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第一幕 板東編
四郎の不安
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「あれ?杏子姫は……」
いつの間にか杏子の姿がなくなっていた事に気付いた小次郎。忽然と消えた彼女の姿を探す。
泣きじゃくる顔を思い返しては、複雑な気持ちになっていた。
苦しむ彼女に何もしてやれなかった。
その事が、この後も暫く、小次郎の心にもやとなって残るのだった。
「小次郎?」
「……いや、何でもない。帰るか、豊田へ」
「うむ」
そんなどこか冴えない小次郎の表紙を、千紗は心配そうに見上げていた。
◆◆◆
――豊田郡・小次郎の館
その日の夜、小次郎は無事豊田へと帰還する。
兄の帰還に四郎が慌てた様子で駆け寄って来た。
「兄貴、どうだった? 下野のお役人方になんて言われたんだ?」
「四郎お前、まだ起きてたのか。先に寝ていてくれて良かったのに」
「心配で寝てなんかいられるかよ。で? だからどうだった?」
「京へ、行く事になった」
「……は?」
「京から、召喚命令が下されたそうだ」
「な………っ」
小次郎の口から告げられた言葉に四郎は息をのむ。
予想していた、最悪の事態が迫っている現状に狼狽える。
ふと無意識に四郎の視線が千紗へと向けられた。
先の戦を止めた、そんな彼女の持つ“力”に期待していただけに、四郎はすがるように千紗を見た。
だが千紗は、四郎から向けられる視線に、申し訳なさそうにしょんぼりと項を垂れるだけだった。
そんな千紗を庇うように、小次郎はすっと二人の間に割って入る。
「京にて、今一度審議をするそうだ。俺だけじゃない。良兼伯父上も、それから源守殿にも京への召喚命令が下された。一月後、九月に入ったら俺は京へ上る」
「……………そんな……そんな大事に……?」
「何をそんなに落ち込んでいる、四郎」
「逆にどうして兄貴はそんなに普通でいられるんだ。召喚命令だぞ? わざわざ京まで呼び寄せられたんだぞ? いったいどんな罪状が待っているか……」
「だから、俺達の話を直に聞きたいと、呼び寄せたのだろう。別に何も恐れる事はない。俺達は何も悪い事はしていないのだから」
「でも!」
「下野の国司だろうが、京の役人だろうが、俺は事の経緯を素直に話す。ただそれだけの事だ」
「そうだけど……」
確かに兄の言う通り、何もやましい気持ちからした事ではないのだから、何も心配する事などないのかもしれない。
けれど四郎は、自分でもよくわからなかったが何故か、言い様のない不安に襲われていた。
だから兄を素直には見送る事は出来そうになかった。
この時感じた四郎の不安は、早いうちから目に見える形となって表れ始める。
いつの間にか杏子の姿がなくなっていた事に気付いた小次郎。忽然と消えた彼女の姿を探す。
泣きじゃくる顔を思い返しては、複雑な気持ちになっていた。
苦しむ彼女に何もしてやれなかった。
その事が、この後も暫く、小次郎の心にもやとなって残るのだった。
「小次郎?」
「……いや、何でもない。帰るか、豊田へ」
「うむ」
そんなどこか冴えない小次郎の表紙を、千紗は心配そうに見上げていた。
◆◆◆
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その日の夜、小次郎は無事豊田へと帰還する。
兄の帰還に四郎が慌てた様子で駆け寄って来た。
「兄貴、どうだった? 下野のお役人方になんて言われたんだ?」
「四郎お前、まだ起きてたのか。先に寝ていてくれて良かったのに」
「心配で寝てなんかいられるかよ。で? だからどうだった?」
「京へ、行く事になった」
「……は?」
「京から、召喚命令が下されたそうだ」
「な………っ」
小次郎の口から告げられた言葉に四郎は息をのむ。
予想していた、最悪の事態が迫っている現状に狼狽える。
ふと無意識に四郎の視線が千紗へと向けられた。
先の戦を止めた、そんな彼女の持つ“力”に期待していただけに、四郎はすがるように千紗を見た。
だが千紗は、四郎から向けられる視線に、申し訳なさそうにしょんぼりと項を垂れるだけだった。
そんな千紗を庇うように、小次郎はすっと二人の間に割って入る。
「京にて、今一度審議をするそうだ。俺だけじゃない。良兼伯父上も、それから源守殿にも京への召喚命令が下された。一月後、九月に入ったら俺は京へ上る」
「……………そんな……そんな大事に……?」
「何をそんなに落ち込んでいる、四郎」
「逆にどうして兄貴はそんなに普通でいられるんだ。召喚命令だぞ? わざわざ京まで呼び寄せられたんだぞ? いったいどんな罪状が待っているか……」
「だから、俺達の話を直に聞きたいと、呼び寄せたのだろう。別に何も恐れる事はない。俺達は何も悪い事はしていないのだから」
「でも!」
「下野の国司だろうが、京の役人だろうが、俺は事の経緯を素直に話す。ただそれだけの事だ」
「そうだけど……」
確かに兄の言う通り、何もやましい気持ちからした事ではないのだから、何も心配する事などないのかもしれない。
けれど四郎は、自分でもよくわからなかったが何故か、言い様のない不安に襲われていた。
だから兄を素直には見送る事は出来そうになかった。
この時感じた四郎の不安は、早いうちから目に見える形となって表れ始める。
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