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第一幕 板東編
下野国府からの呼び出し
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それから更に時が経ち、夏もそろそろ終わろうかと言う八月の下旬。
先の戦で焼いてしまった下野国司、橘保国の館の修繕も終わろうかと言うある日、小次郎宛にその橘保国から一枚の書状が届けられた。
その書状の内容は、小次郎を下野国庁へと呼びつける内容で、あの日、四郎が懸念していた事が現実のものとなろうとしていた。
「兄貴どうするつもり? 素直に呼び出しに応じるつもりか?」
「応じるしかあるまい」
「どうして今更呼びつけるんだ。謝罪ならあの後直ぐに行ったじゃないか。それに約束通り下野守様の屋敷の修繕だって、ちゃんと……」
「とにかく、謀反の意思がない事を示す為にも、呼び出しに応じて、今一度ちゃんと謝罪するしかあるまい」
「でも、兄貴は何も悪くないのに、何で謝る必要があるんだよ。悪いのは全部あの盗賊のおっさんだろ? ……ったくあのおっさん、気付いたらまたいなくなってるし、てめぇが仕出かした事の責任は、てめぇでつけろってんだ。ホント疫病神のおっさんだよ!」
「そう責めてやるな。玄明の情報には助けられただろう。俺は玄明には心から感謝してるんだ」
「甘いよ兄貴は。だからあのおっさんが付け上がって、こんな事になるんだ」
怒りがおさまらない様子の四郎を、「まぁまぁ」と穏やかな笑みを浮かべながら宥める小次郎。
「心配するな。誤解はちゃんと解いてくる。誠心誠意話せば、きっと分かって貰えるはずさ」
「でも……」
「大丈夫。きっと大丈夫だから。他の者達にはこの事は言うなよ。いらぬ心配をかけたくないから」
「…………でも兄貴……」
不安げな様子の弟を安心させるためか、穏やかな微笑みを決して崩さない小次郎に、四郎はそれ以上何も言う事はできなくて――
翌日の早朝、館の者達がまだ寝静まっているうちに、数人の共を連れ下野へと旅立つ兄の姿を、四郎は一人静かに見送った。
◆◆◆
「のう四郎、小次郎は今日はどうした? 朝から姿を見かけぬが」
「あぁ、兄貴はちょっと私用でな。朝から出掛けてるんだ」
「そうなのか?」
昼頃、小次郎の不在に気付いた千紗が四郎にそんな問いを投げ掛けた。その会話の中、四郎がいつもと比べてどこか元気がない。そんな気がして
「どうしたのだ四郎? 今日のお主はどこか元気がないように見えるが、何かあったのか?」
千紗は不思議そうに四郎の顔を覗き込んだ。
なるべくは普段と変わらぬよう努めたいたつもりの四郎だったが、思いがけずかけられた千紗の気遣いに、一瞬言葉を失った。
「……」
「……四郎?」
小次郎が下野の役人に呼び出された事を、誤魔化すべきか、それとも正直に話すべきか考えていた四郎。
彼の脳裏に、ふと下野での千紗の活躍が思い起こされた。
千紗の一声で膠着状態だった戦況が動き、固く閉ざされていたはずの橘保国屋敷の門が開かれた。
開かれた事で、誤って屋敷に放ってしまった炎の鎮火に成功し、叔父達の戦意も削ぐ事ができた。
千紗の肩書きがあったからこそ、あの戦は沈静化に成功したのだ。
ならば千紗の肩書きがあれば、此度小次郎にかけられた謀反の疑いを晴らすことも可能なのではないだろうか。
ふと四郎の中にそんな淡い期待が芽生えて、無意識に四郎は千紗に救いを求めていた。
「……姫さん、あんたなら兄貴の事、何とか出来ないかな。この前の戦の時みたいに、太政大臣様の娘であるあんたなら……」
「何とかとは? どう言う意味だ? 小次郎に何かあったのか?」
「………いや、やっぱり……何でもない」
そこまで言いかけて、四郎は急に言葉を濁した。
「他の者達にはこの事は言うな。いらぬ心配をかけたくない」と語った小次郎の言葉を思い出したから。
「何だ、そこまで言いかけてやめるな。気になるではないか」
「……いや、でも………」
「何だ。何があった? 私で役に立てるのなら、何でも協力するぞ。頼むから何か隠している事があるのなら教えてくれ」
「……でも」
「四郎!」
「……わかった。……実はさ………」
だが、真剣に寄り添おうとしてくれる千紗の言葉と、兄を心配するあまり抑えられない己の気持ちから、四郎はゆっくりと話し始めた。
小次郎が下野の役人から呼び出された事を。
そして先の戦において小次郎が謀反人として咎を負うかもしれないと言う事を。
先の戦で焼いてしまった下野国司、橘保国の館の修繕も終わろうかと言うある日、小次郎宛にその橘保国から一枚の書状が届けられた。
その書状の内容は、小次郎を下野国庁へと呼びつける内容で、あの日、四郎が懸念していた事が現実のものとなろうとしていた。
「兄貴どうするつもり? 素直に呼び出しに応じるつもりか?」
「応じるしかあるまい」
「どうして今更呼びつけるんだ。謝罪ならあの後直ぐに行ったじゃないか。それに約束通り下野守様の屋敷の修繕だって、ちゃんと……」
「とにかく、謀反の意思がない事を示す為にも、呼び出しに応じて、今一度ちゃんと謝罪するしかあるまい」
「でも、兄貴は何も悪くないのに、何で謝る必要があるんだよ。悪いのは全部あの盗賊のおっさんだろ? ……ったくあのおっさん、気付いたらまたいなくなってるし、てめぇが仕出かした事の責任は、てめぇでつけろってんだ。ホント疫病神のおっさんだよ!」
「そう責めてやるな。玄明の情報には助けられただろう。俺は玄明には心から感謝してるんだ」
「甘いよ兄貴は。だからあのおっさんが付け上がって、こんな事になるんだ」
怒りがおさまらない様子の四郎を、「まぁまぁ」と穏やかな笑みを浮かべながら宥める小次郎。
「心配するな。誤解はちゃんと解いてくる。誠心誠意話せば、きっと分かって貰えるはずさ」
「でも……」
「大丈夫。きっと大丈夫だから。他の者達にはこの事は言うなよ。いらぬ心配をかけたくないから」
「…………でも兄貴……」
不安げな様子の弟を安心させるためか、穏やかな微笑みを決して崩さない小次郎に、四郎はそれ以上何も言う事はできなくて――
翌日の早朝、館の者達がまだ寝静まっているうちに、数人の共を連れ下野へと旅立つ兄の姿を、四郎は一人静かに見送った。
◆◆◆
「のう四郎、小次郎は今日はどうした? 朝から姿を見かけぬが」
「あぁ、兄貴はちょっと私用でな。朝から出掛けてるんだ」
「そうなのか?」
昼頃、小次郎の不在に気付いた千紗が四郎にそんな問いを投げ掛けた。その会話の中、四郎がいつもと比べてどこか元気がない。そんな気がして
「どうしたのだ四郎? 今日のお主はどこか元気がないように見えるが、何かあったのか?」
千紗は不思議そうに四郎の顔を覗き込んだ。
なるべくは普段と変わらぬよう努めたいたつもりの四郎だったが、思いがけずかけられた千紗の気遣いに、一瞬言葉を失った。
「……」
「……四郎?」
小次郎が下野の役人に呼び出された事を、誤魔化すべきか、それとも正直に話すべきか考えていた四郎。
彼の脳裏に、ふと下野での千紗の活躍が思い起こされた。
千紗の一声で膠着状態だった戦況が動き、固く閉ざされていたはずの橘保国屋敷の門が開かれた。
開かれた事で、誤って屋敷に放ってしまった炎の鎮火に成功し、叔父達の戦意も削ぐ事ができた。
千紗の肩書きがあったからこそ、あの戦は沈静化に成功したのだ。
ならば千紗の肩書きがあれば、此度小次郎にかけられた謀反の疑いを晴らすことも可能なのではないだろうか。
ふと四郎の中にそんな淡い期待が芽生えて、無意識に四郎は千紗に救いを求めていた。
「……姫さん、あんたなら兄貴の事、何とか出来ないかな。この前の戦の時みたいに、太政大臣様の娘であるあんたなら……」
「何とかとは? どう言う意味だ? 小次郎に何かあったのか?」
「………いや、やっぱり……何でもない」
そこまで言いかけて、四郎は急に言葉を濁した。
「他の者達にはこの事は言うな。いらぬ心配をかけたくない」と語った小次郎の言葉を思い出したから。
「何だ、そこまで言いかけてやめるな。気になるではないか」
「……いや、でも………」
「何だ。何があった? 私で役に立てるのなら、何でも協力するぞ。頼むから何か隠している事があるのなら教えてくれ」
「……でも」
「四郎!」
「……わかった。……実はさ………」
だが、真剣に寄り添おうとしてくれる千紗の言葉と、兄を心配するあまり抑えられない己の気持ちから、四郎はゆっくりと話し始めた。
小次郎が下野の役人から呼び出された事を。
そして先の戦において小次郎が謀反人として咎を負うかもしれないと言う事を。
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