時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
263 / 285
第二幕 千紗の章

賊と対峙するとき②

しおりを挟む
突進した勢いのまま派手に転んだ朱雀帝。

だがすぐさま起き上がり、振り返った先に立つ秋成へ向け怒鳴り声を上げる。


「秋成、お主いったいどういうつもりだ! こんな事をして、ただですむと思うなよ!」

「お前こそ、どういうつもりだ。権力ちからで千紗を縛り付けて」

「っ!」

「これ以上こいつを苦めると言うのなら、例えお前がこの国で一番偉い“帝”であろうとも、俺はお前を許さない!」

「………」


暗闇の中、表情は見えないながらも、秋成が放つ殺気に朱雀帝の体はビクンと跳ねた。

先程の沸騰するかのような体の熱も、一気に冷めて行くように、蛇に睨まれた蛙のごとく一歩も動く事が出来きない。

頬や背中には冷や汗がじわりと垂れる。




「お待ちなさい!帝っ!!」


そんな二人の間に流れる、張り詰めていた空気を破るように、ドタバタと新たな来訪者が現れた。


「物忌み中の者に近付く事はなりません。貴女まで悪気に侵されてしまいます」


朱雀帝を止めようと、彼の後を追いかけて来た母隠子が、やっと息子に追い付いてきたのだ。

彼女に続いて成明も、そして朱雀帝の警護を任されていた男達も、続々と藤坪殿へと集結する。


四方を壁に囲まれた塗籠内。
唯一の出入り口である妻戸前に人が集まり、逃げ道を塞がれてしまった秋成は「ちっ」と小さく舌打ちした。


「え、衛兵達っ! 何をぼんやりしている! 早くあの男から皇后を奪い返せ!!」


そんな秋成とは反対に、協力者を得た朱雀帝は牽制逆転とばかりに威勢を取り戻し、警護の男達に向かって叫んだ。

彼の命令に、いったい今、何が起こってるのか状況もろくに把握出来ないままに、運悪くこのゴタゴタに巻き込まれてしまった男達は、躊躇いを隠しきれないながらも松明を近くにいたキヨやヒナに預け、朱雀帝に言われるがまま、秋成に向かって刀を構えた。



「うわぁ~! 喧嘩だ喧嘩だ~!!」



そんな緊迫した空気の中、場にそぐわない能天気な声があがる。

目の前の光景に興奮気味な様子の成明が、ただ一人はしゃいでいた。

互いに睨み合いの攻防を続ける秋成と朱雀帝。

緊迫した中、先に仕掛けたのは秋成だった。

千紗を肩に担ぎ上げたまま、右手で左側の腰に下げていた脇差しに手を添え、体勢を低く構えの姿勢をとったのだ。

抜刀と共に、今にも斬りかからん体勢。
そして秋成の放つ殺気。

いつ刀を抜くか知れぬ緊迫した空気感と受ける威圧感に、警護の男達の中の一人の男が、突然「うわぁー!」と狂ったように叫び出した。


男達の中では一番年若く、朱雀帝とそう歳も変わらぬ見た目の若い男だった。

実践の経験が少ないのか、刀を持つ手はガタガタと激しく震わせ、視点の定まらない目はとても正気のものとは思えない様子。


目の前に迫る恐怖に、緊張の糸がプツリと切れてしまったのか、まるで理性を失った獣のように叫んだかと思うと、相手との駆け引きや、仲間との連携、そんな冷静さも忘れて、ただただ殺されまいと、本能のままに秋成に向けて突進して行く。



「ば、バカ野郎っ! 勝手に動きやがって!!」



その行動は、仲間達にとっても予想外のものだったらしく、一瞬慌てた様子で叱責の声を上げる。

だが、動いてしまったものは仕方ない。彼に続けとばかりに他に3人いた警護の男達も、皆一斉に刀を手に握りしめながら秋成に向かって突進して行った。


「っ!!」


4人が一斉に秋成に襲いかかる姿をすぐ近くで見ていたキヨは声にならない悲鳴を上げる。

だが、キヨの心配は杞憂だったのか、秋成は肩に千紗を担ぎ上げたまま、襲いかかってくる男達の刀を一つ一つ器用にかわしたかと思うと、何故か男達の方が「う゛っ」と苦しげな声を上げながら、一人、また一人と床に伏して行くではないか。

あっと言う間に4人を倒した秋成の動きは、全く無駄がなく華麗で、その姿はまるで舞でも舞っているかのようだとキヨは思った。

華麗だと見とれながらも、目の前に次々と倒れ込む男達の姿もまたすぐ近くで見ていたキヨの顔は、みるみる真っ青に染まって行って、恐怖に満ちた目を秋成に向けていた。


「あ……秋成様、まさか貴女、皆様方を殺めてしまわれたのですか?」


キヨの問いに秋成は、鞘ごと腰から抜いた刀を見せながら、首を横に振ってみせた。


「いいえ、ただこれで鳩尾を突いて気絶させただけです。心配入りません」


「……あの一瞬で?」


キヨの問いに秋成は、汗一つかいてない涼しい顔で「はい」と短く答えた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...