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第二幕 千紗の章
鳥籠からの脱走
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所変わって、藤壺殿から千紗を連れ出す事に成功した秋成は、騒ぎに乗じて二人より先にこっそり屋敷を抜け出していたヒナと、藤壺殿を囲う塀の外で合流を果たしていた。
「秋成様~っ!」
「ヒナ、無事か」
「はい」
「良かった。お前のお陰で無事姫様を連れ出す事ができた。ありがとう」
「お役に……たてて……光栄です」
秋成から礼を言われて、ヒナは頬をほのかに赤く染めながら、照れくさそうに微笑んだ。
ヒナが秋成の協力者とは知らない千紗は、どこか驚いた様子で口を挟む。
「……ヒナ? お主がどうしてここに?」
「千紗姫様、ヒナは姫様が内裏に入られてからの姫様の様子を、ずっと俺に教えてくれていたんです。それに、内裏の内情や警備の手薄な時間、俺では知り得ない情報も調べてくれていました。姫様を救い出すこの日の為に、危険を承知で俺に協力してくれていたのです」
「……そうか……そうだったのか……。私の知らぬ所で、私の為に頑張ってくれていたのだな。ありがとう、ヒナ」
全ての事情を聞かされ、ヒナに礼を言う千紗。
ヒナは再び照れくさそうに微笑んでいた。
「お礼を言うのはまだ早いですよ。俺たちはまだ、藤坪殿を抜け出したに過ぎません。ここから先、内裏、大内裏と人目につかぬよう抜け出さなければならないのですから」
秋成がそう話す間にも、衛兵達の慌ただしい足音や、騒がしい声が聞こえてくる。秋成は声を潜ませ言葉を続けた。
「それに、上手くここを抜け出せたとしても、きっと追手が差し向けられる事でしょう。追手を凌いで、坂東まで辿り着かなければ、姫様を兄上に会わせてあげる事はできない。まだまだ頭を抱える問題は数えきれない程あるのですから」
「確かに……秋成様の仰る……通り……まだまだ……気を抜いては……いられませんね」
「あぁ、だからヒナ、まずはこの内裏内から無事抜け出せるかはお前の力にかかっている。引き続き頼りにしてるぞ」
秋成の向ける期待に、ヒナは力強く頷いた。
「千紗……様、秋成……私の後……に……ついてきて……下さい」
ヒナの案内に従って、秋成達はまず内裏内郭からの脱出を目指す。
因みに内郭とは、内裏を囲う内側の塀の事を言う。
内郭の更に外側には、外郭と呼ばれる塀も存在しており、内裏はこの二重の壁によって厳重に守られているのだ。
内郭、外郭にはそれぞれ東西南北に3か所ずつ、合計12の門が存在していた。
普段よく使用されているのは南面に面している3門。
そこは普段から常に門兵が置かれており警護が厳重だ。
だが、その他の東西北面に置かれた門は南面の3門に比べて使用頻度は低く、比較的警護は手薄である事が多い。
加えてこの賊騒ぎによる混乱。
内裏内部に衛兵の人員が割かれている今ならば、きっと内郭の門は何とか突破できるはず。
そこでヒナは、少しでも城内が混乱しているうちに内郭の外へ出ようと、藤壺殿から一番近い西側の門の一つ、武徳門と呼ばれる門を目指し進んだ。
そしてヒナの読み通り、藤壺殿の裏手、武徳門近くまでやってくると、そこに人の気配はなく、先程まで聞こえていた騒がしい声はどこか遠くに聞こえるようになっていた。
おかげで最初の関門であった武徳門は思っていた以上にあっさりと、通り抜ける事に成功した。
この勢いのまま、次は外郭の門も攻略したい所、だが――
外郭は内郭以上に外からの侵入を阻止する役割が強い。
故に警護は内郭とは比べ物にならないくらいに厳重だ。
ここから先は、より警戒して事を為さねば成らない。
そこでヒナは、武徳門を抜けたその足で外郭の門ではなく、内裏の南西隅に建つ『中和院』と呼ばれる殿舎に千紗達を案内する事にした。
「……千紗……様、秋成様……暫くの間……こちらで……身をお隠しになっていて下さい」
「……ここは?」
何故かヒナに、外郭の門ではなく、がらんと広い閉鎖的な空間に案内された千紗は、不安げな顔でヒナに訊ねる。
蝋燭も灯されていなその空間は、辺り一面闇に覆われていて、酷く薄気味悪い場所に感じられたから。
「ここ……は……祭式などに使われる……場所だと……聞きました。普段人の出入りが……あまりない場所……だと。だから……暫くの間……ここに身を……隠していて……頂きたいの……です」
千紗の向ける不安に、ヒナが片言の言葉で一生懸命に説明する。
「ここに身を隠して? ……何故に? このまま、城内が混乱しているうちに、内裏を抜け出してしまう方が良いのではないか?」
「恐れながら……外郭の警護は……内郭よりも……厳重です。この先は……更に慎重に……事を進めなければならない。だから……今からは私一人……で……外の様子を……探って参りたいのです。その間……千紗様には……秋成様とお二人で……こちらに身を……隠していて頂きたいの……です」
ヒナが説明するその後ろで「そっちの様子はどうだ? 何か変わった様子はないか?」と、衛兵達の騒がしい声が聴こえてくる。
と、同時に無数の足音が中和院の前を行ったり来たり、慌ただしく駆けて行く。
どうやら捜索の手が、早くも外郭にまで及んでいるらしい。
ヒナが身を隠せと言った理由を肌で感じて、3人は中和院の中、息を殺しながら外の様子に耳を済ませた。
●内郭
内裏は二重の壁に囲まれている。内郭とは、その内側の壁の事
●外郭
二重に囲まれた塀外側の塀
●武徳門
平安京内裏内郭十二門の一つ。西面の門で、陰明門(=西面門の真ん中)の南にあった。
●中和院
内裏外郭内の南西に位置する。
新嘗祭(毎年11月)・神今食(毎年6・12月)の際に天皇による親祭が行われた場所。
「秋成様~っ!」
「ヒナ、無事か」
「はい」
「良かった。お前のお陰で無事姫様を連れ出す事ができた。ありがとう」
「お役に……たてて……光栄です」
秋成から礼を言われて、ヒナは頬をほのかに赤く染めながら、照れくさそうに微笑んだ。
ヒナが秋成の協力者とは知らない千紗は、どこか驚いた様子で口を挟む。
「……ヒナ? お主がどうしてここに?」
「千紗姫様、ヒナは姫様が内裏に入られてからの姫様の様子を、ずっと俺に教えてくれていたんです。それに、内裏の内情や警備の手薄な時間、俺では知り得ない情報も調べてくれていました。姫様を救い出すこの日の為に、危険を承知で俺に協力してくれていたのです」
「……そうか……そうだったのか……。私の知らぬ所で、私の為に頑張ってくれていたのだな。ありがとう、ヒナ」
全ての事情を聞かされ、ヒナに礼を言う千紗。
ヒナは再び照れくさそうに微笑んでいた。
「お礼を言うのはまだ早いですよ。俺たちはまだ、藤坪殿を抜け出したに過ぎません。ここから先、内裏、大内裏と人目につかぬよう抜け出さなければならないのですから」
秋成がそう話す間にも、衛兵達の慌ただしい足音や、騒がしい声が聞こえてくる。秋成は声を潜ませ言葉を続けた。
「それに、上手くここを抜け出せたとしても、きっと追手が差し向けられる事でしょう。追手を凌いで、坂東まで辿り着かなければ、姫様を兄上に会わせてあげる事はできない。まだまだ頭を抱える問題は数えきれない程あるのですから」
「確かに……秋成様の仰る……通り……まだまだ……気を抜いては……いられませんね」
「あぁ、だからヒナ、まずはこの内裏内から無事抜け出せるかはお前の力にかかっている。引き続き頼りにしてるぞ」
秋成の向ける期待に、ヒナは力強く頷いた。
「千紗……様、秋成……私の後……に……ついてきて……下さい」
ヒナの案内に従って、秋成達はまず内裏内郭からの脱出を目指す。
因みに内郭とは、内裏を囲う内側の塀の事を言う。
内郭の更に外側には、外郭と呼ばれる塀も存在しており、内裏はこの二重の壁によって厳重に守られているのだ。
内郭、外郭にはそれぞれ東西南北に3か所ずつ、合計12の門が存在していた。
普段よく使用されているのは南面に面している3門。
そこは普段から常に門兵が置かれており警護が厳重だ。
だが、その他の東西北面に置かれた門は南面の3門に比べて使用頻度は低く、比較的警護は手薄である事が多い。
加えてこの賊騒ぎによる混乱。
内裏内部に衛兵の人員が割かれている今ならば、きっと内郭の門は何とか突破できるはず。
そこでヒナは、少しでも城内が混乱しているうちに内郭の外へ出ようと、藤壺殿から一番近い西側の門の一つ、武徳門と呼ばれる門を目指し進んだ。
そしてヒナの読み通り、藤壺殿の裏手、武徳門近くまでやってくると、そこに人の気配はなく、先程まで聞こえていた騒がしい声はどこか遠くに聞こえるようになっていた。
おかげで最初の関門であった武徳門は思っていた以上にあっさりと、通り抜ける事に成功した。
この勢いのまま、次は外郭の門も攻略したい所、だが――
外郭は内郭以上に外からの侵入を阻止する役割が強い。
故に警護は内郭とは比べ物にならないくらいに厳重だ。
ここから先は、より警戒して事を為さねば成らない。
そこでヒナは、武徳門を抜けたその足で外郭の門ではなく、内裏の南西隅に建つ『中和院』と呼ばれる殿舎に千紗達を案内する事にした。
「……千紗……様、秋成様……暫くの間……こちらで……身をお隠しになっていて下さい」
「……ここは?」
何故かヒナに、外郭の門ではなく、がらんと広い閉鎖的な空間に案内された千紗は、不安げな顔でヒナに訊ねる。
蝋燭も灯されていなその空間は、辺り一面闇に覆われていて、酷く薄気味悪い場所に感じられたから。
「ここ……は……祭式などに使われる……場所だと……聞きました。普段人の出入りが……あまりない場所……だと。だから……暫くの間……ここに身を……隠していて……頂きたいの……です」
千紗の向ける不安に、ヒナが片言の言葉で一生懸命に説明する。
「ここに身を隠して? ……何故に? このまま、城内が混乱しているうちに、内裏を抜け出してしまう方が良いのではないか?」
「恐れながら……外郭の警護は……内郭よりも……厳重です。この先は……更に慎重に……事を進めなければならない。だから……今からは私一人……で……外の様子を……探って参りたいのです。その間……千紗様には……秋成様とお二人で……こちらに身を……隠していて頂きたいの……です」
ヒナが説明するその後ろで「そっちの様子はどうだ? 何か変わった様子はないか?」と、衛兵達の騒がしい声が聴こえてくる。
と、同時に無数の足音が中和院の前を行ったり来たり、慌ただしく駆けて行く。
どうやら捜索の手が、早くも外郭にまで及んでいるらしい。
ヒナが身を隠せと言った理由を肌で感じて、3人は中和院の中、息を殺しながら外の様子に耳を済ませた。
●内郭
内裏は二重の壁に囲まれている。内郭とは、その内側の壁の事
●外郭
二重に囲まれた塀外側の塀
●武徳門
平安京内裏内郭十二門の一つ。西面の門で、陰明門(=西面門の真ん中)の南にあった。
●中和院
内裏外郭内の南西に位置する。
新嘗祭(毎年11月)・神今食(毎年6・12月)の際に天皇による親祭が行われた場所。
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