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第一幕 京•帰還編
歪んだ愛情②
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「………父上」
「なんだ千紗?」
「チビ助はどうしたのでしょう。久しぶりに母に会えたと言うのに、人形のように空っぽな顔をして。チビ助のあんな顔、私は初めて見ました」
「そうか。お前は初めてか」
「え?」
「昔はな、よくあのような空っぽの表情をされていたんだよ」
「……チビ助が?」
「あぁ。あの子は感情の起伏に乏しい子でな、いつも無表情にぼんやりと外の世界を眺めていた」
「本当ですか? 信じられません。いつもキャンキャンわめき散らしては、ちょっとした事ですぐにふてくされたり、落ち込んだりしているあのチビ助が?」
「ははは。随分と感情表現が上手になられたものだな。だがな、それが出来るようになったのも、ほんのつい最近の事なのだよ」
「…………どうして? どうしてチビ助は感情を表に出せなかったのですか?」
「……それはきっと……我が妹、隠子のせいなのだろうな」
先程の二人のやり取りを思い出す。
怯えるように自分の袖を掴んだ朱雀帝の姿を。
母親に抱かれながら、人形のように表現が消えた朱雀帝の姿を。
「せいと言っては聞こえが悪いか。あの子が過保護になってしまう理由も、同じ親として理解は出来る」
「?」
「隠子はな、腹を痛めて生んだ大切な我が子を一度失っているんだ。帝にとって兄にあたる方なのだがな」
忠平の話に、千紗は坂東へ旅立つ日、貞盛から聞いた話がふと頭に浮かんで来た。
――『朱雀帝の父君、醍醐帝は、あの清涼殿事件を目の当たりにして以来、体調を崩されたそうです。そして醍醐天皇の崩御はあの事件の三ヶ月後。帝の兄君もまた……当時、皇太子の身でありがら二十一の若さで突然にお亡くなりになられました。またそのお子。皇太孫様も五歳でお亡くなりになったとか』
「そう言えば、貞盛から聞いた事があります。確かその方のお子までもが立て続けに亡くなったと。そしてチビ助の父上であり、先の帝でもある醍醐帝も亡くなった。それは道真公の呪いだと噂されたとか」
「あぁ。息子と孫を立て続けに亡くした事で、隠子は当時、精神的に不安的になっていたのだ。そして、兄の死と引き換えに産まれてきた子、寛明様までもを道真に奪われまいと、幾重にも張られた几帳の中へと大切に閉じ込めた」
「閉じ込めた?」
「あぁ。帝はな、五歳になるまでただの一度も館の外に出る事は許されなかったのだ」
「……ただの一度も?」
驚く千紗に忠平はコクりと小さく頷く。
「館の中のごくわずか、限られた者としか関わる事も許されなかった。そのせいで帝は、感情の発達が遅くてな」
「だから表情もなかったと?」
再びコクりと小さく頷く忠平。
「そんな帝が、いつの頃だったか、ご自分から外へ出たい、外の世界に触れたいと望まれるようになった。その頃には、帝の弟であられる成明様もお生まれになって、精神的に隠子も安定しはじめていた頃だったからな、帝の願いが聞き届けられ、少しずつ外の世界へ触れる事で感情を表すようになっていった。最近では、すっかり感情表現も豊かになられて安心していたのだがな、やはりまだ隠子の過剰な愛情の前ではそれも難しいようだ」
「……………」
初めて知る帝の一面に、千紗は衝撃を受けていた。
だが、今の話で全て合点がいった。そんな気がした。
朱雀帝が、大袈裟なまでに道真に怯える理由。
隠子を怖れる理由。
全てはその幼い頃の出来事が、朱雀帝の中で今も心の傷となって残っているのだろう。
初めて知る朱雀帝の過去は、千紗の心に僅かなしこりを残した。
「なんだ千紗?」
「チビ助はどうしたのでしょう。久しぶりに母に会えたと言うのに、人形のように空っぽな顔をして。チビ助のあんな顔、私は初めて見ました」
「そうか。お前は初めてか」
「え?」
「昔はな、よくあのような空っぽの表情をされていたんだよ」
「……チビ助が?」
「あぁ。あの子は感情の起伏に乏しい子でな、いつも無表情にぼんやりと外の世界を眺めていた」
「本当ですか? 信じられません。いつもキャンキャンわめき散らしては、ちょっとした事ですぐにふてくされたり、落ち込んだりしているあのチビ助が?」
「ははは。随分と感情表現が上手になられたものだな。だがな、それが出来るようになったのも、ほんのつい最近の事なのだよ」
「…………どうして? どうしてチビ助は感情を表に出せなかったのですか?」
「……それはきっと……我が妹、隠子のせいなのだろうな」
先程の二人のやり取りを思い出す。
怯えるように自分の袖を掴んだ朱雀帝の姿を。
母親に抱かれながら、人形のように表現が消えた朱雀帝の姿を。
「せいと言っては聞こえが悪いか。あの子が過保護になってしまう理由も、同じ親として理解は出来る」
「?」
「隠子はな、腹を痛めて生んだ大切な我が子を一度失っているんだ。帝にとって兄にあたる方なのだがな」
忠平の話に、千紗は坂東へ旅立つ日、貞盛から聞いた話がふと頭に浮かんで来た。
――『朱雀帝の父君、醍醐帝は、あの清涼殿事件を目の当たりにして以来、体調を崩されたそうです。そして醍醐天皇の崩御はあの事件の三ヶ月後。帝の兄君もまた……当時、皇太子の身でありがら二十一の若さで突然にお亡くなりになられました。またそのお子。皇太孫様も五歳でお亡くなりになったとか』
「そう言えば、貞盛から聞いた事があります。確かその方のお子までもが立て続けに亡くなったと。そしてチビ助の父上であり、先の帝でもある醍醐帝も亡くなった。それは道真公の呪いだと噂されたとか」
「あぁ。息子と孫を立て続けに亡くした事で、隠子は当時、精神的に不安的になっていたのだ。そして、兄の死と引き換えに産まれてきた子、寛明様までもを道真に奪われまいと、幾重にも張られた几帳の中へと大切に閉じ込めた」
「閉じ込めた?」
「あぁ。帝はな、五歳になるまでただの一度も館の外に出る事は許されなかったのだ」
「……ただの一度も?」
驚く千紗に忠平はコクりと小さく頷く。
「館の中のごくわずか、限られた者としか関わる事も許されなかった。そのせいで帝は、感情の発達が遅くてな」
「だから表情もなかったと?」
再びコクりと小さく頷く忠平。
「そんな帝が、いつの頃だったか、ご自分から外へ出たい、外の世界に触れたいと望まれるようになった。その頃には、帝の弟であられる成明様もお生まれになって、精神的に隠子も安定しはじめていた頃だったからな、帝の願いが聞き届けられ、少しずつ外の世界へ触れる事で感情を表すようになっていった。最近では、すっかり感情表現も豊かになられて安心していたのだがな、やはりまだ隠子の過剰な愛情の前ではそれも難しいようだ」
「……………」
初めて知る帝の一面に、千紗は衝撃を受けていた。
だが、今の話で全て合点がいった。そんな気がした。
朱雀帝が、大袈裟なまでに道真に怯える理由。
隠子を怖れる理由。
全てはその幼い頃の出来事が、朱雀帝の中で今も心の傷となって残っているのだろう。
初めて知る朱雀帝の過去は、千紗の心に僅かなしこりを残した。
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