時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
233 / 285
第二幕 千紗の章

密会

しおりを挟む
その頃――

朱雀帝に千紗の部屋から追い出された後、キヨとヒナ、そして成明の3人は、各々自分達の部屋へと戻ってきていた。


三人は三人共に千紗と朱雀帝の事を心配しながらも、結局は何もできる事はなく、もやもやした気持ちのまま三人もまた床についていた。


そして、更に夜は深まり、屋敷中の皆が寝静まったであろう夜半時――

一人足音を忍ばせて、寝間着のまま床を抜け出すヒナの姿があった。

ヒナは、侍女達に与えられた部屋を抜け出して、そのままの足で内裏もこっそりと抜け出す。

そして、更に大内裏をも抜け出すべく、大内裏と外の世界とを隔てている大門、朱雀門を目指し闇夜を走った。

門の近くまでくると、更に用心深げに忍び足で付近の茂みへと身を隠す。

門番を警戒しての行動だったが、幸い今日の警備は手薄なようで、唯一姿を確認できた門番は、酔っているのかグーグーと大きなイビキをたてて眠っている。


そんな門番の姿を横目に見ながら、ヒナは慣れた様子で手近な木をよじ登ると、その木をつたって6尺を少し越えようかという土壁の上に降り立った。


その際、微かにガサガサと木葉を揺らしていたらしく、突然「誰だ!」と土壁の下の方から怒気の籠った声が掛かった。


だがヒナは、その声に驚いた様子もなく、それどころか嬉しそうに顔を綻ばせると大きく両手を広げ、声の主目掛けて土壁から勢いよく外の世界へと飛び降りた。


「うわっ、馬鹿……」


飛び降りたヒナを、声の主は慌てて下で受け止める。
その勢いのままその人物は背中から倒れ込み


「あっぶないな。ったく、いつも無茶するなって言ってるだろ、ヒナ」


怒ったような呆れたような口調でヒナを叱った。
ヒナはシュンと肩を竦める。


「…………ごめ……な……さい。……あき……なり様……」


片言で謝るヒナの頭をワシャワシャと撫でてやりながら、その人物はヒナを立たせてやった。


そう、ヒナに「あきなり」と呼ばれたこの男こそが貞盛が話していた今京で噂の男、秋成その人だ。

ヒナは、たまにこうして夜中に内裏を抜け出しては、こっそりと秋成に会っていた。

内裏での千紗の様子を、秋成に報告する為に。



   ◇◇◇



『どうして……どうして……約束したのに……』


2ヶ月前――


朱雀帝と千紗の結婚が発表された日の夜、一人千紗を守れなかった悔しさに、己を攻め続るていた秋成。

桜の木を殴り付け、自分で自分を傷付けていた秋成の姿をすぐ側で見ていたヒナは、彼の為に何かしたい、彼の役にたちたいと強く願った。

それまで声を出す声が出来なかったヒナだったが、「秋成を守りたい」自身の中、強く芽生えた想いを何とかして伝えたくて、彼女は必死に自身の中に眠る声を絞り出した。


『……が……私……が……秋成……様の代わりに……千紗様のお側に……』

『……ヒナ? お前、声………』

『私が……千……紗……様を………お守り……します……。だから………もう……自分を……傷付ける……事は……しないで………。一人で……悲し……まないで……』


あの日をきっかけに、ヒナは片言ではあったが、ゆっくりと言葉を喋るようになっていった。

そして、その約束を果たす為、千紗の世話役として千紗の後を追って、キヨと共に内裏へ入ったのだ。

そして、内裏での千紗の様子や、内裏の中の様子、千紗に関わるあらゆる事柄を、人目を盗んでは、こうして秋成の元へと報告に来ていた。

来るべき、いつかの為に――

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...