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第二幕 千紗の章
容花に込められし想い
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「……母上…………違うのです。千紗姫様が邪気にあてられ苦しんでいるのはきっと……私のせい。私が千紗姫様への想いを止められないから……だから……私のせいで千紗姫様は今、苦しんでいるのですよ」
母に見送られ、部屋を出た朱雀帝。
だが、廊下を曲がった先にある渡殿を渡る途中で足を止め、溜め息と共にそんな弱音を漏らした。
千紗に会いに行く足が重い。
こんな自分が彼女を見舞う資格があるのだろうか。
やはり行くべきではないのではないか。
頭を余儀る不安の数々に、ついに朱雀帝は暗い顔で俯いた。
ふと落とした視線の先、朱雀帝の目にあるものが映る。
「………………こんな時分に朝顔が?」
渡殿の柱に蔦を這わせて、ついには高欄にまで絡まりつく勢いの植物。
もう日も真上に登ろうかと言う時間に、朝顔に似たその花は、まだ綺麗に花を咲かせている。
どこからこの蔓は伸びて来ているのだろうか。
ふとしゃがんで渡殿の下を覗き混むと、渡殿の下一面にこの朝顔に似た植物は広がっていた。
構造物に邪魔されて、日もろくに当たらない悪条件の中を。
その姿はとても力強く感じられて、気が付くと朱雀帝は無意識に手を伸ばしていた。
そして、蔓ごとその花を摘んだ。
「………………」
暫く黙って見つめた後、何かを決意したように朱雀帝は立ち上がると、ゆっくりと再び歩みを進め始めた。
千紗の待つ藤原殿に向けて――
◆◆◆
「み、帝っ!?こ、これは……折角お越し頂いた所、大変申し訳ございませんが、本日千紗姫様は……」
千紗の部屋の前で控えていた千紗の侍女、キヨの言葉を遮って朱雀帝は言う。
「分かっている。物忌み中なのだろう。成明から聞いている。だから来たのだ」
「……え? だからお越し下さったとは?」
キョトンと不思議そうに訪ねるキヨに、朱雀帝は後ろ手に隠していたある物を差し出した。
「見舞いだ。千紗が邪気にあてられたと聞いて……これを差し入れに」
恥ずかし気にそっぽ向きながら、先程手折った花を差し出す朱雀帝。
そんな彼に、キヨの隣にもう一人いた千紗の侍女、ヒナがムッとした顔で眉を吊り上げながら、何か言いたげに身を乗り出した。
だが、キヨに制されグッと言いかけた言葉を飲み込んだ。
そしてヒナに代わってキヨが口を開く。
「帝。お気遣いありがとうございます。きっと、姫様もお喜びになります」
「……そうだと、良いのだが」
ニッコリ微笑むキヨに、朱雀帝はぎこちなく笑って返す。
そんな朱雀帝の戸惑いも気付かないフリをしてキヨは続けた。
「この花は容花ですね」
「容花? それは朝顔ではないのか?」
「たしかに、朝顔とも似ていますよね。でも、朝しか咲かない朝顔とは違い、この花は昼に花を咲かせるんです。だから容花は、別名昼顔とも呼ばれているのですよ」
「……そうなのか。朕はてっきり朝顔なのだと思っていた。朝顔がこんな時間まで咲いているなんて珍しい。世の理に反して咲いているのかと思ったら、その姿はなんだかとても力強く感じられて、千紗にも見せたいと思って摘んで参ったのだ。だが……そうか。それは、もともとそう言う花だったのだな」
どこか残念そうに肩を落とす朱雀の姿に、キヨは穏やかな微笑みを深めながら言葉を返した。
「帝のおっしゃる通り、実際とても力強い花なのですよ、この花は」
「………え?」
「実は容花は、朝顔ほど観賞用に愛でられる花ではないんです。朝顔みたいに上へ蔓を伸ばすだけではなく、地下茎で横へ横へと増えて行くから1度生えると駆除が大変で。どちらかと言うと、雑草扱いされがちな花ですね」
「ざ……雑草? そうだったのか……」
“雑草”と言う言葉に衝撃を受ける朱雀帝。
「そのような雑草を朕は千紗姫様に渡そうとしていたのだな。すまない。やはりこれは返してくれ」
「いいえ。これは千紗姫様の為に、帝がわざわざお持ちくださったもの。千紗姫様には私から責任を持ってお渡しさせて頂きます」
「キ、キヨ、気など使わずともよい。頼むから止めてくれ」
「帝、雑草のような繁殖力こそがこの子の強い所以なのですよ」
「……………?」
「帝はこの子に力強さを感じたからこそ、千紗姫様への見舞いの花に選んで下さったのではないですか?」
「……そうだ。確かにこの花に感じた力強さが千紗の姿と重なって見えて……」
「この花を選んで下さった帝のそのお心と一緒に、千紗姫様にお渡しさせて頂きます」
「そ、そうか? 本当に失礼だとは思われないだろうか?」
「はい。姫様はきっとお慶びになると思いますよ。帝の想いが篭った花にのですから」
「……分かった。ならば、頼んだぞ。ついでに千紗姫様に、早く元気になって下さいと、そう伝えてくれ」
「はい、承りました」
「では……朕は仕事があるから、今日はこれで失礼する」
朱雀帝は名残惜しげに千紗が籠る藤壺殿を見つめた後で踵を返し、来た道を戻って行った。
―――――――――――――――――
●高欄
橋や縁側などに設けられた柵上の工作物
●容花
花の名前。ヒルガオ・カキツバタ・オモダカ・ムクゲ・アサガオ・シャクヤク、または美しい花の意など、諸説あり。(この物語では昼顔の意味として用いています)
昼顔とはヒルガオ科のつる性植物。夏にアサガオに似た桃色の花を咲かせ、昼になっても花がしぼまないことからこの名付けられた。
花言葉には「絆」「親しい付き合い」「縁」などの、繋がりを表す言葉を持っている。
母に見送られ、部屋を出た朱雀帝。
だが、廊下を曲がった先にある渡殿を渡る途中で足を止め、溜め息と共にそんな弱音を漏らした。
千紗に会いに行く足が重い。
こんな自分が彼女を見舞う資格があるのだろうか。
やはり行くべきではないのではないか。
頭を余儀る不安の数々に、ついに朱雀帝は暗い顔で俯いた。
ふと落とした視線の先、朱雀帝の目にあるものが映る。
「………………こんな時分に朝顔が?」
渡殿の柱に蔦を這わせて、ついには高欄にまで絡まりつく勢いの植物。
もう日も真上に登ろうかと言う時間に、朝顔に似たその花は、まだ綺麗に花を咲かせている。
どこからこの蔓は伸びて来ているのだろうか。
ふとしゃがんで渡殿の下を覗き混むと、渡殿の下一面にこの朝顔に似た植物は広がっていた。
構造物に邪魔されて、日もろくに当たらない悪条件の中を。
その姿はとても力強く感じられて、気が付くと朱雀帝は無意識に手を伸ばしていた。
そして、蔓ごとその花を摘んだ。
「………………」
暫く黙って見つめた後、何かを決意したように朱雀帝は立ち上がると、ゆっくりと再び歩みを進め始めた。
千紗の待つ藤原殿に向けて――
◆◆◆
「み、帝っ!?こ、これは……折角お越し頂いた所、大変申し訳ございませんが、本日千紗姫様は……」
千紗の部屋の前で控えていた千紗の侍女、キヨの言葉を遮って朱雀帝は言う。
「分かっている。物忌み中なのだろう。成明から聞いている。だから来たのだ」
「……え? だからお越し下さったとは?」
キョトンと不思議そうに訪ねるキヨに、朱雀帝は後ろ手に隠していたある物を差し出した。
「見舞いだ。千紗が邪気にあてられたと聞いて……これを差し入れに」
恥ずかし気にそっぽ向きながら、先程手折った花を差し出す朱雀帝。
そんな彼に、キヨの隣にもう一人いた千紗の侍女、ヒナがムッとした顔で眉を吊り上げながら、何か言いたげに身を乗り出した。
だが、キヨに制されグッと言いかけた言葉を飲み込んだ。
そしてヒナに代わってキヨが口を開く。
「帝。お気遣いありがとうございます。きっと、姫様もお喜びになります」
「……そうだと、良いのだが」
ニッコリ微笑むキヨに、朱雀帝はぎこちなく笑って返す。
そんな朱雀帝の戸惑いも気付かないフリをしてキヨは続けた。
「この花は容花ですね」
「容花? それは朝顔ではないのか?」
「たしかに、朝顔とも似ていますよね。でも、朝しか咲かない朝顔とは違い、この花は昼に花を咲かせるんです。だから容花は、別名昼顔とも呼ばれているのですよ」
「……そうなのか。朕はてっきり朝顔なのだと思っていた。朝顔がこんな時間まで咲いているなんて珍しい。世の理に反して咲いているのかと思ったら、その姿はなんだかとても力強く感じられて、千紗にも見せたいと思って摘んで参ったのだ。だが……そうか。それは、もともとそう言う花だったのだな」
どこか残念そうに肩を落とす朱雀の姿に、キヨは穏やかな微笑みを深めながら言葉を返した。
「帝のおっしゃる通り、実際とても力強い花なのですよ、この花は」
「………え?」
「実は容花は、朝顔ほど観賞用に愛でられる花ではないんです。朝顔みたいに上へ蔓を伸ばすだけではなく、地下茎で横へ横へと増えて行くから1度生えると駆除が大変で。どちらかと言うと、雑草扱いされがちな花ですね」
「ざ……雑草? そうだったのか……」
“雑草”と言う言葉に衝撃を受ける朱雀帝。
「そのような雑草を朕は千紗姫様に渡そうとしていたのだな。すまない。やはりこれは返してくれ」
「いいえ。これは千紗姫様の為に、帝がわざわざお持ちくださったもの。千紗姫様には私から責任を持ってお渡しさせて頂きます」
「キ、キヨ、気など使わずともよい。頼むから止めてくれ」
「帝、雑草のような繁殖力こそがこの子の強い所以なのですよ」
「……………?」
「帝はこの子に力強さを感じたからこそ、千紗姫様への見舞いの花に選んで下さったのではないですか?」
「……そうだ。確かにこの花に感じた力強さが千紗の姿と重なって見えて……」
「この花を選んで下さった帝のそのお心と一緒に、千紗姫様にお渡しさせて頂きます」
「そ、そうか? 本当に失礼だとは思われないだろうか?」
「はい。姫様はきっとお慶びになると思いますよ。帝の想いが篭った花にのですから」
「……分かった。ならば、頼んだぞ。ついでに千紗姫様に、早く元気になって下さいと、そう伝えてくれ」
「はい、承りました」
「では……朕は仕事があるから、今日はこれで失礼する」
朱雀帝は名残惜しげに千紗が籠る藤壺殿を見つめた後で踵を返し、来た道を戻って行った。
―――――――――――――――――
●高欄
橋や縁側などに設けられた柵上の工作物
●容花
花の名前。ヒルガオ・カキツバタ・オモダカ・ムクゲ・アサガオ・シャクヤク、または美しい花の意など、諸説あり。(この物語では昼顔の意味として用いています)
昼顔とはヒルガオ科のつる性植物。夏にアサガオに似た桃色の花を咲かせ、昼になっても花がしぼまないことからこの名付けられた。
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