227 / 279
第二幕 千紗の章
ある人物からの祝いの言葉
しおりを挟む
「これはこれは、楽しそうに何を話しているのだ?」
女たちの賑やかな話し声が溢れる部屋に、一人の来客者が訪れた。
「こ、これは帝っ!」
朱雀帝の登場に、キヨが慌てて頭を下げる。
その横で千紗の顔からは一瞬にして笑顔が消えた。
「兄様~!」
キヨや千紗の反応とは対照的に、成明はと言えばトテトテと嬉しそうに兄の元へと駆け寄って行く。
ニコニコ笑顔で抱きついてきた弟の頭を撫でてやりながら、朱雀帝はキヨとヒナに向かって言った。
「お楽しみの所すまないが、千紗姫をまた少し借りても良いか?」
「……また来客か?」
朱雀帝の言葉に、千紗が問う。
「はい、噂の千紗姫様に会いしたいと」
「…………分かった、すぐ行く。ではキヨ、ヒナ、楽しい会話の腰を折ってしまってすまぬが、少し行ってくる」
「……はい。行ってらっしゃいませ」
「えぇ~、兄様も姉様も、また行ってしまうのですか?」
「すまぬな成明殿。お主と遊ぶのは今ひとたびお預けのようだ。すぐ戻ってくるから、待っていてくれ」
「……分かりました姉様。成明は良い子で大人しく待っております。だから早く戻って来て下さいね」
「うむ。すまぬな成明殿」
千紗からの謝罪にふるふると顔を横に振りながら、成明は
「行ってらっしゃい」と千紗と朱雀帝を送り出した。
キヨとヒナ、そして成明の三人に見送られながら、千紗と朱雀帝は再び紫宸殿へと戻って行く。
「……姫様……」
二人の後ろ姿を見送りながら、キヨの口から不安の籠る声が漏れ出た。
側にいた成明がキヨを見る。
彼女と、またその隣に並び座るヒナの顔にどこか不安気な表情を感じて、成明は一人首を傾げる。
「どうした、キヨ? ヒナまでそのような不安そうな顔をして?」
「い、いえ……何でもございません。ただ……ここの所、毎日ああして人前に連れ出されて……姫様のお体が心配です」
「心配するな。兄様がついている。兄様が姉様に無理をさせるはずがあるまい。何せ兄様は、本当に本当に姉様の事が大好きで、姉様の事を大切にしているのだからな」
「…………」
「姉様の入内後、姉様にこの藤坪殿を与えられたのが何よりの証拠。兄様が住まう清涼殿のすぐ隣に位置するここを住居にあてがったのは、忙しい時でも、どんな時でも、すぐに姉様に会いにこれるようにと思われての事だ。兄様は本当に姉様の事を愛してる。兄様の愛情を一心に受ける姉様が、少し羨ましいな」
「………………えぇ。そうですね」
楽しげに語る成明の横で、やはりキヨとヒナは、複雑な面持ちで千紗達が歩いていく渡り廊を見つめていた。
◆◆◆
――大内裏・紫宸殿にて
「この度は、私共の為にわざわざお越し下さいまして誠にありがとうございます」
朱雀帝に連れられ、来客が待つ紫宸殿へと通された千紗は、御簾向こうの更に向こう、白玉石が敷かれた広い庭の真ん中で、深々と頭を下げる人物に対して礼の言葉を述べた。
座している場所からするに、あまり身分の高くはない人物なのだろう。
だが、身分の上下に関わらず丁寧な対応をした千紗に対し、その人物はどこか馴れ馴れしく、そしてどこか小馬鹿にしたような物言いで言葉を返した。
「これはこれは、噂通りしおらしい姫ぎみになられて」
どこか聞き覚えのあるその声に、千紗は御簾向こうへと目を凝らして見れば、千紗の視線を感じたのか、その人物はゆっくりと顔を上げて見せた。
御簾越しに視線が絡んだその人物は――
平太郎貞盛。
将門の従兄弟、その人だった。
思いもよらなかった人物の登場に、千紗は驚きはっと息を呑み込む。
女たちの賑やかな話し声が溢れる部屋に、一人の来客者が訪れた。
「こ、これは帝っ!」
朱雀帝の登場に、キヨが慌てて頭を下げる。
その横で千紗の顔からは一瞬にして笑顔が消えた。
「兄様~!」
キヨや千紗の反応とは対照的に、成明はと言えばトテトテと嬉しそうに兄の元へと駆け寄って行く。
ニコニコ笑顔で抱きついてきた弟の頭を撫でてやりながら、朱雀帝はキヨとヒナに向かって言った。
「お楽しみの所すまないが、千紗姫をまた少し借りても良いか?」
「……また来客か?」
朱雀帝の言葉に、千紗が問う。
「はい、噂の千紗姫様に会いしたいと」
「…………分かった、すぐ行く。ではキヨ、ヒナ、楽しい会話の腰を折ってしまってすまぬが、少し行ってくる」
「……はい。行ってらっしゃいませ」
「えぇ~、兄様も姉様も、また行ってしまうのですか?」
「すまぬな成明殿。お主と遊ぶのは今ひとたびお預けのようだ。すぐ戻ってくるから、待っていてくれ」
「……分かりました姉様。成明は良い子で大人しく待っております。だから早く戻って来て下さいね」
「うむ。すまぬな成明殿」
千紗からの謝罪にふるふると顔を横に振りながら、成明は
「行ってらっしゃい」と千紗と朱雀帝を送り出した。
キヨとヒナ、そして成明の三人に見送られながら、千紗と朱雀帝は再び紫宸殿へと戻って行く。
「……姫様……」
二人の後ろ姿を見送りながら、キヨの口から不安の籠る声が漏れ出た。
側にいた成明がキヨを見る。
彼女と、またその隣に並び座るヒナの顔にどこか不安気な表情を感じて、成明は一人首を傾げる。
「どうした、キヨ? ヒナまでそのような不安そうな顔をして?」
「い、いえ……何でもございません。ただ……ここの所、毎日ああして人前に連れ出されて……姫様のお体が心配です」
「心配するな。兄様がついている。兄様が姉様に無理をさせるはずがあるまい。何せ兄様は、本当に本当に姉様の事が大好きで、姉様の事を大切にしているのだからな」
「…………」
「姉様の入内後、姉様にこの藤坪殿を与えられたのが何よりの証拠。兄様が住まう清涼殿のすぐ隣に位置するここを住居にあてがったのは、忙しい時でも、どんな時でも、すぐに姉様に会いにこれるようにと思われての事だ。兄様は本当に姉様の事を愛してる。兄様の愛情を一心に受ける姉様が、少し羨ましいな」
「………………えぇ。そうですね」
楽しげに語る成明の横で、やはりキヨとヒナは、複雑な面持ちで千紗達が歩いていく渡り廊を見つめていた。
◆◆◆
――大内裏・紫宸殿にて
「この度は、私共の為にわざわざお越し下さいまして誠にありがとうございます」
朱雀帝に連れられ、来客が待つ紫宸殿へと通された千紗は、御簾向こうの更に向こう、白玉石が敷かれた広い庭の真ん中で、深々と頭を下げる人物に対して礼の言葉を述べた。
座している場所からするに、あまり身分の高くはない人物なのだろう。
だが、身分の上下に関わらず丁寧な対応をした千紗に対し、その人物はどこか馴れ馴れしく、そしてどこか小馬鹿にしたような物言いで言葉を返した。
「これはこれは、噂通りしおらしい姫ぎみになられて」
どこか聞き覚えのあるその声に、千紗は御簾向こうへと目を凝らして見れば、千紗の視線を感じたのか、その人物はゆっくりと顔を上げて見せた。
御簾越しに視線が絡んだその人物は――
平太郎貞盛。
将門の従兄弟、その人だった。
思いもよらなかった人物の登場に、千紗は驚きはっと息を呑み込む。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
連合航空艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。
デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。
浅井長政は織田信長に忠誠を誓う
ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
日本には1942年当時世界最強の機動部隊があった!
明日ハレル
歴史・時代
第2次世界大戦に突入した日本帝国に生き残る道はあったのか?模索して行きたいと思います。
当時6隻の空母を集中使用した南雲機動部隊は航空機300余機を持つ世界最強の戦力でした。
ただ彼らにもレーダーを持たない、空母の直掩機との無線連絡が出来ない、ダメージコントロールが未熟である。制空権の確保という理論が判っていない、空母戦術への理解が無い等多くの問題があります。
空母が誕生して戦術的な物を求めても無理があるでしょう。ただどの様に強力な攻撃部隊を持っていても敵地上空での制空権が確保できなけれな、簡単に言えば攻撃隊を守れなけれな無駄だと言う事です。
空母部隊が対峙した場合敵側の直掩機を強力な戦闘機部隊を攻撃の前の送って一掃する手もあります。
日本のゼロ戦は優秀ですが、悪迄軽戦闘機であり大馬力のPー47やF4U等が出てくれば苦戦は免れません。
この為旧式ですが96式陸攻で使われた金星エンジンをチューンナップし、金星3型エンジン1350馬力に再生させこれを積んだ戦闘機、爆撃機、攻撃機、偵察機を陸海軍共通で戦う。
共通と言う所が大事で国力の小さい日本には試作機も絞って開発すべきで、陸海軍別々に開発する余裕は無いのです。
その他数多くの改良点はありますが、本文で少しづつ紹介して行きましょう。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる