時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第一幕 板東編

一難去ってまた一難

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「そんな……小次郎が? ………どうしてそんな事に……」

「あっ、姫さんっ?!」


四郎の話を訊いた千紗は、血相を変えてその場から駆け出そうとした。秋成の姿を探す為に。


「秋成、秋成はおるか!?」

「どうされたのですか姫様、そのように慌てられてて?」


だが千紗が駆け出すより早く、千紗の呼び掛けに庭の奥から秋成がヒョッコリと顔を出した。

鍛練中だったのか、上半身は裸になって酷く汗をかいている様子で、右手には木刀が握られていた。


「私を、私を下野国庁へ連れて行け! 今すぐに!」

「…………」


秋成は千紗の鬼気迫る様子に、腰に垂らしていた着物を素早く着込むと、千紗の命にただ一言、短く「御意」と答えただけ。千紗が下野に行きたい理由を聞く事はしなかった。

千紗が必死になる理由は1つしか思い当たらなかったから。理由を聞くのも野暮だと思った。


「四郎、馬を一頭借りて行く。良いか?」

「あ、あぁ。頼むな、あっきー」

「では姫様、俺は館の門前で馬を連れてお待ちしております。支度が整いましたらお越し下さい」

「分かった」


バタバタと慌ただしく部屋へ戻って行く千紗。部屋へ戻るなり、簪で髪を上げ、衣服を動きやすい水干へと着替えた後、急いで部屋を出た。


「千紗姫様……? 何処かへお出掛けになるのですか?」


部屋を出た所で朱雀帝と出くわした。


「すまぬチビ助。急ぎ出掛ける用事が出来た」

「何か……あったのですか? またあの男の為……ですか?」

「そうだ。小次郎を助けに行かねば」

「……行かないで下さい。あいつの所へなど……行かないでください……」


朱雀帝は千紗の着物の袖を掴んむと、甘えるように必死に懇願した。


「すまないチビ助。お主の事はヒナ達に頼んでおく。私もすぐに戻る。だからお主は心配せずにゆっくり寝ていろ」


だが千紗は、朱雀帝を宥めつつも、握られた手を迷う事なくさっと振り払うと、秋成が待つ館の門前へと急いだ。


「千紗姫様……やはり貴方は、あの男が好きなのですか?」


朱雀帝は寂しさ、悲しさ、苦しさ、怒り、様々な感情を抱きながら、遠ざかって行く彼女の後ろ姿を見えなくなるまでじっと見送った。


「秋成っ!」

「姫様、お待ちしておりました。では参りましょう」


約束通りに馬を連れ、門前で待っていた秋成は、千紗が来るなり千紗を馬へと抱え上げ、自らも彼女の後ろへと乗り込むと、馬の腹を蹴って馬を走らせた。


「飛ばします。振り落とされないようにしっかり掴まっていて下さい」

「頼む!」


千紗と秋成、二人を乗せた馬は、下野へ向け颯爽と駆けて行く。


「小次郎、待っていろ。絶対にそなたを謀反人として裁かせはしない。絶対にだ!」


  ◆◆◆


その頃、下野では――

小次郎と良兼、それから源護が下野国庁にて顔を揃えていた。

下野守、橘保国の話を緊張した面持ちで聞く良兼と小次郎。

一人、護だけはどこか嬉しげな笑みを浮かべていた。


「平良兼、平将門。他国である我が下野をも巻き込んだ此度の戦。あるがままを京に報告させて貰った。それから我が屋敷に火を放った事実も、嘘偽りなく報告させて貰った」

「「「………はい」」」

「そこでだ。今日そなた達を呼んだのは他でもない。その後京からきた返答を伝える為に呼んだのだが――」

「「「………」」」

「平良兼、平将門、そして源護。そなた達三名には京への召喚命令が下った。京にて当事者であるお主達から直に話を聞きたいとの仰せだ。あと一ヶ月後、そなた達は速やかに京へ上れ。よいな」

「「「ははぁ。仰せのままに」」」


三人は下野守、橘保国に向かって深々と頭を下げて見せ、命に従う意向を示した。

京からの直々の書状だ。反論など許される筈もない。

裁きの結果は、こうして京へと託される事となった。

ほんの些細なきっかけから始まった小次郎達平氏の内輪の揉め事。

此度の戦を最後に終息するかと思われたが、事は坂東から遠く離れた京をも巻き込み、今後更なる激化の一途を辿って行く。
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