256 / 264
第二幕 千紗の章
零れた涙の理由は?
しおりを挟む
朱雀帝が去った後、不満げな顔でヒナはキヨに問い掛けた。
「どう……して……受け取った……の……ですか? そもそも……千紗様が……悪夢に魘さ……れて……いるのは……あの人が……千紗様を……苦しめ……た……からで………」
「ヒナ、帝も今、苦しんでいるのですよ。千紗姫様を苦しめているのは、自分なのだと、あの方はちゃんと理解しています」
「なら……どうして……分かっていながら……なおも……千紗様を……苦しめる……ような事を……するの……ですか?」
「言ったでしょう。恋とはそう言うものだと。人は恋をすると、嬉しい、楽しい、そう言った幸せな感情と共に、嫉妬や妬み、醜い感情にも囚われてしまう。それら全ての感情と向き合って、乗り越えた時に人は大きく成長出来るのですよ。帝は今、自分自身と必死に戦っていらっしゃるのですよ。帝と千紗姫様、二人を信じて私達はもう少し見守りましょう? ね、ヒナ」
「…………」
キヨの説得に、ヒナはまだ納得いっていない様子で不機嫌に表情を歪めながら、遠ざかって行く朱雀帝の後ろ姿をじっと睨み付けていた。
「そんな顔しないで、ヒナ」
「…………ごめん……なさい……」
キヨに嗜められて、シュンと肩をすくめるヒナ。
そんなヒナの背中をさすってやりながら、キヨは言った。
「……じゃあヒナ。私はこれを千紗姫様に届けてくるから、少しの間、ここを宜しくね」
「…………」
キヨのお願いに、ヒナがコクンと小さく。
そんな彼女を一人その場に残して、キヨは藤壺殿を一旦後にした。
◆◆◆
「千紗姫様、少し宜しいですか?」
「…………その声はキヨか? どうしたのじゃ?」
キヨが藤壺殿を一度離れたかと思うと、さほど時間を開けずして、何かを手に再び戻って来た。
そして千紗が一人忌み中の塗籠内へと声を掛けたかと思えば、主から返された返事を待って、塗篭の扉を遠慮がちに開けた。
この時代の建物には、まだ窓などは存在せず、四方を壁に囲まれた塗籠内は、日中でも暗かった。
唯一、蝋燭の灯りがぼんやりと薄暗く部屋を灯していた。
「はい、こちらを千紗姫様にお渡ししたく」
「?」
薄暗い部屋の中、そう言ってキヨが手にしていたものを差し出すと、千紗は目をこらして差し出された物を見た。
それは竹包に飾られた花で、竹包からは長く伸びた蔦がはみ出し垂れ下がり、絡まりあっていた。
「渡したいもの? お主が手に持っているそれは朝顔か? こんな時分に咲いているとは珍しいな」
「いいえ千紗姫様、こちらは昼顔にございます。帝が千紗姫様への見舞いにと、先程持って来て下さったのです」
「チビす……いや、帝が?」
「はい。悪条件の中、逞しく咲いていたこの花が、千紗姫様の姿と重なって見えたのだそうですよ。この花のように強く逞しく、元気なお姿が早くみられますようにと、そんな想いからこの夕顔の花を、姫様の為に摘んで来て下さったのだそうです」
ニコニコと嬉しそうに語るキヨの話を聞きながら、この花を持って来てくれた時の朱雀帝の姿を想像する。
想像して千紗は、嬉しそうに、でもどこか苦しげに笑みを浮かべた。
朱雀帝が自身に向けてくれる好意を素直に嬉しいと思う。
でもその反面で、彼が向けてくれる“想い”に答えなければと思えば思う程、身動きがとれなくなって……胸が苦しいと感じてしまう。
「千紗姫様……?」
「あれ? おかしいな……どうして…………」
キヨから昼顔の花を受け取ろうと手を伸ばした時、不意に千紗の頬に涙が伝った。
「どうして……涙なんて………」
千紗はまだ知らない。
この涙の理由を。
拭っても拭っても、後から後から零れ落ちる涙のわけを。
そんな千紗の姿に、キヨはかける言葉が思い付かず、ただ黙って、そっと千紗を抱き締めた。
「どう……して……受け取った……の……ですか? そもそも……千紗様が……悪夢に魘さ……れて……いるのは……あの人が……千紗様を……苦しめ……た……からで………」
「ヒナ、帝も今、苦しんでいるのですよ。千紗姫様を苦しめているのは、自分なのだと、あの方はちゃんと理解しています」
「なら……どうして……分かっていながら……なおも……千紗様を……苦しめる……ような事を……するの……ですか?」
「言ったでしょう。恋とはそう言うものだと。人は恋をすると、嬉しい、楽しい、そう言った幸せな感情と共に、嫉妬や妬み、醜い感情にも囚われてしまう。それら全ての感情と向き合って、乗り越えた時に人は大きく成長出来るのですよ。帝は今、自分自身と必死に戦っていらっしゃるのですよ。帝と千紗姫様、二人を信じて私達はもう少し見守りましょう? ね、ヒナ」
「…………」
キヨの説得に、ヒナはまだ納得いっていない様子で不機嫌に表情を歪めながら、遠ざかって行く朱雀帝の後ろ姿をじっと睨み付けていた。
「そんな顔しないで、ヒナ」
「…………ごめん……なさい……」
キヨに嗜められて、シュンと肩をすくめるヒナ。
そんなヒナの背中をさすってやりながら、キヨは言った。
「……じゃあヒナ。私はこれを千紗姫様に届けてくるから、少しの間、ここを宜しくね」
「…………」
キヨのお願いに、ヒナがコクンと小さく。
そんな彼女を一人その場に残して、キヨは藤壺殿を一旦後にした。
◆◆◆
「千紗姫様、少し宜しいですか?」
「…………その声はキヨか? どうしたのじゃ?」
キヨが藤壺殿を一度離れたかと思うと、さほど時間を開けずして、何かを手に再び戻って来た。
そして千紗が一人忌み中の塗籠内へと声を掛けたかと思えば、主から返された返事を待って、塗篭の扉を遠慮がちに開けた。
この時代の建物には、まだ窓などは存在せず、四方を壁に囲まれた塗籠内は、日中でも暗かった。
唯一、蝋燭の灯りがぼんやりと薄暗く部屋を灯していた。
「はい、こちらを千紗姫様にお渡ししたく」
「?」
薄暗い部屋の中、そう言ってキヨが手にしていたものを差し出すと、千紗は目をこらして差し出された物を見た。
それは竹包に飾られた花で、竹包からは長く伸びた蔦がはみ出し垂れ下がり、絡まりあっていた。
「渡したいもの? お主が手に持っているそれは朝顔か? こんな時分に咲いているとは珍しいな」
「いいえ千紗姫様、こちらは昼顔にございます。帝が千紗姫様への見舞いにと、先程持って来て下さったのです」
「チビす……いや、帝が?」
「はい。悪条件の中、逞しく咲いていたこの花が、千紗姫様の姿と重なって見えたのだそうですよ。この花のように強く逞しく、元気なお姿が早くみられますようにと、そんな想いからこの夕顔の花を、姫様の為に摘んで来て下さったのだそうです」
ニコニコと嬉しそうに語るキヨの話を聞きながら、この花を持って来てくれた時の朱雀帝の姿を想像する。
想像して千紗は、嬉しそうに、でもどこか苦しげに笑みを浮かべた。
朱雀帝が自身に向けてくれる好意を素直に嬉しいと思う。
でもその反面で、彼が向けてくれる“想い”に答えなければと思えば思う程、身動きがとれなくなって……胸が苦しいと感じてしまう。
「千紗姫様……?」
「あれ? おかしいな……どうして…………」
キヨから昼顔の花を受け取ろうと手を伸ばした時、不意に千紗の頬に涙が伝った。
「どうして……涙なんて………」
千紗はまだ知らない。
この涙の理由を。
拭っても拭っても、後から後から零れ落ちる涙のわけを。
そんな千紗の姿に、キヨはかける言葉が思い付かず、ただ黙って、そっと千紗を抱き締めた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる