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第二幕 千紗の章
秋成が動くとき
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その日の夜――
ヒナはそっと内裏を抜け出した。
見張りがいない事を確認しつつ、大内裏の正門、朱雀門を目指す。
門まで来ると、そこから少し離れた位置にある桂の木を器用に登り、大内裏をぐるりと囲うように聳え立つ、土壁のてっぺんへと降り立った。
「ヒナっ!」
瞬間、土壁の上に立つ彼女の名を呼ぶ男の声が暗闇の中から聴こえて――
「っ!秋成様!」
ヒナの名を呼ぶその人物――秋成は、彼女に向けて真っ直ぐに手を伸ばしている。
ヒナは高さが6尺以上はあるだろう土壁の上から、何の躊躇いもなく、思いきり秋成が伸ばす腕の中目掛けて飛び降りた。
「ヒナ! 姫様の様子は? 兄上の坂東での噂は既に姫様の耳にも届いているのか? 姫様はひどく心痛めてはいないか?」
ヒナを抱き止めるなり矢継ぎ早に質問する秋成。
小次郎の敗戦の噂は、秋成の耳にも入っていた。
秋成は勿論小次郎の事も心配していたが、それ以上に噂を耳にした千紗の反応が心配で、ヒナからの報告を今か今かと待っていたのだ。
秋成からなされた質問に、ヒナは顔をみるみる悲しみに染めて行く。
「……姫……様は……とてもお辛そうで……今日も……寂しげに……ひが……しの……空を……見上げて……いました。……姫様の……あんなに悲しげな顔は……もう……見ているのも……辛いです……。私……は……千紗姫……様の……笑顔が大好きだった……のに………」
ポロポロと涙を流しながらそう訴えるヒナ。
「…………ヒナ」
ヒナの涙は、まるで千紗の気持ちを代弁ているかのように感じられて、秋成は親指でそっと拭ってやる。
そして、ずっと胸の中に秘めていたある決意を口にした。
「……するぞ………」
「……え?」
秋成の言葉が上手く聞き取れなかったヒナは、もう一度言って欲しいと、ねだるように首を傾げた。
「姫様を、奪還するぞ。この内裏と言う檻の中から姫様を奪還する。そして兄上のもとへお連れする!」
そう決意を口にした秋成は、目の前に高く聳え立つ土壁をきつく睨んでいた。
決意に燃える秋成の横顔に、ヒナも力強く頷いた。
「私も、お手伝い……いたします……」
背後に潜む人影に気付きもしないで、ヒナと秋成の二人は、千紗奪還を誓いあった。
◆◆◆
「……………」
「殿~。藤太殿~? 如何でしたか? 先程の音の正体は分かりましたか? 誰か怪しい人影は?」
「いいや。ここにいるのは、噂の藤原家の番犬殿だけのようだ」
「あぁ、あの。相変わらずの忠誠ぶりですね。いくら待った所で、もうあの者が藤原の姫君様に会えるはずもないのに」
「…………」
「では先程聞こえたドスンと言う音は?」
「きっと彼の仕業だろう。主に会えないもどかしさを、何か物にぶつけていたのかもしれない」
「まったく人騒がせな事を。己の怒りを撒き散らして、我々警護を任されている人間の仕事を増やしてくれるな。ここは1つ、この私めがガツンと注意してまい参りましょう」
「いや、いい。我々は持ち場へ戻ろう」
「しかし藤太殿っ……」
「戻ろう。何か悪さをするわけでもない。あの男の気のすむまで奴の事は放っておけと、太政大臣様からも言われているしな。いちいち責め立てる事もあるまい」
「………そう……ですかね~?」
「あぁ、行くぞ。夜はまだ長い。俺達夜勤組は、夜通し大内裏の見張り番をしないといけないのだからな」
「は、はい~」
検非違使見習いとして、日替わりで夜の大内裏の警護にあたっていた“藤太”こと藤原秀郷は、同僚の背を強引に押しながら、そっとその場を離れて行く。
今一度秋成達の方へと振り返ると彼は困り顔で小さな呟きを漏らした。
「さて、どうしたものか」と。
彼等の企てを上に報告すべきか、あるいは見なかった事にするべきか。
全く、厄介な場面に出くわしてしまったと、秀郷は無意識のうちに盛大な溜め息を漏らすのだった。
ヒナはそっと内裏を抜け出した。
見張りがいない事を確認しつつ、大内裏の正門、朱雀門を目指す。
門まで来ると、そこから少し離れた位置にある桂の木を器用に登り、大内裏をぐるりと囲うように聳え立つ、土壁のてっぺんへと降り立った。
「ヒナっ!」
瞬間、土壁の上に立つ彼女の名を呼ぶ男の声が暗闇の中から聴こえて――
「っ!秋成様!」
ヒナの名を呼ぶその人物――秋成は、彼女に向けて真っ直ぐに手を伸ばしている。
ヒナは高さが6尺以上はあるだろう土壁の上から、何の躊躇いもなく、思いきり秋成が伸ばす腕の中目掛けて飛び降りた。
「ヒナ! 姫様の様子は? 兄上の坂東での噂は既に姫様の耳にも届いているのか? 姫様はひどく心痛めてはいないか?」
ヒナを抱き止めるなり矢継ぎ早に質問する秋成。
小次郎の敗戦の噂は、秋成の耳にも入っていた。
秋成は勿論小次郎の事も心配していたが、それ以上に噂を耳にした千紗の反応が心配で、ヒナからの報告を今か今かと待っていたのだ。
秋成からなされた質問に、ヒナは顔をみるみる悲しみに染めて行く。
「……姫……様は……とてもお辛そうで……今日も……寂しげに……ひが……しの……空を……見上げて……いました。……姫様の……あんなに悲しげな顔は……もう……見ているのも……辛いです……。私……は……千紗姫……様の……笑顔が大好きだった……のに………」
ポロポロと涙を流しながらそう訴えるヒナ。
「…………ヒナ」
ヒナの涙は、まるで千紗の気持ちを代弁ているかのように感じられて、秋成は親指でそっと拭ってやる。
そして、ずっと胸の中に秘めていたある決意を口にした。
「……するぞ………」
「……え?」
秋成の言葉が上手く聞き取れなかったヒナは、もう一度言って欲しいと、ねだるように首を傾げた。
「姫様を、奪還するぞ。この内裏と言う檻の中から姫様を奪還する。そして兄上のもとへお連れする!」
そう決意を口にした秋成は、目の前に高く聳え立つ土壁をきつく睨んでいた。
決意に燃える秋成の横顔に、ヒナも力強く頷いた。
「私も、お手伝い……いたします……」
背後に潜む人影に気付きもしないで、ヒナと秋成の二人は、千紗奪還を誓いあった。
◆◆◆
「……………」
「殿~。藤太殿~? 如何でしたか? 先程の音の正体は分かりましたか? 誰か怪しい人影は?」
「いいや。ここにいるのは、噂の藤原家の番犬殿だけのようだ」
「あぁ、あの。相変わらずの忠誠ぶりですね。いくら待った所で、もうあの者が藤原の姫君様に会えるはずもないのに」
「…………」
「では先程聞こえたドスンと言う音は?」
「きっと彼の仕業だろう。主に会えないもどかしさを、何か物にぶつけていたのかもしれない」
「まったく人騒がせな事を。己の怒りを撒き散らして、我々警護を任されている人間の仕事を増やしてくれるな。ここは1つ、この私めがガツンと注意してまい参りましょう」
「いや、いい。我々は持ち場へ戻ろう」
「しかし藤太殿っ……」
「戻ろう。何か悪さをするわけでもない。あの男の気のすむまで奴の事は放っておけと、太政大臣様からも言われているしな。いちいち責め立てる事もあるまい」
「………そう……ですかね~?」
「あぁ、行くぞ。夜はまだ長い。俺達夜勤組は、夜通し大内裏の見張り番をしないといけないのだからな」
「は、はい~」
検非違使見習いとして、日替わりで夜の大内裏の警護にあたっていた“藤太”こと藤原秀郷は、同僚の背を強引に押しながら、そっとその場を離れて行く。
今一度秋成達の方へと振り返ると彼は困り顔で小さな呟きを漏らした。
「さて、どうしたものか」と。
彼等の企てを上に報告すべきか、あるいは見なかった事にするべきか。
全く、厄介な場面に出くわしてしまったと、秀郷は無意識のうちに盛大な溜め息を漏らすのだった。
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