224 / 287
第二幕 千紗の章
恋の手解き
しおりを挟む
「…………千紗姫様?」
「………なんだ、キヨ?」
「…………本当に…これで………良かったのですか?」
変わり行く千紗姫様の姿に、堪らずキヨが訪ねる。
「……あぁ。あやつのおかげで小次郎は助かったのだ。チビ助……いや、帝はちゃんと私との約束を守ってくれたのだから、私も帝との約束を果たさねばなるまいて」
「……………千紗様……」
「キヨ、ヒナも、そんな顔をしてくれるな」
「ですが……」
「お主達は覚えているか? 昔私が父上に言った言葉を」
「「?」」
千紗姫の決意の堅さを感じながらも、何とか必死に反論しようとしたキヨの言葉を遮って、千紗姫が続ける。
千紗姫の問いの意味が分からず、キヨとヒナは互いに顔を見合わせ首を傾げた。
「私は昔、父上に、見てくれではなく、私の中身を好きになってくれる人と結婚したい。そう言った事がある」
――『千紗は、今はまだ結婚などする気はございません。見た目や噂だけでしか人を見ることの出来ない貴族になど、興味はない。結婚するのなら、見た目だけじゃない。たとえ髪が短くても、こんなボロボロの着物を着ていても、千紗を、千紗自身を好きになってくれる。そんな人が良い!』
そう言って、貴族の命でもある髪を、自ら切り落とした千紗。
長い髪が美しさの象徴と言われた平安の世で、千紗の行為は異端でしかなった。
それでも――
「チビ助……いや、帝はちゃんと私の中身を見て、私を好きになってくれた。貴族共が髪の短い私の事を異端者だと嘲笑う中、あやつは周囲の言葉など一切気にせず真っ直ぐに私を見てくれていた。私を后にしたいと、皆に宣言してくれた。あやつは、私が望み、描いていた理想の姿を示してくれたのだ」
「「……………」」
「だからな、決めたのだ。私もあやつを好きになる努力をしてみようとな」
「……………姫様……」
どこか楽しげに、それでいてどこか切な気に語る千紗。
彼女の強い決意に、キヨは決して彼女の意思を変える事は出来ないのだと悟る。
「………………ない」
だが、キヨが千紗の説得を諦めた隣で、今度はヒナが小さな声で何かを呟いた。
「………え?」
ヒナの声に驚き、目を丸くして千紗とキヨはヒナを見た。
何故二人がこんなにも驚いているのかと言えば、ヒナは幼き頃に両親を目の前で殺され、その衝撃から声を失っていたからだ。
もう何年もずっと口を閉ざして来たはずのヒナが今、必死に千紗に何かを伝えようと、何かを口にしたからだ。
どうしても千紗の言葉に納得出来なかったヒナは、一生懸命に自身の想いを伝えようと声と言う音に出す。
そんな彼女の必死な想いを何とか聴き取ろうと、千紗とキヨはじっと耳を澄ませた。
「人を……好きになるのに……努力なんて……いらない。誰かを……好きなる時は……もう……気付いたらなってる……んだよ…………。努力しないと……好きになれないなんて……そんなの………本当の恋じゃ……ない………」
「……これは驚いた。まさかヒナがそんな事を言うとは思わなんだな」
ヒナの必死の訴えを聴き終えると、千紗は関心したようにそう言った。
「そんなませた事を言うって事は、ヒナは誰か好いた殿方がおるのか?」
その後で、ヒナの発言の理由を千紗はからかい気味に訪ねた。
「……………」
千紗からの返しに、ヒナは顔をみるみる真っ赤に染めさせて行く。
「お、その反応は、おるのじゃな。いったいヒナは誰を好いておるのじゃ?」
「……………」
先程までの寂しげな顔は何処へやら。千紗は悪戯っ子のような笑みを浮かべてヒナに迫る。
ヒナはと言えば、迫り来る千紗から逃げように、ジリジリ後ろへ下がって行く。
だが、ヒナの背後にはすかさずキヨが回り込み、ヒナの逃げ場は塞がれてしまった。
これ以上、下がる事は無理そうだ。
「キヨ!成明!ヒナを捕まえろ!」
「はい! 千紗様!!」
「はい! 姉様!!」
千紗の命にニッコリと微笑んで、キヨは後ろからヒナを羽交い締めする。
成明もまた、ヒナを逃がすまいと、脇からピタリと彼女に抱き付いた。
「さぁヒナ、これでもう逃げられないぞ。お主の想い人は、一体誰だ?」
「………………」
「ほらほら教えぬか。そこまで恋について熱く語られてしまったら、お主の想い人が誰なのか、気になって仕方ないではないか~」
「…………」
千紗からの尋問に、困惑しながらもぎゅっと唇を固く閉ざして見せるヒナ。
どうやら口を割る気はなさそうだ。
「そうか。そっちがその気なら……」
「っ!」
千紗はキヨと成明にガッチリと押さえられているヒナの脇をこちょこちょとくすぐり出した。
久しぶりに館には、若い女子達の賑やかな笑い声が響いた。
「………なんだ、キヨ?」
「…………本当に…これで………良かったのですか?」
変わり行く千紗姫様の姿に、堪らずキヨが訪ねる。
「……あぁ。あやつのおかげで小次郎は助かったのだ。チビ助……いや、帝はちゃんと私との約束を守ってくれたのだから、私も帝との約束を果たさねばなるまいて」
「……………千紗様……」
「キヨ、ヒナも、そんな顔をしてくれるな」
「ですが……」
「お主達は覚えているか? 昔私が父上に言った言葉を」
「「?」」
千紗姫の決意の堅さを感じながらも、何とか必死に反論しようとしたキヨの言葉を遮って、千紗姫が続ける。
千紗姫の問いの意味が分からず、キヨとヒナは互いに顔を見合わせ首を傾げた。
「私は昔、父上に、見てくれではなく、私の中身を好きになってくれる人と結婚したい。そう言った事がある」
――『千紗は、今はまだ結婚などする気はございません。見た目や噂だけでしか人を見ることの出来ない貴族になど、興味はない。結婚するのなら、見た目だけじゃない。たとえ髪が短くても、こんなボロボロの着物を着ていても、千紗を、千紗自身を好きになってくれる。そんな人が良い!』
そう言って、貴族の命でもある髪を、自ら切り落とした千紗。
長い髪が美しさの象徴と言われた平安の世で、千紗の行為は異端でしかなった。
それでも――
「チビ助……いや、帝はちゃんと私の中身を見て、私を好きになってくれた。貴族共が髪の短い私の事を異端者だと嘲笑う中、あやつは周囲の言葉など一切気にせず真っ直ぐに私を見てくれていた。私を后にしたいと、皆に宣言してくれた。あやつは、私が望み、描いていた理想の姿を示してくれたのだ」
「「……………」」
「だからな、決めたのだ。私もあやつを好きになる努力をしてみようとな」
「……………姫様……」
どこか楽しげに、それでいてどこか切な気に語る千紗。
彼女の強い決意に、キヨは決して彼女の意思を変える事は出来ないのだと悟る。
「………………ない」
だが、キヨが千紗の説得を諦めた隣で、今度はヒナが小さな声で何かを呟いた。
「………え?」
ヒナの声に驚き、目を丸くして千紗とキヨはヒナを見た。
何故二人がこんなにも驚いているのかと言えば、ヒナは幼き頃に両親を目の前で殺され、その衝撃から声を失っていたからだ。
もう何年もずっと口を閉ざして来たはずのヒナが今、必死に千紗に何かを伝えようと、何かを口にしたからだ。
どうしても千紗の言葉に納得出来なかったヒナは、一生懸命に自身の想いを伝えようと声と言う音に出す。
そんな彼女の必死な想いを何とか聴き取ろうと、千紗とキヨはじっと耳を澄ませた。
「人を……好きになるのに……努力なんて……いらない。誰かを……好きなる時は……もう……気付いたらなってる……んだよ…………。努力しないと……好きになれないなんて……そんなの………本当の恋じゃ……ない………」
「……これは驚いた。まさかヒナがそんな事を言うとは思わなんだな」
ヒナの必死の訴えを聴き終えると、千紗は関心したようにそう言った。
「そんなませた事を言うって事は、ヒナは誰か好いた殿方がおるのか?」
その後で、ヒナの発言の理由を千紗はからかい気味に訪ねた。
「……………」
千紗からの返しに、ヒナは顔をみるみる真っ赤に染めさせて行く。
「お、その反応は、おるのじゃな。いったいヒナは誰を好いておるのじゃ?」
「……………」
先程までの寂しげな顔は何処へやら。千紗は悪戯っ子のような笑みを浮かべてヒナに迫る。
ヒナはと言えば、迫り来る千紗から逃げように、ジリジリ後ろへ下がって行く。
だが、ヒナの背後にはすかさずキヨが回り込み、ヒナの逃げ場は塞がれてしまった。
これ以上、下がる事は無理そうだ。
「キヨ!成明!ヒナを捕まえろ!」
「はい! 千紗様!!」
「はい! 姉様!!」
千紗の命にニッコリと微笑んで、キヨは後ろからヒナを羽交い締めする。
成明もまた、ヒナを逃がすまいと、脇からピタリと彼女に抱き付いた。
「さぁヒナ、これでもう逃げられないぞ。お主の想い人は、一体誰だ?」
「………………」
「ほらほら教えぬか。そこまで恋について熱く語られてしまったら、お主の想い人が誰なのか、気になって仕方ないではないか~」
「…………」
千紗からの尋問に、困惑しながらもぎゅっと唇を固く閉ざして見せるヒナ。
どうやら口を割る気はなさそうだ。
「そうか。そっちがその気なら……」
「っ!」
千紗はキヨと成明にガッチリと押さえられているヒナの脇をこちょこちょとくすぐり出した。
久しぶりに館には、若い女子達の賑やかな笑い声が響いた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
水野勝成 居候報恩記
尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。
⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。
⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。
⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/
備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。
→本編は完結、関連の話題を適宜更新。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

本能寺燃ゆ
hiro75
歴史・時代
権太の村にひとりの男がやって来た。
男は、干からびた田畑に水をひき、病に苦しむ人に薬を与え、襲ってくる野武士たちを撃ち払ってくれた。
村人から敬われ、権太も男に憧れていたが、ある日男は村を去った、「天下を取るため」と言い残し………………男の名を十兵衛といった。
―― 『法隆寺燃ゆ』に続く「燃ゆる」シリーズ第2作目『本能寺燃ゆ』
男たちの欲望と野望、愛憎の幕が遂に開ける!
南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳
勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません)
南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。
表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。
2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。
拾われ子だって、姫なのです!
田古みゆう
歴史・時代
南蛮人、南蛮人って。わたくしはれっきとした倭人よ!
お江戸の町で与力をしている井上正道と、部下の高山小十郎は、二人の赤子をそれぞれ引き取り、千代と太郎と名付け育てることに。
月日は流れ、二人の赤子はすくすくと成長した。見目麗しい姿と珍しい青眼を持つため、周囲からは奇異の眼で見られる。こそこそと噂をされるたび、千代は自分は一体何者なのだろうかと、自身の出自について悩んでいた。唯一同じ青眼を持つ太郎と悩みを分かち合おうにも、何かを知っていそうな太郎はあまり多くを語らない。それがまた千代を悶々とさせていた。
そんな千代を周囲の者は遠巻きに見ながらも、その麗しさに心奪われる者は多く、やがて年頃の千代にも縁談話が持ち上がる。
しかし、当の千代はそんなことには興味がなく。寄ってくる男を、口八丁手八丁で退けてばかり。
果たして勝気な姫様の心を射止める者が、このお江戸にいるのかっ!?
痛快求婚譚、これよりはじまりはじまり〜♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる