時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
227 / 285
第二幕 千紗の章

ある人物からの祝いの言葉

しおりを挟む
「これはこれは、楽しそうに何を話しているのだ?」


女たちの賑やかな話し声が溢れる部屋に、一人の来客者が訪れた。


「こ、これは帝っ!」


朱雀帝の登場に、キヨが慌てて頭を下げる。
その横で千紗の顔からは一瞬にして笑顔が消えた。


「兄様~!」


キヨや千紗の反応とは対照的に、成明はと言えばトテトテと嬉しそうに兄の元へと駆け寄って行く。

ニコニコ笑顔で抱きついてきた弟の頭を撫でてやりながら、朱雀帝はキヨとヒナに向かって言った。


「お楽しみの所すまないが、千紗姫をまた少し借りても良いか?」

「……また来客か?」


朱雀帝の言葉に、千紗が問う。


「はい、噂の千紗姫様に会いしたいと」

「…………分かった、すぐ行く。ではキヨ、ヒナ、楽しい会話の腰を折ってしまってすまぬが、少し行ってくる」

「……はい。行ってらっしゃいませ」

「えぇ~、兄様も姉様も、また行ってしまうのですか?」

「すまぬな成明殿。お主と遊ぶのは今ひとたびお預けのようだ。すぐ戻ってくるから、待っていてくれ」

「……分かりました姉様。成明は良い子で大人しく待っております。だから早く戻って来て下さいね」

「うむ。すまぬな成明殿」


千紗からの謝罪にふるふると顔を横に振りながら、成明は
「行ってらっしゃい」と千紗と朱雀帝を送り出した。

キヨとヒナ、そして成明の三人に見送られながら、千紗と朱雀帝は再び紫宸殿へと戻って行く。



「……姫様……」



二人の後ろ姿を見送りながら、キヨの口から不安の籠る声が漏れ出た。

側にいた成明がキヨを見る。 
彼女と、またその隣に並び座るヒナの顔にどこか不安気な表情を感じて、成明は一人首を傾げる。


「どうした、キヨ? ヒナまでそのような不安そうな顔をして?」

「い、いえ……何でもございません。ただ……ここの所、毎日ああして人前に連れ出されて……姫様のお体が心配です」

「心配するな。兄様がついている。兄様が姉様に無理をさせるはずがあるまい。何せ兄様は、本当に本当に姉様の事が大好きで、姉様の事を大切にしているのだからな」

「…………」

「姉様の入内後、姉様にこの藤坪殿を与えられたのが何よりの証拠。兄様が住まう清涼殿のすぐ隣に位置するここを住居にあてがったのは、忙しい時でも、どんな時でも、すぐに姉様に会いにこれるようにと思われての事だ。兄様は本当に姉様の事を愛してる。兄様の愛情を一心に受ける姉様が、少し羨ましいな」

「………………えぇ。そうですね」


楽しげに語る成明の横で、やはりキヨとヒナは、複雑な面持ちで千紗達が歩いていく渡り廊を見つめていた。


  ◆◆◆


――大内裏だいだいり紫宸殿ししんでんにて


「この度は、私共の為にわざわざお越し下さいまして誠にありがとうございます」


朱雀帝に連れられ、来客が待つ紫宸殿へと通された千紗は、御簾向こうの更に向こう、白玉石が敷かれた広い庭の真ん中で、深々と頭を下げる人物に対して礼の言葉を述べた。

座している場所からするに、あまり身分の高くはない人物なのだろう。

だが、身分の上下に関わらず丁寧な対応をした千紗に対し、その人物はどこか馴れ馴れしく、そしてどこか小馬鹿にしたような物言いで言葉を返した。



「これはこれは、噂通りしおらしい姫ぎみになられて」

どこか聞き覚えのあるその声に、千紗は御簾向こうへと目を凝らして見れば、千紗の視線を感じたのか、その人物はゆっくりと顔を上げて見せた。

御簾越しに視線が絡んだその人物は――


平太郎貞盛たいらのたろうさだもり

将門の従兄弟、その人だった。

思いもよらなかった人物の登場に、千紗は驚きはっと息を呑み込む。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...