時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第二幕 千紗の章

小次郎軍の敗走

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「将門っ!?」
「将門殿っ…………」


切れた弓弦により頬を血で染めた小次郎に、玄明と忠輔が驚き声を上げる。



「ふふふ……ふふふふ……ふはぁはっはっは。見ろ!天罰だ。神に弓引く小次郎に天罰が落ちたぞ!」


その一部始終を目撃していた良兼はと言えば、勝ち誇った顔で声高々に笑いだす。

敵軍に沸き起こる歓喜の声に圧されるように、小次郎軍の動揺はこの瞬間、最高潮に達した。


「もう駄目だ。このままだと……殺される!」

「に、逃げろ! 逃げろ逃げろ! 逃げろ~~!!」



武器を手放し、一人、また一人と戦場から逃げ出して行く。
今の小次郎に彼らを止める術はない。


「……退却だ、一時退却だ! 一度退いて、四郎達後援部隊と合流する。後援部隊が待つ場所まで、退却だっ!!!」



小次郎軍は、良兼軍の奇策によって、退却を余儀なくされた。

これは事実上の敗走。
小次郎は、戦わずして良兼軍に敗北したのだ。



  ◆◆◆



敵の奇策により、撤退を余儀なくされた小次郎軍は、豊田付近で後援にまわっていた四郎の軍、およそ100と合流した。

寄せ集めの軍により、統制が図りきれていなかった事も災いして、小次郎の手元に残った兵は、豊田の兵およそ80、
忠輔達村岡の兵およそ80。

四郎達後援部隊と会わせても計260。
約半数にまで減っていた。

撤退により士気もグンと落ちている中、何とか豊田の地への侵入だけは阻止しようと、小次郎軍は敵の追撃に備える。


「皆、すまない。俺が腑甲斐無いばっかりに敗走を期してしまった。だが、このまま逃げ続けるわけにも行かない。
この先には我等が豊田の地がある。豊田の地を、そこに住まう皆の家達を守る為にも、何としてもここで敵の侵入を食い止めなければならない。どうかお願いだ。今一度俺に力を貸して欲しい」


軍の指導者であるはずの小次郎が、兵士達に向かって深く深く頭を下げる。

人の上に立つ者として、それは何とも情けない姿であった。

だが己の弱さを認め、恥をも怖れず頭を下げる事が出来る。小次郎のその潔よさは、逆に彼の心の強さを証明しているかのようで


「当たり前だろ。将門。何の為にこの俺様が、敵に背を向けてもなお、こうしてお前の後を追ってここまで来たと思ってるんだ。お前の力になるために決まってんだろ!」

「……玄明……」

「将門殿。私もその方と同じ気持ちです。此度の戦で、実際に良兼伯父上達の卑劣さを目の当たりにし、私の決心は益々強まりました。高望王の霊像を戦に持ち出すなど、許される事ではない!私達は平氏一門として、伯父達の行きすぎた行為を止めなければならない。その為にも、私は将門殿と共に戦う覚悟に変わりございません!共に戦いましょう。そして、欲にまみれた伯父達の手から、高望王の御霊を取り戻しましょう!」

「忠輔殿……」

「兄貴、言うまでもなく俺は兄貴の味方だからな。兄貴が信じる道を、俺も信じる」

「…………四郎」


小次郎の強さに引っ張られて、小次郎軍の統率は、出陣前とは比べ物にならない程に高まって行く。


「皆、ありがとう、感謝する。では共に戦おうぞ。俺達はこの場所で何としても敵の侵入を食い止める! そして、伯父達から、高望王の霊像を取り戻すんだ!」

「「「おぉ~~~~!!」」」

「俺達は決して反逆者などではない!敵の卑怯な策になど、断じて負けはしない!!」

「「「おぉぉ~~~!!」」」


小次郎軍の溢れんばかりの気合いが、陽も暮れかけた赤き空に響き渡る。

良兼、良正両軍が、更なる卑劣な策を、企てているとも知らずに――
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