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第一幕 京•帰還編
嵐を呼ぶかもしれない男②
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小次郎を見送った後、その足で千紗は寝殿へと向かった。
あの、源護と言う老夫の事が、何故か気になって仕方なかったから。
「姫様、立ち聞きなんて行儀が悪いですよ」
キヨの制止も耳に入っていないのか、千紗は庭へ下りと、忍び足で老夫の側へと近付いて行く。
庭に、景観の為置かれていた大きな景石の後ろへと回り込み、二人の会話に聞き耳をたてた。
忠平はと言えば、部屋に御簾を下ろし、部屋の奥から護の様子を見守っている。
護は、屋敷の上に上がる事は許されず、屋敷へ上る階の下、真っ白な砂利が広がる地面に、頭を伏せて座していた。
その一歩後ろに護の従者が、主と同じ体勢で控える。
「して、私に用事とは、如何なる要件だ?」
「はい。今日は、太政大臣様に献上したき品があり、参上仕りました」
そう言うと、護は先程従者が重たそうに抱えていた反物の山を差し出した。
「そうか。……して、お主の思惑は?」
「お、思惑とはとんでもない。ただ私は、太政大臣様に是非とも坂東の地で仕立てたこの自慢の絹を献上したく」
「源護。私は生憎、腹に本音を隠したまま、互いに腹の探りあいをする事が嫌いだ。お主がそれを献上する心理の裏には、何か思惑があってことであろう? お互い、本音で語り合わぬか?」
「………は……はい。失礼をいたしました……。で、では……失礼ながら。私の本音と致しましては、今、謀反の疑いで裁判にかけられている男、平小次郎将門を死刑に処して頂きたいのです。奴には、我が息子二人を殺されました。息子達は何も奴に殺されるような事はしていないと言うのに……戦のおり、奴は無抵抗な私の息子達に火を放ち、殺しました。太政大臣様も、子をもつ一人な親ならば分かって下さるはず。子を殺される親の気持ちが。だから、どうか……どうか小次郎将門に重き罰を与え、小我が息子達の無念を晴らして頂きたいのです」
「………ふむ。そなたの言い分はようわかった」
「あ、ありがとうございます! ではっ!!」
「今日聞いた話は、しかと心に留めておこう。だが、小次郎の話も聞いてみない事には判断は出来ない。小次郎を裁くかは、今暫く当事者達の話に耳を傾け、事実を精査せねばなるまいからな。今日の所は、一先ず引き取りを願おうか」
「そ……そんな……何故ですか?! やはり、家人として貴方様に仕える将門小次郎を贔屓になさるからですか?」
「口をつつしめ! 私は贔屓で人を裁く事などしない! 人を裁くと言う事は、その人間の一生をも左右しかねない重大な事。そんないい加減な感情で人の一生を決められる筈がなかろう! 慎重になるのは当然ではないか?」
「も、申し訳ございません……。ご無礼をお許し下さいませ!」
慌てた様子で謝る護。
普段温厚な忠平の怒りに、護だけでなく隠れて聞いていた千紗や秋成もが驚き、萎縮した。
「気分が悪い。今日はもうこれ以上お主と話す事はない。下がれ」
「は、ははぁ。仰せの……ままに」
忠平の怒りをかって、護はそそくさと退散しようと立ち上がる。
「あぁ、待て。そこの品々は持って返れ」
「……え? 何故でしょうか? これは太政大臣様への献上品。持って返る必要など……」
「献上品か。物は言い様だな。献上品とは即ち賄賂の事であろう。残念ながら私は賄賂と言うものが大嫌いなのだ。そんな物で、私を懐柔しようとしても無駄だぞ」
「……………」
思い通りにはいかない忠平の明哲さに、護は悔しげに唇を噛み締める。
供に連れて来た者に、再びそれを持たせて、護は忠平の元から退散した。
「……あの護とか言う者は、小次郎には父上の器量につけこんでなどと、蔑むような言い方をしておいて、自らは平気で貴族の機嫌取りをするのだな。身勝手な男だ」
千紗は、護の背中に向かって嫌味を溢しながらあっかんべーをした。
「千紗、お前はそこで何をしている?」
と、その時、千紗の存在に気付いていた忠平から声を掛けられ、反射的に立ち上る。
「ち、父上これは……」
「盗み聞きか? 全く、お前と言う奴は」
溜め息を吐きながら、忠平は御簾を上げ、部屋から簀子縁へと出てくる。
「は、はは。ははは。……と、所で父上、今のやり取り格好良かったですね! 賄賂は嫌いだと、貢ぎ物を持って帰らせる姿、千紗は感動しました!」
盗み聞きしていた事実から何とか怒りを反らそうと、必死に話をすり替える千紗。
そんな娘の思惑に気付きながらも、忠平はその話題に付き合う事にした。
「大袈裟だ。私はただ、己の感情に左右されて、人を裁く事が、どれ程愚かな結果に繋がるかを知っているだけだ。もう二度と……同じ過ちを繰り返してはならぬ」
――『忠平……私がなしえなかった事をお前に託そう。この京を、人々が罪を犯す事のない平和な都へと導いてやってくれ』――
「友と交わした、約束の為にも……」
「それは、道真殿の事を仰られているのですか?」
千紗の質問に、忠平はただ苦しそうに笑った。
「………だが、私一人があの者の行為をはね除けた所で、どれ程の効力があるのか……」
「? 父上?」
「この戦い。小次郎はきっと……苦戦するだろうな……」
忠平はポツリと呟く。
父が溢したこの言葉の意味が、この時の千紗にはまだ、理解できていなかった。
だが千紗はこの後、忠平が溢した言葉の意味を、嫌と言う程思い知らされる事となる――
あの、源護と言う老夫の事が、何故か気になって仕方なかったから。
「姫様、立ち聞きなんて行儀が悪いですよ」
キヨの制止も耳に入っていないのか、千紗は庭へ下りと、忍び足で老夫の側へと近付いて行く。
庭に、景観の為置かれていた大きな景石の後ろへと回り込み、二人の会話に聞き耳をたてた。
忠平はと言えば、部屋に御簾を下ろし、部屋の奥から護の様子を見守っている。
護は、屋敷の上に上がる事は許されず、屋敷へ上る階の下、真っ白な砂利が広がる地面に、頭を伏せて座していた。
その一歩後ろに護の従者が、主と同じ体勢で控える。
「して、私に用事とは、如何なる要件だ?」
「はい。今日は、太政大臣様に献上したき品があり、参上仕りました」
そう言うと、護は先程従者が重たそうに抱えていた反物の山を差し出した。
「そうか。……して、お主の思惑は?」
「お、思惑とはとんでもない。ただ私は、太政大臣様に是非とも坂東の地で仕立てたこの自慢の絹を献上したく」
「源護。私は生憎、腹に本音を隠したまま、互いに腹の探りあいをする事が嫌いだ。お主がそれを献上する心理の裏には、何か思惑があってことであろう? お互い、本音で語り合わぬか?」
「………は……はい。失礼をいたしました……。で、では……失礼ながら。私の本音と致しましては、今、謀反の疑いで裁判にかけられている男、平小次郎将門を死刑に処して頂きたいのです。奴には、我が息子二人を殺されました。息子達は何も奴に殺されるような事はしていないと言うのに……戦のおり、奴は無抵抗な私の息子達に火を放ち、殺しました。太政大臣様も、子をもつ一人な親ならば分かって下さるはず。子を殺される親の気持ちが。だから、どうか……どうか小次郎将門に重き罰を与え、小我が息子達の無念を晴らして頂きたいのです」
「………ふむ。そなたの言い分はようわかった」
「あ、ありがとうございます! ではっ!!」
「今日聞いた話は、しかと心に留めておこう。だが、小次郎の話も聞いてみない事には判断は出来ない。小次郎を裁くかは、今暫く当事者達の話に耳を傾け、事実を精査せねばなるまいからな。今日の所は、一先ず引き取りを願おうか」
「そ……そんな……何故ですか?! やはり、家人として貴方様に仕える将門小次郎を贔屓になさるからですか?」
「口をつつしめ! 私は贔屓で人を裁く事などしない! 人を裁くと言う事は、その人間の一生をも左右しかねない重大な事。そんないい加減な感情で人の一生を決められる筈がなかろう! 慎重になるのは当然ではないか?」
「も、申し訳ございません……。ご無礼をお許し下さいませ!」
慌てた様子で謝る護。
普段温厚な忠平の怒りに、護だけでなく隠れて聞いていた千紗や秋成もが驚き、萎縮した。
「気分が悪い。今日はもうこれ以上お主と話す事はない。下がれ」
「は、ははぁ。仰せの……ままに」
忠平の怒りをかって、護はそそくさと退散しようと立ち上がる。
「あぁ、待て。そこの品々は持って返れ」
「……え? 何故でしょうか? これは太政大臣様への献上品。持って返る必要など……」
「献上品か。物は言い様だな。献上品とは即ち賄賂の事であろう。残念ながら私は賄賂と言うものが大嫌いなのだ。そんな物で、私を懐柔しようとしても無駄だぞ」
「……………」
思い通りにはいかない忠平の明哲さに、護は悔しげに唇を噛み締める。
供に連れて来た者に、再びそれを持たせて、護は忠平の元から退散した。
「……あの護とか言う者は、小次郎には父上の器量につけこんでなどと、蔑むような言い方をしておいて、自らは平気で貴族の機嫌取りをするのだな。身勝手な男だ」
千紗は、護の背中に向かって嫌味を溢しながらあっかんべーをした。
「千紗、お前はそこで何をしている?」
と、その時、千紗の存在に気付いていた忠平から声を掛けられ、反射的に立ち上る。
「ち、父上これは……」
「盗み聞きか? 全く、お前と言う奴は」
溜め息を吐きながら、忠平は御簾を上げ、部屋から簀子縁へと出てくる。
「は、はは。ははは。……と、所で父上、今のやり取り格好良かったですね! 賄賂は嫌いだと、貢ぎ物を持って帰らせる姿、千紗は感動しました!」
盗み聞きしていた事実から何とか怒りを反らそうと、必死に話をすり替える千紗。
そんな娘の思惑に気付きながらも、忠平はその話題に付き合う事にした。
「大袈裟だ。私はただ、己の感情に左右されて、人を裁く事が、どれ程愚かな結果に繋がるかを知っているだけだ。もう二度と……同じ過ちを繰り返してはならぬ」
――『忠平……私がなしえなかった事をお前に託そう。この京を、人々が罪を犯す事のない平和な都へと導いてやってくれ』――
「友と交わした、約束の為にも……」
「それは、道真殿の事を仰られているのですか?」
千紗の質問に、忠平はただ苦しそうに笑った。
「………だが、私一人があの者の行為をはね除けた所で、どれ程の効力があるのか……」
「? 父上?」
「この戦い。小次郎はきっと……苦戦するだろうな……」
忠平はポツリと呟く。
父が溢したこの言葉の意味が、この時の千紗にはまだ、理解できていなかった。
だが千紗はこの後、忠平が溢した言葉の意味を、嫌と言う程思い知らされる事となる――
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