時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
190 / 285
第一幕 京•帰還編

小次郎の為に出来る事

しおりを挟む
拳を握り締めながら、ふと千紗は無意識に視線を庭へと向けた。

そこには護衛の為、何時ものごとく庭に控える秋成の姿があった。

絡まる視線。


――『俺は……知っています。貴方は優しい方だと言う事を。坂東へ行きたいと言った時も、坂東で戦を止めようと行かれた時も、貴方の我儘はいつも他の者を思ってのものだ。俺は知っています。貴方のそう言う優しい一面を。ずっと……ずっと貴方の側で、貴方を見て来ましたから。姫様のそんなお節介な所、俺は好きですよ』――


不意に秋成の言葉が頭に浮かんだ。


――『きっとあります。兄上や、あのチビの為に姫様が出来る事が。いや……姫様だから出来る事がきっと。だからそんなに落ち込まなくて大丈夫ですよ』――


そうだ。
のではない。
自分はまだのだ。

自分には何も出来ないと決めつけて、何のお節介も焼いていないのだ。

それなのに、どうして嘆く事が出来るのだろうか?


――『悩む前にまず行動。それが俺のよく知る姫様です』


過去に送られた秋成の言葉に背中を押されながら、千紗は忠平にある事を願い出た。



「……父上」

「何だ?」

「私を、内裏へ連れて行って下さい」

「千紗、何度も言っているが、お前が行った所で何も出来ぬ」

「だとしても、ここで何もしないで見ているだけなんて嫌です。私は坂東に行って、実際に戦をこの目で見てきました。証人として、小次郎の無実を訴える事は出来ます。たとえ私の言葉に何の力もなくても、ほんの些細な事でも出来る事があるなら私はしたい!」

「…………千紗……お前は……またそんな我儘を……」


千紗の言葉に、困ったように溜め息を吐く忠平。

対照的に主の決意に庭から千紗を見守る秋成は、どこか微笑んでいるように見える。


「我儘と言われようと、これが私です。いい加減に父上も、私の我儘になれて下さい」

「お前なぁ……」

「あっ! そうだチビ助っ!」

「何?」

「坂東へ行ったのは私だけじゃない。チビ助だって、共にあの戦を見てきた一人。帝であるチビ助が、坂東での出来事を証言したら? 天皇の話にならば皆耳を傾けてくれるのではないでしょうか?」

「それは……」

「そうだ。そうだ、何故今まで思い付かなかったのでしょう。チビ助ならば、この状況を何とか出来るかもしれない!」

「待て千紗、一人先走るな。一度落ち着いて考えてみよう。何が最善の策か」

「私は落ち着いてます」

「落ち着いていない。お主、前に私が言った事を忘れたか? 己の感情に左右されて人を裁けば愚かな結果へ繋がると」

「勿論、覚えております」

「ならば今は冷静になれ。お前は小次郎に肩入れし過ぎだ」

「なっ、それでは父上は、小次郎を見捨てろと仰るのですか?」

「そうは言っていない。落ち着けと言っているんだ。今の頭に血の昇ったお前では、己が都合で法を歪める官僚達と同じ事をしかねない」

「な、何故ですか?! 私はそんな事しません! 絶対にしない!」


忠平の言葉に余計頭に血が昇った千紗は声を荒げて言った。


「本当にそう言い切れるのか? 小次郎に肩入れし過ぎている今のお前に」

「はい!」

「……いいや出来ない。お前は何も分かっていない。力は時として全ての均衡を崩しかねない猛毒になるのだ。だからこそ、力を持つ者は己が力を理解し制御しなければならない。その為にはまだ、お前の心も帝の心も幼すぎる……」

「? 先程から父上は何を仰っているのですか?」

「分からないか? それが分からないのならば、お前は腐った官僚達と同じ過ちを犯す。今のお前に出来る事など何もない」

「父上っ!!」

「お前は何もするな。これ以上この話に首を突っ込むな。分かったな、千紗!」


珍しく声を荒げながら、忠平はそう言い捨てると、部屋を後にした。
ここまで頭ごなしにしかりつける忠平は初めてで……

何故急に怒りだしたのか、忠平は何を懸念しているのか、
この時の千紗にはまだ良く分からなかった。

ただ1つ言える事は、頭に血が昇った今の千紗にとって、忠平の牽制は、逆効果でしか無かったと言う事だけ――

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...