時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第二幕 千紗の章

朱雀帝の苛立ち

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――京・内裏


「千紗姫はまだ見つからないのかっっ!!」



もう夜が明けたと言うのに、未だ賊を捉える事が出来ない苛立ちに、朱雀帝は自室のありとあらゆるものに当たり散らしていた。

御簾やとばりは破れ、部屋に飾られていた高価な舶来品の数々は粉々に割られ、それらの破片で床も傷だらけ。


「寛明っ!お止めなさいっっ!貴方は内裏を壊す気ですか?!」



散らかった部屋に、ただ困惑するばかりの臣下達に変わって、朱雀帝の母である隠子が息子を諭すも、実の母でさえ手がつけられない様子。



「こ、これはいったい、何の騒ぎですか?」



そこに、朱雀帝から呼び出しを受けやって来た忠平が、騒ぎに割って入る。

忠平の顔を見るや、朱雀帝は勢いよく彼の元へ駆け寄ると、乱暴に彼の胸ぐらを掴んで鬼の形相で睨み上げた。



「きゃぁ~~っ!」



その場にいた隠子をはじめ、側仕えの女御達が、今にも殴りかかりそうな勢いの朱雀帝の荒々しい態度に悲鳴を上げる。



「忠平! お前は知っていたのか?」

「な、何の事でございましょう? 申し訳ございませんが、帝が今、何に怒っているのか、私には皆目検討が……」

「惚けるな! どうせお前も共犯だったのであろう? あの男に、協力していたのであろう? でなければ、何故未だにやつらを見つけられないのだ!」

「……あの男? 協力? 一体何の事を仰っているのか……私には全く身に覚えが……」



本当に何も分からない、と言った様子の忠平に、見かねた隠子が説明する。

千紗が内裏から連れ去られた事。
その実行犯が、忠平の邸に遣えていた秋成とヒナであった事。
そして、朝を向かえた未だ3人の行方すら掴めていない事を。

隠子の説明に、忠平はただただ驚くばかり。



「まさか……本当に秋成が? 千紗を内裏から連れ去ったのですか? ……どうして……どうしてあの子がそんな事を……」



 
彼の動揺は誰の目から見ても明らかで、とても演技をしているようにも思えなかった。



「…………本当に……お前は何も知らないのか?」


「……誓って、私は何も知らされておりません。秋成が独断でやった事と……存じます……。でも………どうして……何故秋成はこんなバカな事を……」


「…………」



信頼していたはずの部下の暴走。
行方知れずとなった愛娘。
それらの事実を、突如として突きつけられて、戸惑いと悲しみにくれた様子の忠平。

朱雀帝もそれ以上彼を責める事は出来なくて……

怒りの矛先を見失った朱雀帝は、つかんでいた忠平の胸ぐらを乱暴に解くと、荒い足取りで自室を後にした。

慌てて朱雀帝の後を追いかける彼直属の臣下の者達。


「帝、どちらへ?」

紫宸殿ししんでんだ!そこに貞盛を控えさせているのであろう? 朕はあの者に用がある!」


そんな彼等の問いに、朱雀帝は語気を荒く返事をした。



「お、お待ち下さい! 私殿も一緒にっ……」



遠くなって行く足音を聞きながら、忠平と隠子の兄妹は、荒れ果てた部屋にただ二人、ポツンと取り残された。





とばり
室内や外部との境などに垂らして、区切りや隔てとする麻や木綿などの布。

紫宸殿ししんでん
内裏の正殿。儀式、公務、謁見の間として使われた。

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