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第一幕 京•帰還編
初めての夜
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――その日の夜
帝が住まう清涼殿、その中の一室にて――
人払いのされた帝の部屋は、昼間の騒ぎが嘘か幻であったかのように静かで、虫の音が心地よく響いている。
その部屋の中、縁側に腰掛け、ぼんやりと空に輝く三日月を一人眺めている千紗の姿があった。
「千紗姫? そのような場所で、何をご覧になっているのですか?」
朱雀帝が静かに問う。
「…………」
夫となった男からの呼び掛けにも、まるで脱け殻のように何の反応も示さない千紗。
朱雀帝はそんな彼女の側に来ると、千紗に甘えるように後ろからそっと抱きついた。
「あぁ、この日をどれ程待ちわびた事か。やっと、やっと貴方様を我が妻に迎える事ができました」
「……………」
すぐ耳元から聞こえてくる、朱雀帝の声。
まだ完全には下がり切らない掠れた声がやけに色っぽく聞こえてくる。
千紗の視線は何かを諦めたかのように、見上げていた空からゆっくりと地面へと落とされて行く。
「………千紗姫様………」
朱雀帝は千紗の顎に手を添えると、ゆっくり自身の元へと向けさせて、彼女にそっと口づけた。
「…………」
初めて与えられる感触に、一瞬驚いたように抵抗を示す千紗だったが
「……千紗……」
夫となった男に寂しげに名前を呼ばれて、千紗ははっと息をのみ、抵抗する事をやめた。
それが朱雀帝と交わした約束だったから。
朱雀帝は約束を守ったのだから、自分がその約束を違えるわけにはいかない。千紗は必死に心の中でそう言い聞かせ、自分を納得させようとした。
しおらしくなった千紗の態度に、朱雀帝は満足気に微笑むと、再び千紗に口付ける。
今度は彼女を求めるかのように、深く激しく唇を重ねた。
その勢いのまま、そっと床に押し倒さた千紗。
朱雀帝は、まだ不馴れな様子で千紗の身に纏う衣を開くと、露になった彼女の白く柔らかな肌に、ぎこちなく触れていく。
千紗は、初めて知る感覚に体を強張らせながらも、朱雀帝に求められるまま夫となった彼の行為を静かに受け入れた。
◆◆◆
千紗と朱雀帝、二人が初めての夫婦の契りを交わしていた頃――
忠平が貸し与えた屋敷で、謹慎処分を言い渡されていた小次郎の元に、忠平が訪ねて来ていた。
「小次郎」
「……忠平様……」
「小次郎……此度の事……千紗と帝を止められなかった事……本当に申し訳なく思う」
小次郎に対して頭を下げる主の姿に、小次郎は慌てて顔を上げるよう頼む。
「そんなっ忠平様のせいではありません。だから、顔を上げて下さいません」
「いや、私のせいなのだ。私の……」
自身を責めるように拳を握り締める忠平。
「太政大臣の地位にいながら、この国の悪しき風習を変える事が出来ない私の……」
――『忠平…私がなしえなかった事を、お前に託そう。この京を…………人々が罪を犯す事のない平和な都へと導いてやってくれ』
いつの日か友、道真に掛けられた言葉。
その言葉が鋭い刃となって忠平の心に突さる。
「友を犠牲にし、次は娘を、そしてお前までもを犠牲にしてしまった。私が不甲斐ないばかりに……」
「………忠平様……」
忠平の深い嘆きに、小次郎はそれ以上もう何も返す言葉が浮かばなかった。
帝が住まう清涼殿、その中の一室にて――
人払いのされた帝の部屋は、昼間の騒ぎが嘘か幻であったかのように静かで、虫の音が心地よく響いている。
その部屋の中、縁側に腰掛け、ぼんやりと空に輝く三日月を一人眺めている千紗の姿があった。
「千紗姫? そのような場所で、何をご覧になっているのですか?」
朱雀帝が静かに問う。
「…………」
夫となった男からの呼び掛けにも、まるで脱け殻のように何の反応も示さない千紗。
朱雀帝はそんな彼女の側に来ると、千紗に甘えるように後ろからそっと抱きついた。
「あぁ、この日をどれ程待ちわびた事か。やっと、やっと貴方様を我が妻に迎える事ができました」
「……………」
すぐ耳元から聞こえてくる、朱雀帝の声。
まだ完全には下がり切らない掠れた声がやけに色っぽく聞こえてくる。
千紗の視線は何かを諦めたかのように、見上げていた空からゆっくりと地面へと落とされて行く。
「………千紗姫様………」
朱雀帝は千紗の顎に手を添えると、ゆっくり自身の元へと向けさせて、彼女にそっと口づけた。
「…………」
初めて与えられる感触に、一瞬驚いたように抵抗を示す千紗だったが
「……千紗……」
夫となった男に寂しげに名前を呼ばれて、千紗ははっと息をのみ、抵抗する事をやめた。
それが朱雀帝と交わした約束だったから。
朱雀帝は約束を守ったのだから、自分がその約束を違えるわけにはいかない。千紗は必死に心の中でそう言い聞かせ、自分を納得させようとした。
しおらしくなった千紗の態度に、朱雀帝は満足気に微笑むと、再び千紗に口付ける。
今度は彼女を求めるかのように、深く激しく唇を重ねた。
その勢いのまま、そっと床に押し倒さた千紗。
朱雀帝は、まだ不馴れな様子で千紗の身に纏う衣を開くと、露になった彼女の白く柔らかな肌に、ぎこちなく触れていく。
千紗は、初めて知る感覚に体を強張らせながらも、朱雀帝に求められるまま夫となった彼の行為を静かに受け入れた。
◆◆◆
千紗と朱雀帝、二人が初めての夫婦の契りを交わしていた頃――
忠平が貸し与えた屋敷で、謹慎処分を言い渡されていた小次郎の元に、忠平が訪ねて来ていた。
「小次郎」
「……忠平様……」
「小次郎……此度の事……千紗と帝を止められなかった事……本当に申し訳なく思う」
小次郎に対して頭を下げる主の姿に、小次郎は慌てて顔を上げるよう頼む。
「そんなっ忠平様のせいではありません。だから、顔を上げて下さいません」
「いや、私のせいなのだ。私の……」
自身を責めるように拳を握り締める忠平。
「太政大臣の地位にいながら、この国の悪しき風習を変える事が出来ない私の……」
――『忠平…私がなしえなかった事を、お前に託そう。この京を…………人々が罪を犯す事のない平和な都へと導いてやってくれ』
いつの日か友、道真に掛けられた言葉。
その言葉が鋭い刃となって忠平の心に突さる。
「友を犠牲にし、次は娘を、そしてお前までもを犠牲にしてしまった。私が不甲斐ないばかりに……」
「………忠平様……」
忠平の深い嘆きに、小次郎はそれ以上もう何も返す言葉が浮かばなかった。
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