時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第二幕 千紗の章

思い出の場所にて

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「安心して下さい。秀郷殿の導き通り、ここは京の東に存在する如意ヶ嶽。その山中にある古寺です。大内裏を抜け出す際、気を失われた姫様を、どこかで休ませられないかと、ヒナが案内してくれた場所。ここならば、暫くは安心かと」


「……ヒナが?」


千紗に名前を呼ばれて、秋成の背中からヒョッコリ顔を覗かせるヒナ。


「千紗……様……は、覚えていらっしゃい……ますか? ここは、私や清太……四郎の兄様達が……盗賊をしていた頃に……私達の隠れ家……として……使っていた場所に……ございます」


「……あぁ、あぁ。勿論覚えておる。四郎達に私が拐われたおり、お主と二人、この場所で留守番しておったな。あの時はどちらが人質か分からない程に、ヒナが私に怯えていてな、あぁ、懐かしいのう」


千紗は三年前のヒナとの出会いを思い出していた。

あの頃の千紗は、貴族の姫でありながら、貴族の仕来たりや教養などお構い無しで、自由に屋敷の外を駆け回っては周囲を困らせるお転婆娘だった。

誘拐された身でありながらも賊の一人であったヒナと着物を取り替え、見張りと人質の入れ替わりを提案する破天荒ぶり。

二人が入れ替わっていると知れた時の皆の驚きようと言ったら――

当時を思い出して、千紗は懐かしそうに穏やかな顔で微笑んだ。


「…………笑った……」

「え?」

「千紗様が……やっと……笑って……下さいました。笑って……下さいましたよ、秋成様」


千紗の微笑みに、ヒナが嬉しそうにはしゃいだ。

はしゃいだ後で、ポロポロと泣き出す。



「え……ヒナ? 急にどうしたのじゃ? 何を泣いておる」


「……いえ。何でも……何でもないん……です。ただ……千紗……様が……笑って下さった事が……嬉しくて……」

「……ヒナ」

「良かっ……た……。千紗様が……また笑って下さって……本当に……良かった……」


ヒックヒックと泣きじゃくるヒナ。
彼女は本当に、自分の事を心配してくれていたのだろう。

こんな自分の為に泣いてくれて、喜んでくれて、そんな彼女の存在が愛しく感じられて、千紗はそっとヒナを抱き締めた。



「やっぱり姫様は、眉に皺を寄せて、難しい顔をしておられるより、そうやって楽しげに笑っている方が貴方らしい」


そんな二人を側で見守りながら、秋成がしみじみと呟いた。



「……私らしい?」



そう言えば、藤坪殿でも秋成は言っていた。
“らしくない”と。



――『…………らしくない。誰かの言いなりになって、いつまでもこんな所に綴じ込もっているなんて、貴女らしくない! 貴女はいつも周りの迷惑など考えもせず、自分の信じた道を突き進んで来た。貴族の姫でありながら、誰よりも自由に、この大地を羽ばたいていた。そんな貴女が……何故……』


今回だけではない。以前にも秋成から“らしくない”と励まされた事があったっけ。


――『何を恐れる必要があるのです! 何を戸惑う必要があるのですか!! 悩むより先に、まず行動に移す。それが俺のよく知る姫様だ!!』



(そうだ。悩んで立ち止まってしまうくらいなら、行動に移すしかないではないか。

私はあの時、自らの意思で願ったのだ。坂東へいきたいと。

私は、小次郎に会って謝らなければならない。そして、小次郎に与えてしまった咎から奴を解法してやらねばならない。

そのせいで、チビ助との約束を違えてしまったとしても、これは、私にしか出来ない事。私がやらねばならない事だから。

チビ助を傷付けてしまった事への咎は、己のやるべき事を果たしたその後で、いくらでも受けよう。

チビ助……すまない。私の我儘を、今一度(ひとたび)許してくれ。すまない……。すまないチビ助……)


朱雀帝に対し、心の中で何度も何度も謝罪しながら千紗は決意を新たにする。

その目にはもう、迷いの色はなくなっていた。
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