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第一幕 京•帰還編
約束の椰の葉
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――夜、千紗の自室にて
「秋成……いるか?」
「はい姫様、俺はここに。眠れないのですか?」
「……うむ」
久しぶりに京へ戻った日の夜。
長旅で体は疲れているはずなのに、何故か寝付けずにいた千紗は、いつもの如く警護の為、庭に控えているだろう秋成へと御簾越しに声を掛けた。
千紗に呼ばれ、庭の奥からすっと姿を表した秋成は千紗の寝所に背中を向けながらも心配そうな声で訪ねる。
「何か悩み事でも?」
「……うむ。今日父上から聞いたチビ助の話が、少し気になってな。それに小次郎の事も。あやつにかけられた嫌疑は本当に晴れるのかと正直なところ少し不安で寝れないのだ……。何か無いのかの。私が、あやつらにしてやれる事は、何か………」
眠れないと、千紗の溢した弱音に、秋成からはクスクスと笑い声が漏れた。
「な、何故笑う。何がおかしい?」
秋成の反応に千紗はムッとして様子で声を荒げて言う。
「申し訳ございません。あまりにも予想通りの答えが返って来たものですから。あぁ、馬鹿にしてるわけではないんですよ。ただ、貴方らしいなと」
「私らしい?」
「はい。他人の事で胸を痛めて、他人の為に必死になってお節介をやこうとする所が、貴方らしいなと」
「お、お節介だと?! 私は真剣に考えているのに、やはりお主、私の事を馬鹿にしておるだろう」
「違いますって。俺なりに誉めてるんですよ、これでも」
「“お節介”のどこがだ!」
「うわっ?! なっ何を……」
突然御簾が上がったかと思うと、小袖姿の千紗が、もの凄い勢いで秋成のもとへと飛びかかった。
ドサっと秋成の背中に着地する。
体制を崩しかけながらも、何とか堪えた秋成は、背中に千紗を背負い直しながら、穏やかな口調で語りかけた。
「俺は知っています。貴方は優しい方だと言う事を。坂東へ行きたいと言った時も、坂東で戦を止めに行かれた時も、貴方の我儘はいつも他者を思ってのものだった。俺は知っています。貴方のそう言う優しい一面を。だって俺はずっと貴方の側で、貴方の事を見て来ましたから」
「…………っ」
秋成の言葉に一瞬、千紗の胸がトクンと高なる。
「姫様のそんなお節介な所、俺は好きですよ」
背中から覗き見た秋成の顔には、屈託のない笑顔が浮かべられていて、そんな恥ずかしい台詞を恥ずかしげもなく真っ直ぐにぶつけられたものだから、褒められ慣れていない千紗の顔は、みるみる真っ赤に染まって行く。
そんな自分に気付かれたくなくて、千紗はコツンと秋成の背中に額を押し付けた。
「きっとあります。兄上や、あのチビの為に姫様が出来る事が。いや……姫様だからこそ出来る事が、きっと」
「…………だな」
「え?」
「お主はいつもそうだ。落ち込んだ時は決まって私を励ましてくれる。私が欲しい言葉をかけてくれる」
「姫様?」
「小次郎が突然いなくなった時も、東へ行く旅の途中も――」
――『……俺が証明してみせてやるよ。お前が信じたかった変わらないものが、世の中にはきっとあるって事を。約束したろ? 俺は今と変わらずお前の側でお前を守って行くって。俺とお前の間には変わらない約束がある。その約束を守り続ける事で、俺が証明してみせてやる』
――『過程を知らない俺達が、結果だけで善悪を決めつける必要なんてありません。姫様はただ、姫様がよくご存知の兄上を信じていれば良い。ただそれだけの事です』
懐から、一枚の布を取り出す千紗。
秋成の目の前でそっとその布を開いて見せる。
中には、一枚の葉っぱが挟まれていた。
縦に筋の入った珍しい見た目の葉っぱ。
乾燥して枯れているようにも見えるのに、何故か完全には緑を失ってはいない。
その不思議な葉を、秋成は不思議そうに眺めた。
「これは?」
「忘れたか。坂東への旅の途中、お主が私にくれたものだ。約束の証にと」
――『姫様への忠義を断ち切る事は、何ものにも敵わない。
何があろうと、俺は姫様のお側を離れはしません。その梛の葉のように、俺が、姫様の身に降りかかる厄をなぎはらってみせます』
「勿論、覚えております。ですが、一年も前の葉が、何故このように緑を保って残っているのでしょうか?」
「四郎に教えてもらったのだ。こうして布や紙に挟んで重しを乗せ、乾燥させ保存する押し葉と言う技法をな。これは私の大切なお守りゆえ、どうしても変わらぬ姿で、手元に残しておきたかった」
「姫様……」
「ありがとう、秋成……。私の事を理解し、支えてくれるお主がいつも側にいてくれるから、私は強くいられる。だからずっと、これからもずっと………こうして私の側にいてくれな」
そう言って千紗は、秋成に回していた腕にギュッと力を込めた。
「? はい、勿論です。貴方に許される限り、俺は貴方の側で貴方をお守り致します。でも、急にどうされまたのですか? そんな素直にありがとうなどと口にされる姫様は、なんだか気持ち悪いです。何か変なものでも食べました? それとも柄にもなく悩み過ぎてすぎて、熱でも出たんですか?」
「…………お前は……いつも一言多い!!」
ブチ”っと血管の切れる音がしたかと思うと秋成は、後ろから千紗に思い切り首を締め付けられた。
「あ、ちょっ……苦しい……今度は何を急に怒ってるんですか。面倒臭い人だなぁ、も~」
「秋成……いるか?」
「はい姫様、俺はここに。眠れないのですか?」
「……うむ」
久しぶりに京へ戻った日の夜。
長旅で体は疲れているはずなのに、何故か寝付けずにいた千紗は、いつもの如く警護の為、庭に控えているだろう秋成へと御簾越しに声を掛けた。
千紗に呼ばれ、庭の奥からすっと姿を表した秋成は千紗の寝所に背中を向けながらも心配そうな声で訪ねる。
「何か悩み事でも?」
「……うむ。今日父上から聞いたチビ助の話が、少し気になってな。それに小次郎の事も。あやつにかけられた嫌疑は本当に晴れるのかと正直なところ少し不安で寝れないのだ……。何か無いのかの。私が、あやつらにしてやれる事は、何か………」
眠れないと、千紗の溢した弱音に、秋成からはクスクスと笑い声が漏れた。
「な、何故笑う。何がおかしい?」
秋成の反応に千紗はムッとして様子で声を荒げて言う。
「申し訳ございません。あまりにも予想通りの答えが返って来たものですから。あぁ、馬鹿にしてるわけではないんですよ。ただ、貴方らしいなと」
「私らしい?」
「はい。他人の事で胸を痛めて、他人の為に必死になってお節介をやこうとする所が、貴方らしいなと」
「お、お節介だと?! 私は真剣に考えているのに、やはりお主、私の事を馬鹿にしておるだろう」
「違いますって。俺なりに誉めてるんですよ、これでも」
「“お節介”のどこがだ!」
「うわっ?! なっ何を……」
突然御簾が上がったかと思うと、小袖姿の千紗が、もの凄い勢いで秋成のもとへと飛びかかった。
ドサっと秋成の背中に着地する。
体制を崩しかけながらも、何とか堪えた秋成は、背中に千紗を背負い直しながら、穏やかな口調で語りかけた。
「俺は知っています。貴方は優しい方だと言う事を。坂東へ行きたいと言った時も、坂東で戦を止めに行かれた時も、貴方の我儘はいつも他者を思ってのものだった。俺は知っています。貴方のそう言う優しい一面を。だって俺はずっと貴方の側で、貴方の事を見て来ましたから」
「…………っ」
秋成の言葉に一瞬、千紗の胸がトクンと高なる。
「姫様のそんなお節介な所、俺は好きですよ」
背中から覗き見た秋成の顔には、屈託のない笑顔が浮かべられていて、そんな恥ずかしい台詞を恥ずかしげもなく真っ直ぐにぶつけられたものだから、褒められ慣れていない千紗の顔は、みるみる真っ赤に染まって行く。
そんな自分に気付かれたくなくて、千紗はコツンと秋成の背中に額を押し付けた。
「きっとあります。兄上や、あのチビの為に姫様が出来る事が。いや……姫様だからこそ出来る事が、きっと」
「…………だな」
「え?」
「お主はいつもそうだ。落ち込んだ時は決まって私を励ましてくれる。私が欲しい言葉をかけてくれる」
「姫様?」
「小次郎が突然いなくなった時も、東へ行く旅の途中も――」
――『……俺が証明してみせてやるよ。お前が信じたかった変わらないものが、世の中にはきっとあるって事を。約束したろ? 俺は今と変わらずお前の側でお前を守って行くって。俺とお前の間には変わらない約束がある。その約束を守り続ける事で、俺が証明してみせてやる』
――『過程を知らない俺達が、結果だけで善悪を決めつける必要なんてありません。姫様はただ、姫様がよくご存知の兄上を信じていれば良い。ただそれだけの事です』
懐から、一枚の布を取り出す千紗。
秋成の目の前でそっとその布を開いて見せる。
中には、一枚の葉っぱが挟まれていた。
縦に筋の入った珍しい見た目の葉っぱ。
乾燥して枯れているようにも見えるのに、何故か完全には緑を失ってはいない。
その不思議な葉を、秋成は不思議そうに眺めた。
「これは?」
「忘れたか。坂東への旅の途中、お主が私にくれたものだ。約束の証にと」
――『姫様への忠義を断ち切る事は、何ものにも敵わない。
何があろうと、俺は姫様のお側を離れはしません。その梛の葉のように、俺が、姫様の身に降りかかる厄をなぎはらってみせます』
「勿論、覚えております。ですが、一年も前の葉が、何故このように緑を保って残っているのでしょうか?」
「四郎に教えてもらったのだ。こうして布や紙に挟んで重しを乗せ、乾燥させ保存する押し葉と言う技法をな。これは私の大切なお守りゆえ、どうしても変わらぬ姿で、手元に残しておきたかった」
「姫様……」
「ありがとう、秋成……。私の事を理解し、支えてくれるお主がいつも側にいてくれるから、私は強くいられる。だからずっと、これからもずっと………こうして私の側にいてくれな」
そう言って千紗は、秋成に回していた腕にギュッと力を込めた。
「? はい、勿論です。貴方に許される限り、俺は貴方の側で貴方をお守り致します。でも、急にどうされまたのですか? そんな素直にありがとうなどと口にされる姫様は、なんだか気持ち悪いです。何か変なものでも食べました? それとも柄にもなく悩み過ぎてすぎて、熱でも出たんですか?」
「…………お前は……いつも一言多い!!」
ブチ”っと血管の切れる音がしたかと思うと秋成は、後ろから千紗に思い切り首を締め付けられた。
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