時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
258 / 285
第二幕 千紗の章

暗闇の世界 灯る一筋の光

しおりを挟む
「…………さ……助け……ち……さ……」



自分を呼ぶ声に千紗は目を覚ます。

目を開けた先に広がるは真っ暗な闇の世界。

暗闇の中、聞こえ来る声に千紗は怯えを見せながらも、小さな声で返事をした。



「………誰?……私を呼ぶのは……誰?」

「……助け……て……助け……」

「…………」


弱々しくも助けを求めるその声に、千紗は何故か小次郎の顔が思い浮かんだ。

助けを求め、千紗の名を呼んでいるのは小次郎なのではないか。そう思ったら、じっとしている事などできなくて



「………小次郎、小次郎が私を呼んでいるのか?」


「……さ……千……紗…………助け……」


「待っていろ。今助けに行くからな」



暗闇の恐怖から必死に自身を奮い立たせ、真っ暗な闇の中を走り出して行く。




「助けて……助けて……」



今にも泣き出しそうな弱々しい声は、何度となく助けてと千紗を呼んでいる。

だがその声は、反響しているのかあちらこちらから聞こえており、いったいどこから発せられているのかうまく位置が掴めない。


ふと、前にもこんな事があったかと、千紗は不思議な感覚を覚える。

その感覚に戸惑いながらも足を止める事はせず、当て所なく必死に小次郎の姿を探して走り続けた。

どこまでも、どこまでも――


「小次郎?小次郎~!!」



だが、走っても走っても目の前に続くは闇の世界ばかり。
深く、どこまでも深く続く闇に、千紗の焦りや不安も深まって行く。

助けを求めている小次郎を、自分は見つけられないのではないか。

この闇の世界から、抜け出す事は出来ないのではないかと。


「…………小次郎? 何処におるのだ? お主は今、いったい何処におるのだ?」

「……け……て……助けて……」

「今行く、すぐ行くから……お主を助けに必ず行くから、だから今しばらく待っておれ……あっ……」


不安をぬぐい去ろうと、叫ぶ事に夢中になり過ぎたのか、足が縺れて千紗は派手に転んだ。



“ドボン”



転んだと思った次の瞬間、聞こえて来たのは水に落ちる音。気が付くと千紗の体は冷たい水に包まれていた。


「……?!」


転んだ拍子に池にでも落ちたのだろうか?

千紗は早く池から上がろうと、必死にもがく。

だが貴族の姫である千紗は泳ぎ方など知らない。

もがけばもがく程、腕や足は鉛のように重くなって行き身動きが取れなくなって行く。

息継ぎもままならぬままに水の中でもがき続ける千紗だったが、ついには息苦しさに意識が遠退き始めた頃――



「千紗っ!」



先程まで聞こえていた、「助けて」と弱々しく千紗を呼び続けていた声とは違う、力強く逞しい声で名前を呼ばれた気がして、薄れ行く意識の中、千紗はゆっくりと顔を上げた。


すると、今まで真っ暗だったはずの世界に、一筋の淡い光が差し込んでいる事に気付いて、揺れる水面の向こう、ぼんやりと見える水上の景色に目を凝らした。

そこに見えるは一つの人影。

逆光で、顔までははっきりと見えなかったが、その人はこちらに向かって何かを必死に叫んでいるように見える。



『誰?そこにいるのは……誰……?……小次……郎?』



千紗はぼんやりする意識の中、無意識に水上にいるその人物に向かって手を伸ばした。

瞬間、伸ばした手の先からじわりじわりと温かなものが体中に伝わってくる。

その熱をもっと感じたくて、千紗は必死に温もりにしがみついた。



「………さっ!……千紗…………」


「……誰? そこにいるのは……私を呼ぶのは……誰?」



その人は、しがみつく千紗の手をギュッと握り返すと、暗く冷たい水の中から、光指す方へ千紗を導くかのように、強い力で引っぱり上げた。


体中を包んでいた冷たい水の感触が、太陽の光を浴びているかのような、ぽかぽかと温かなものへと変わって行く。

全身を包む心地よい温もりに千紗はゆっくりと目を開けた。



  ◇◇◇



次に目を開いた時、ぼんやりとする視界に映ったのは、どこか見慣れた天井と、部屋に灯る蝋燭のかすかな灯り。


あぁ、ここは物忌みをしていた部屋で、キヨと話している間に、いつの間にか眠ってしまっていたのかと思い至る。

夢の中感じた温もりを、目覚めた今尚手のひらに感じている事に気付いて千紗は自身の手の先へと視線を向けた。


するとそこには一つの人影があって、夢と同じように自分の手を握ってくれている。

悪夢にうなされるのを見かねてキヨが手を繋いでいてくれたのかと人影に目を凝らせば、その人物は女のキヨとは明らかに違った体格をしていて、千紗は慌てて体を起こした。

そんな千紗の体を、目の前の人物は背中に腕を回し、がっしりと支えてくれる。

筋肉質で逞しい腕。それは明らかに男のもの。

不思議と懐かしささえ覚える温もりに、千紗はもう一人、ある人物の姿を思い絵がいた。

けれど――
彼がここにいるはずはない。いるはずが……


沸き上がる疑念を否定しながらも、目の前の人物の顔を改めて確認しようと、再び目を凝らし見た千紗は、次の瞬間息を呑んだ。


「っ?!……どうして……?」

「千紗姫様、長い間お側を離れて申し訳ございません」

「……どうして?……何故お主がここにいるのだ、秋成?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...