時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第二幕 千紗の章

夜明けの時

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「またせたな、秋成」


千紗の着替えを待つ間、秀郷の用意した馬に荷物を積んでいた秋成に後ろから声がかかる。

その声に振り向いた秋成は、久しぶりにみる“彼女らしい”姿に微笑みを浮かべた。


「うん、やはりそっちの方が貴方らしい」

「なんだお主、昔はもっと姫らしい格好をしろだの、おしとやかになれだのと言っていたくせに」

「確かに、そう思っていた時期もありました。でも不思議なものですね。貴方が貴族の姫として籠の鳥となられた時、俺は貴方らしさが無くなって行く事が悲しいと思った。寂しいと思った。周りに染まって貴方の個性が失われて行くくらいなら、なんていらないと、そう思ってしまったんです。下野の国府を守った時のように、姫でありながら破天荒な、そんな貴方だから出来る事が……いや、貴方にしか出来ないことが、きっとあるはず。無理に背伸びする必要も、自分を偽って周りに染まる必要もありません。貴方は貴方らしくいてください」

「…………秋成……」

「一見すればみすぼらしい着物も、世間からしたら風変わりなその髪型も、姫様にはとてもよくお似合いですよ」



ニッコリと優しい笑顔を浮かべて、秋成から思いもよらない言葉を掛けられるものだから、千紗は顔がみるみる熱くなるのを感じて、慌て秋成から顔を反らした。



「? 姫様? どうかなさったのですか?」

「な、何でもない! お主、前は似合わないと散々バカにしていたくせに、今更それは……反則ではないか?」

「え? すみません。今、何とおっしゃったのでしょう? 最後の方が小さくて、上手く聞きとれなかっ」

「何でもない!!」


秋成の言葉に被せて、不貞腐れた様子で千紗が声を荒げる。

褒めたつもりだったのに、急に不機嫌になった彼女の態度に、秋成はわけが分からないと首を傾げた。


「姫様、やはりまだ体調が優れないのではないですか? 顔が少し赤い気が……」

「あ、赤くなどなってはおらぬ! これは……そう、太陽がっ! 太陽があたって、そうみえておるだけだ」


千紗は東の空の太陽を指差しながら、反論する。

するとその時、丁度お堂の中から出てきたヒナが、二人の元へと走り寄って来たかと思うと、千紗の差し示す方向とは何故か反対側を見下ろしながら感嘆の声を上げた。


「うわ~~綺麗~~」


ヒナにつられて、千紗と秋成もそちらを向けばそこには、まだ登りかけの太陽の光を受けて、キラキラと光り輝く京の町が広がっていた。

碁盤の目のように縦横綺麗に整えられた道。
屋根の黒色と壁の白色、2色の対照的な色合いの中、鮮やかな朱色が所々差し色として加えられ、美しく調和する街並み。

それら人工的に“統制”された景色の中にこそ生まれる“美”に、目を奪われずにはいられなかった。



「あの中にいた頃は、世の無秩序に、この街はどこか薄汚れて見えていましたが……見る場所が変わると、こんなにも美しい都だったのですね」

「そうだな。本当に美しい街並みだ」


秋成の溢した感想に、千紗も同意を示す。

千紗は思った。この景色を、小次郎や四郎にも見せてやりたいと。

世の無情に傷付く坂東の人達に、この世は決して汚い一面ばかりではないのだと。

それから、朱雀帝にも見て欲しいと思った。
彼の先祖が代々築き上げてきたこの京という街は、こんなにも美しく統制された、素晴らしい街なのだと。
統治が行き届いた街は、そして国は、こんなにも美しく人の心を打つのだと。

大きな力を持つ者が、正しく力を使い、国を治める事ができれば、きっと京だけじゃない、日の本中が美しく、誰もが住みよい国となるだろう。

帝である彼にはその力があり、その使命があるのだと、千紗は朱雀帝に知って欲しい。そう思った。



長かった夜が明け、太陽に照らされ美しく輝く京の街に力を貰いながら、千紗達は再び歩き出す。

小次郎が待つ、坂東へ向けて――

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