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第二幕 千紗の章
囚われし過去
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忠平と貞盛を呼んで来いという兄の命令を果たそうと、成明も朱雀帝に続いて藤壺殿を出て行こうとする。
その後ろに当たり前のように母も着いてくるかと思いきや――何故か母の気配はいつまでたっても感じられない。
不思議に思った成明が後ろを振り返れば、先程から一歩も動いた気配もないまま、千紗を連れ去った男が最後に立っていた塀の上をじっと見つめながら、何処か難しい顔をして考え込んでいる様子だった。
仕方なく成明は再び母の元へ戻ると、不思議そうに母の顔を覗き込みながら声を掛けた。
「……母上? そんな難しい顔をして、どうされたのですか?」
「…………」
だが、成明の呼び掛けにも気付いていないのか、母からの反応はない。
「母上~?」
成明は、何とか母の気を自身に向けようと、着物の袖をクイクイと引っ張ってみる。
そこまでしてやっと隠子は、はっとした様子で息子を瞳に写した。
「母上、ぼんやりしてどうしたのですか? 姉様の事を心配なされているのですか? 心配せずとも、あの賊は兄上が必ずや捕まえて下さいます。姉様もきっと、兄上が華麗に助け出してくださいますよ。だから、何も心配する事はありませんよ、母上」
目の前で起こった賊騒ぎに心を痛めているのかと、母の抱く不安をぬぐい去ろうと、励ましの言葉をかける成明。
だが、次に母の口から漏れた言葉は、予想もしていない事柄だった。
「…………して……?」
「え?」
「…………どうして………保明が?」
もう十何年も前に亡くなった兄の名前を、何故か突然口にした母。
何故今、この状況で顔も知らない兄の名前が出て来るのか分からない成明は首を傾げた。
「保明兄上がどうなさったのですか?」
二人の会話から漏れ聞こえた、保明の名に、もう一人、藤壺殿に残っていたキヨが、「え?」と小さく声を漏らしながら顔を上げ、二人の会話に耳を済ませた。
「……似ている……。あの男、亡くなった保明に……似ているのです。いや、似ているなんてものではなかった。あれは保明の生き写し……保明そのもの。……いや、でも……そんな筈………あの子はもう、10年以上も前に亡くなっているのだから………。でも……どうして? どうしてあんなにも似て………」
賊が去った塀の上を、どこか虚ろな瞳で見つめ続けながら母は言った。
隠子はたまに、こうして虚ろな瞳で虚偽の世界を見つめる事があった。
大切な息子を亡くした悲しみから、未だ受け入れられない現実から目を背けるように、回りには見えない何かを虚ろな瞳に写し続ける事が――
「母上、しっかりして下さい。他人の空似ですよ。世の中には似た人間が3人いると言うではありませんか。母上が、保明兄上に未だ執着しているから、きっと兄上に似ていると錯覚してしまったのですよ。ほら、もう忘れましょう? 今の母上には、寛明兄上や、成明がいるじゃないですか。保明兄上の事はもう……忘れましょう?」
成明はどこか寂しげに説得する。
一度こうなった隠子の瞳には、今、彼女の目の前にいる筈の自分の姿を写してはくれない。
目の前にいる息子より、未だ死んだ息子に心奪われる母に、成明はたまに寂しさを覚える事があった。
「…………母上……」
「……っ!」
成明が漏らした寂しげな声と、今にも泣き出しそうな姿に隠子は、はっと我を取り戻す。
「そ、そうですね。あの子はもういない。今は貴女達が母の側にいてくれると言うのに、いつまでもあの子の事を引きずって……ごめんなさい成明。ごめんなさい……。貴方を不安にさせて……ごめんなさい……」
隠子はギュッと、今目の前にいる息子を抱き締めた。
胸に抱え続ける囚われし過去をギュッと押し隠すように――
その後ろに当たり前のように母も着いてくるかと思いきや――何故か母の気配はいつまでたっても感じられない。
不思議に思った成明が後ろを振り返れば、先程から一歩も動いた気配もないまま、千紗を連れ去った男が最後に立っていた塀の上をじっと見つめながら、何処か難しい顔をして考え込んでいる様子だった。
仕方なく成明は再び母の元へ戻ると、不思議そうに母の顔を覗き込みながら声を掛けた。
「……母上? そんな難しい顔をして、どうされたのですか?」
「…………」
だが、成明の呼び掛けにも気付いていないのか、母からの反応はない。
「母上~?」
成明は、何とか母の気を自身に向けようと、着物の袖をクイクイと引っ張ってみる。
そこまでしてやっと隠子は、はっとした様子で息子を瞳に写した。
「母上、ぼんやりしてどうしたのですか? 姉様の事を心配なされているのですか? 心配せずとも、あの賊は兄上が必ずや捕まえて下さいます。姉様もきっと、兄上が華麗に助け出してくださいますよ。だから、何も心配する事はありませんよ、母上」
目の前で起こった賊騒ぎに心を痛めているのかと、母の抱く不安をぬぐい去ろうと、励ましの言葉をかける成明。
だが、次に母の口から漏れた言葉は、予想もしていない事柄だった。
「…………して……?」
「え?」
「…………どうして………保明が?」
もう十何年も前に亡くなった兄の名前を、何故か突然口にした母。
何故今、この状況で顔も知らない兄の名前が出て来るのか分からない成明は首を傾げた。
「保明兄上がどうなさったのですか?」
二人の会話から漏れ聞こえた、保明の名に、もう一人、藤壺殿に残っていたキヨが、「え?」と小さく声を漏らしながら顔を上げ、二人の会話に耳を済ませた。
「……似ている……。あの男、亡くなった保明に……似ているのです。いや、似ているなんてものではなかった。あれは保明の生き写し……保明そのもの。……いや、でも……そんな筈………あの子はもう、10年以上も前に亡くなっているのだから………。でも……どうして? どうしてあんなにも似て………」
賊が去った塀の上を、どこか虚ろな瞳で見つめ続けながら母は言った。
隠子はたまに、こうして虚ろな瞳で虚偽の世界を見つめる事があった。
大切な息子を亡くした悲しみから、未だ受け入れられない現実から目を背けるように、回りには見えない何かを虚ろな瞳に写し続ける事が――
「母上、しっかりして下さい。他人の空似ですよ。世の中には似た人間が3人いると言うではありませんか。母上が、保明兄上に未だ執着しているから、きっと兄上に似ていると錯覚してしまったのですよ。ほら、もう忘れましょう? 今の母上には、寛明兄上や、成明がいるじゃないですか。保明兄上の事はもう……忘れましょう?」
成明はどこか寂しげに説得する。
一度こうなった隠子の瞳には、今、彼女の目の前にいる筈の自分の姿を写してはくれない。
目の前にいる息子より、未だ死んだ息子に心奪われる母に、成明はたまに寂しさを覚える事があった。
「…………母上……」
「……っ!」
成明が漏らした寂しげな声と、今にも泣き出しそうな姿に隠子は、はっと我を取り戻す。
「そ、そうですね。あの子はもういない。今は貴女達が母の側にいてくれると言うのに、いつまでもあの子の事を引きずって……ごめんなさい成明。ごめんなさい……。貴方を不安にさせて……ごめんなさい……」
隠子はギュッと、今目の前にいる息子を抱き締めた。
胸に抱え続ける囚われし過去をギュッと押し隠すように――
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