215 / 287
第一幕 京•帰還編
潰えた夢
しおりを挟む
そんな秋成の隣で小次郎は――
つい数日前まで、当たり前に側にいた筈の千紗が、今は手を伸ばしても届かない場所にいる。
その現実が信じられず、受け入れられず、戸惑いと悲しみに瞳を震わせていた。
――『必ずお前に釣り合う男になって、お前のもとに帰ってくる。だから、それまで待っていてくれ』
千紗にそう誓って、位を求め、力を求め、今までがむしゃらに走ってきた。
自分の願いは叶わないかもしれない。
何度もそう思って諦めかけた事もあった。
――『結婚なんて出来るはずがない。……身分が違いすぎるんだよ。俺なんかが千紗と釣り合うわけない……。分かるだろ?千紗……』
――『坂東へ帰れ。ここはお前がいるべき場所じゃない』
千紗を遠ざけ、彼女を突き放した事もあった。
――『私も何かお前の役に立ちたい。お前の痛みを知りたい。私に、お前の苦しみをわけてくれ』
でも、その度に自分を追いかけてきてくれた千紗。
自分を励まし、側で支えてくれた千紗。
彼女の優しさに、小次郎はいつの間にか勘違いしてしまっていた。
このままずっと千紗と共にいたい。その願いはこの先もずっと叶うのではないかと。
だが、今目の前で完全にその夢は断たれてしまった。
千紗の隣に立つのは、田舎者で荒くれ者の自分なんかではなく、この国の頂に立つ帝。
自分なんかより、よっぽど釣り合いの取れた人の元へと行ってしまった。
分かってた筈なのに。
千紗と自分では住む世界が違うのだから、いつかこんな日が来ると、分かってたいた筈なのに……
突然、突きつけられた現実に、小次郎の心は悲鳴を上げている。
込み上げてくる寂しさに堪えきれず、小次郎は千紗達から視線を反らし、空を見上げた。
目にいっぱいの涙を溜めて、真っ青に晴れ渡る空をどこまでも高く、高く見上げた。
そんな小次郎の様子を、一歩下がった後ろから楽しげに観察している一人の男がいた。
平太郎貞盛。小次郎の従兄弟であり、友であった男だ。
貞盛は、不適な笑みを浮かべながら傷心しきった様子の小次郎に向け声を掛けた。
「小次郎。お前、何をそんなに悲しんでいる? 千紗姫様を帝に取られた事がそんなに悔しいか?」
「……貞盛……」
「そもそも、太政大臣様の姫君であらせられるあの方が、今までお前達と共にいた事の方がおかしかったのだ。帝の隣にいる今こそが、あの方の正しき姿。そうは思わぬか、小次郎?」
「……………」
貞盛の浴びせる嫌味に、何の反応も示さない。
……いや、示す気力もない小次郎。
小次郎の受けた悲しみの深さを感じて、貞盛は更に楽しげに笑った。
「そう悲しむな小次郎。千紗姫様はな、お前を助ける為に帝の后になられたのだから。お前が悲しんでいては千紗姫様が浮かばれない」
「っ?!」
貞盛の言葉に、それまで何の反応も示さなかった小次郎が、思わず後ろを振り返り、貞盛を見た。
「どういう事だ? お前……何を知っている?」
つい数日前まで、当たり前に側にいた筈の千紗が、今は手を伸ばしても届かない場所にいる。
その現実が信じられず、受け入れられず、戸惑いと悲しみに瞳を震わせていた。
――『必ずお前に釣り合う男になって、お前のもとに帰ってくる。だから、それまで待っていてくれ』
千紗にそう誓って、位を求め、力を求め、今までがむしゃらに走ってきた。
自分の願いは叶わないかもしれない。
何度もそう思って諦めかけた事もあった。
――『結婚なんて出来るはずがない。……身分が違いすぎるんだよ。俺なんかが千紗と釣り合うわけない……。分かるだろ?千紗……』
――『坂東へ帰れ。ここはお前がいるべき場所じゃない』
千紗を遠ざけ、彼女を突き放した事もあった。
――『私も何かお前の役に立ちたい。お前の痛みを知りたい。私に、お前の苦しみをわけてくれ』
でも、その度に自分を追いかけてきてくれた千紗。
自分を励まし、側で支えてくれた千紗。
彼女の優しさに、小次郎はいつの間にか勘違いしてしまっていた。
このままずっと千紗と共にいたい。その願いはこの先もずっと叶うのではないかと。
だが、今目の前で完全にその夢は断たれてしまった。
千紗の隣に立つのは、田舎者で荒くれ者の自分なんかではなく、この国の頂に立つ帝。
自分なんかより、よっぽど釣り合いの取れた人の元へと行ってしまった。
分かってた筈なのに。
千紗と自分では住む世界が違うのだから、いつかこんな日が来ると、分かってたいた筈なのに……
突然、突きつけられた現実に、小次郎の心は悲鳴を上げている。
込み上げてくる寂しさに堪えきれず、小次郎は千紗達から視線を反らし、空を見上げた。
目にいっぱいの涙を溜めて、真っ青に晴れ渡る空をどこまでも高く、高く見上げた。
そんな小次郎の様子を、一歩下がった後ろから楽しげに観察している一人の男がいた。
平太郎貞盛。小次郎の従兄弟であり、友であった男だ。
貞盛は、不適な笑みを浮かべながら傷心しきった様子の小次郎に向け声を掛けた。
「小次郎。お前、何をそんなに悲しんでいる? 千紗姫様を帝に取られた事がそんなに悔しいか?」
「……貞盛……」
「そもそも、太政大臣様の姫君であらせられるあの方が、今までお前達と共にいた事の方がおかしかったのだ。帝の隣にいる今こそが、あの方の正しき姿。そうは思わぬか、小次郎?」
「……………」
貞盛の浴びせる嫌味に、何の反応も示さない。
……いや、示す気力もない小次郎。
小次郎の受けた悲しみの深さを感じて、貞盛は更に楽しげに笑った。
「そう悲しむな小次郎。千紗姫様はな、お前を助ける為に帝の后になられたのだから。お前が悲しんでいては千紗姫様が浮かばれない」
「っ?!」
貞盛の言葉に、それまで何の反応も示さなかった小次郎が、思わず後ろを振り返り、貞盛を見た。
「どういう事だ? お前……何を知っている?」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
梅すだれ
木花薫
歴史・時代
江戸時代の女の子、お千代の一生の物語。恋に仕事に頑張るお千代は悲しいことも多いけど充実した女の人生を生き抜きます。が、現在お千代の物語から逸れて、九州の隠れキリシタンの話になっています。島原の乱の前後、農民たちがどのように生きていたのか、仏教やキリスト教の世界観も組み込んで書いています。
登場人物の繋がりで主人公がバトンタッチして物語が次々と移っていきます隠れキリシタンの次は戦国時代の姉妹のストーリーとなっていきます。
時代背景は戦国時代から江戸時代初期の歴史とリンクさせてあります。長編時代小説。長々と続きます。

陣借り狙撃やくざ無情譚(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)
牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)猟師として生きている栄助。ありきたりな日常がいつまでも続くと思っていた。
だが、陣借り無宿というやくざ者たちの出入り――戦に、陣借りする一種の傭兵に従兄弟に誘われる。
その後、栄助は陣借り無宿のひとりとして従兄弟に付き従う。たどりついた宿場で陣借り無宿としての働き、その魔力に栄助は魅入られる。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
浅葱色の桜
初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。
近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。
「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。
時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。
小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。
剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―
三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】
明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。
維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。
密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。
武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。
※エブリスタでも連載中
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる