのはお主しかおらぬ。感謝するぞ」
「勿体無きお言葉。帝の信に答えられるよう、この太郎貞盛、必ずや皇后様を連れ戻して参ります」
こうして貞盛もまた、彼の嫌う坂東の地へ舞い戻る事に。
そして再び動き出す。
彼等が背負いし運命の歯車が――
「貞盛っ!貞盛はいるか?!」
「はい、帝。私はここに。帝がお呼びと伺い、この太郎貞盛、急ぎ馳せ参じました。何か事件でしょうか? ここへ来る途中も、早朝だと言うのに沢山の警護兵の方々をお見かけしました」
「あぁ、一大事だ」
「一大事。やはりそうでしたか。では帝、もしや私をお呼び下さったと言う事は、その事件で私の力を必要として下さったから、と言うことでしょうか? だとしたら、なんと言う誉れ。この太郎貞盛、帝の為ならば何だってしてみせましょう。どんなお役目でも、どうぞこの貞盛にお申し付けくださいませ! 帝の臣として、必ずやお役にたって見せまする」
紫宸殿から庭へ下りる階段下、砂利の上に正座しながら深々と頭を下げ続ける太郎貞盛。
朱雀帝自らの呼び出しとあって、出世の好機かと、はやる気持ちが抑えられないのか、顔は見えないながらも声色などからどこか生き生きとして見える。
「頼もしいのう、貞盛。お主の言う通り、ここに呼んだのは他でもない。お主に頼みがあっての事だ。実は千紗姫様が夜中にあの護衛の男に拐われてしまってな……」
「…………は? 拐われた?」
「そうだ。そして夜が明けた未だに見つかっておらぬのだ。思いたくはないが、奴はきっともう……京の外まで逃げおおせているのだろう。京を抜け出した奴が向かう先はきっと、お主の従兄弟でもある、小次郎将門とか言うあの男のいる坂東。そこで坂東までの地理に詳しいお主には賊討伐の任を授けたい。賊を追って、お主の故郷でもある坂東へ向かい、賊の手から千紗姫を奪い返してくれ」
朱雀帝の口から出た坂東の単語に、貞盛は伏せていた額を、小石だらけの地面にコツンと打ち付けた。
先程まで貞盛が纏っていた生き生きと晴れやかだった空気は何処へやら。今度は鬱々としたどす黒い空気が彼を覆いはじめる。
それもそのはず。貞盛は故郷である坂東が大嫌いなのだから。
やっと野蛮な坂東の地から解放され、“貴族社会への仲間入りを果たす”と言う幼い頃からの夢を叶える為、京での地盤硬めに励んでいたというのに、もう二度と帰るつもりのなかった坂東へ、再び赴けと言うのか?
「そ……そのような大役を、この太郎貞盛にお任せて頂けるとは、なんと言う誉れでございましょうか。しかし帝、私のような身分の低い人間に……そのような大役、とてもとても荷が重く……勤まる自信がございません。私などより、もっと相応しい立派な役人の方々がいらっしゃるのでしょうか?」
帝の信用は獲たい。
けれども、坂東とは二度と関わりたくない貞盛は、何とか波風立てず断ろうと試みる。
だが朱雀帝は、声をあらげて彼への命を押しきった。
「ダメだ! 名のある官僚や役人を動かすと言う事は、この事件は一気に国家の一大事件として世に広まってしまう。さすれば、朕は世の笑いものだ。賊に妃を奪われた愚かな主だと。朕だけではない、天皇家の威信にもかかわる。故に、内密に事を済ませねばならぬのだ!」
朱雀帝の言い分に、貞盛は嫌でも理解させられた。
つまり自分は、身分が低くろくに役職も持たない人間だからこそ、京に居てもいなくても誰も気にする者はいない。そんな自分が賊討伐に動こうと、世間がこの事実を知る術はない。自分は帝にとって都合の良い駒でしかないのだと。
朱雀帝の考えを理解して、貞盛は馬鹿にしやがってと煮えくりかえる思いを感じていた。
だが、断れば折角手に入れつつある朱雀帝の信頼を一気に手離す事になる。
自分の自尊心と、京での出世と言う夢。
2つを天秤にかけたとき、どちらが己にとって大切なのか?
貞盛が出した結論は――
「その任務、謹んでお受けいたします」
「ありがとう貞盛。やはり朕が頼れるのはお主しかおらぬ。感謝するぞ」
「勿体無きお言葉。帝の信に答えられるよう、この太郎貞盛、必ずや皇后様を連れ戻して参ります」
こうして貞盛もまた、彼の嫌う坂東の地へ舞い戻る事に。
そして再び動き出す。
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