時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第一幕 板東編

醜い男の嫉妬心

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「いや、何でもない。お前こそどうした、こんな夜更けに」

「いや、お主にちょっとな、話があって来たのだが……何だ、妙に騒がしい。何があった?」

「いや。何でもないんだ。ただ、ちょっと野良犬が庭に迷い混んで来たみたいでな」

「犬が?」

「あ、あぁ……。心配はない。ほら。話ならお前の部屋で聞こう。四郎っ!」

「うぇ?! ……な ……何? 兄貴?」

「あとはお前に任せて良いか。そこの野良犬を適当に外へ追い出しておいてくれ。もし抵抗するようなら力づくでも構わない」

「俺がぁ~?」

「あぁ、頼んだぞ」

「うえぇ~?!ちょ、ちょっと待ってよ兄貴っ!!」

突然この場の始末を小次郎から振られて困惑を示す四郎。

だが四郎の必死の呼び止めも虚しく小次郎は、四郎の横をすっと無言で通りすぎると、部屋の入り口付近に立つ千紗と朱雀帝の元へと行ってしまった。


「ほら千紗、寛明も、行くぞ」

「無礼者!お前のような下賤の者がこの私に触るな!私を呼び捨てにするな!」

「はいはい、分かった分かった」


そして暴れる朱雀帝をヒョイっと肩に担ぎ上げると、自身の部屋を後にした。


「お前っ、この私をバカにしているのか?! 全然分かってないではないか! えぇい無礼者! 下ろせっ、下ろせ~!!」

小さくなって行く朱雀帝の金切り声を聞きながら、厄介事を任されて四郎はただポカンとその場に立ち尽くしていた。

その後ろで貞盛は、地についていた手をギリギリと強く握り締めながら、小次郎へ対する恨み言を呟いていた。


「………おのれ小次郎、お前は……忠平様や千紗姫様だけでなく……帝までもを……」


貞盛が先程感じた小次郎への恐怖心は、みるみるうちに黒く深い嫉妬心へと変わって行く。

「………そうだ。お前は……お前はいつもそうだ。そうやって人をたらしこんで、私が欲しいと思ったものは、全てお前が奪って行く……。杏子姫だって……」

「? ……太郎…さん?」
 
地面をじっと睨み付け、顔を伏せた状態で何やらぶつぶつと呟く貞盛の異変に気付いた四郎が声をかけた。

だが貞盛の耳にはもう誰の声も届かない。


「昔から私は、お前のそう言う所が大っっ嫌いだったんだ!!」


ずっとずっと心の奥深くに隠し続けて来た小次郎への嫉妬心。その感情がついに、貞盛の中で爆発してしまったから――


「……太郎さん……」


貞盛は小次郎の事を、大切な友であると思っていた。

その半面で小次郎に対して激しいまでの嫉妬心も人知れず抱いていた。

それはもうずっと昔――物心がついたばかりの幼い頃から。

歳の近い貞盛と小次郎は、幼い頃から周りの大人達に何かと比べられ生きて来た。

歳こそ貞盛の方が2つ程上であったが武芸の才は圧倒的に小次郎の方が勝っていた。


――『太郎よ。お主は平氏長男である我、国香の息子。いずれお前が我等平氏を背負って立つ事になるのだぞ。それなのに、小次郎に馬術、剣術、弓術、全てにおいて勝てぬとはなんたる恥さらしか』


故に、父である国香からはよく厳しい言葉を浴びせられていた。

太郎はずっと小次郎の事が羨ましかったのだ。
武芸に秀で、愚直なまでに真っ直ぐな心根を持つ小次郎は良く人に好かれ、人に頼られ、いつも人の輪の中心にいた。

そんな小次郎への劣等感が、次第に坂東と言う土地を貞盛にとって息苦しい場所に変えて行った。

だからこそ貞盛は京に憧れ、貴族に憧れた。
武芸など持ち合わせずとも権力を保持する貴族に。

祖父である高望王から聞いたあの雅な世界にならば、自分の居場所があるかもしれないと。


――だが、憧れた先でもやはり小次郎は、貞盛の一歩も二歩も先を歩いていた。

太政大臣をも勤める藤原家に目をかけられていた小次郎は、どんどんと手の届かない場所へと進んで行く。

貞盛にとって何とか小次郎の背に食らい付く術は、愛想笑いとこの達者な口。小次郎には無い貞盛なりの武器で貴族達のご機嫌とりをするしかなかったのだ。

ニコニコと仮面のような笑顔を被り、優男と表されてきた男の顔の裏側は、実は醜い程の嫉妬心で追い詰められている。

小次郎と貞盛、二人の間に出来た溝は、もう既に後戻りの出来ない所まで膨らんでしまっていた。


「おのれ小次郎……覚えておけ。この仕打ち、いつか必ず後悔させてやるからな。この私に背を向けた事を、そして私から大事なものを奪った事を、絶対に後悔させてやる!!」


憎しみに溢れた言葉を吐き捨てて、貞盛は小次郎の館を後にした。

この瞬間ときを最後に、同じ故郷で生まれ育った、二人の男の運命は決別して行く。

もう二度と手を携える事は叶わない。


「…………………兄貴、本当に良かったのか? これで本当に、良かったのか?」


闇に消え行く貞盛の姿を見つめながら、一人残された四郎は、消え入りそうな程小さな声でポツリと呟いた。

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