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第一幕 板東編
ありがとう
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「どうだ、その子の具合は」
ふと急に、寝ている朱雀帝の顔を覗き込みながら、小次郎が心配そうに尋ねた。
「うむ。以前に比べれば食欲も出てきておる。体調も少しずつだが回復しておるぞ」
「……そっか、良かった。………ゴメンな」
千紗から返ってきた答えに、小次郎はほっとしながら申し訳なさそうにそう言った。
「? 何故小次郎が謝る?」
「太郎のせいなんだろ。この子が落ち込んでるのは。あいつが迷惑をかけたのなら、従兄弟の俺が代わりに謝らなきゃと思って」
「小次郎のせいではあるまい」
「でも……」
「お主の悪い癖だな。すぐに色々なものを背負い込もうとする所」
「…………そうか?」
「そうだ。何でも背負い込もうとするな。全てを自分のせいだと思うな。だから周りの重圧に堪えきれなくなって身動きが取れなくなるのだ」
千紗からの指摘に、小次郎は苦笑いを浮かべて言った。
「……そっか。……そうだな。確かにそうかもしれない。俺は、身動きが取れなくなる程に一人焦っていたのかもしれない」
「焦っていた? 何を焦っていたのだ?」
「早く一人前にならなきゃ、親父に負けないくらいの立派な人間にならなきゃって。親父が守って来た土地と、そこに住まう民人達を安心させたいって。そして……再び彼等を安心させる事が出来たなら、この地は一旦四郎に預けて、俺は再び京へ戻りたいと焦っていた」
「……京へ?」
「あぁ。お前と、約束してたからな。お前に釣り合う男になって、また必ずお前の元へ戻るって」
「……小次郎……」
「なのに国を安定させるどころか、伯父上達に戦を仕掛けられ、国を奪われ、民達には苦労をかけてばかり。全然自分の思い通りにならなくて、そんな自分が情けなくて、情けない姿なんてお前や京で世話になった人達には見せられない、そう思って連絡もとろうとしなかった」
「……」
「それが逆に心配かけて、お前を坂東までこさせる事になってしまった。正直、千紗にだけは見せたくなかったのにな。俺の情けない姿なんて」
「……小次郎……」
「だから、お前を突き放そうとしたんだ。俺の情けない姿を見せて、お前に呆れられたくなくて」
「……」
「なのに、お前は離れて行くどころか、突き放せば突き放す程食い下がって来て、正直困った」
「……」
「……でも……嬉かった」
そう言って、小次郎は横にいる千紗へと真っ直な視線を向ける。
「………ありがとな千紗、こんな俺を見捨てず側にいてくれて、ありがとう。側で支えてくれてありがとう」
感謝を口にする小次郎に、もう苦し気な表情はなく、穏やかな顔で微笑んでいた。
そして小次郎は、隣に座る千紗の体をそっと抱き寄せると、千紗の存在を確かめるように千紗の体を優しく抱き締め、四度目の「ありがとう」を囁いた。
千紗もまた、久しぶりの小次郎の温もりに甘えるかのようにギュッと小次郎を抱き締め返す。自分は小次郎に嫌われたわけではなかったのだと、嬉しさに顔を綻ばせながら。
その時、不意に衣擦れの音がして二人は体を離す。
音の方へと視線を向けると、眠っていた朱雀帝が寝返りをうったようで、二人に背を向けていた。
「……わるい、うるさくして。寝ている所を邪魔してしまったかな?」
朱雀帝が起きたのではいかと、小次郎は申し訳なさそうに言った。
千紗は掛布代わりにかけられた着物をそっとかけ直してやりながら、朱雀帝の顔を除き込む。
「いや、大丈夫みたいだ。気持ちよさそうに眠っておる」
「そうか。なら……良かった」
だが、この時朱雀帝は既に目を覚ましていた。二人の話し声に目を覚ました朱雀帝は、抱き合う二人の姿を目撃していた。
その姿に自分でも不思議な程、胸が苦しくなるのを感じて、思わず背を向けてしまったのだ。
二人の会話を背中越に聞きながら、朱雀帝はギリギリと掛布に隠れた手をきつく握り締めていた。
そんな朱雀帝の様子にも気付かずに、それから先も暫くの間、小次郎と千紗の二人は他愛のない話を交わしては笑い合った。離れていた間の時を埋めるように――
ふと急に、寝ている朱雀帝の顔を覗き込みながら、小次郎が心配そうに尋ねた。
「うむ。以前に比べれば食欲も出てきておる。体調も少しずつだが回復しておるぞ」
「……そっか、良かった。………ゴメンな」
千紗から返ってきた答えに、小次郎はほっとしながら申し訳なさそうにそう言った。
「? 何故小次郎が謝る?」
「太郎のせいなんだろ。この子が落ち込んでるのは。あいつが迷惑をかけたのなら、従兄弟の俺が代わりに謝らなきゃと思って」
「小次郎のせいではあるまい」
「でも……」
「お主の悪い癖だな。すぐに色々なものを背負い込もうとする所」
「…………そうか?」
「そうだ。何でも背負い込もうとするな。全てを自分のせいだと思うな。だから周りの重圧に堪えきれなくなって身動きが取れなくなるのだ」
千紗からの指摘に、小次郎は苦笑いを浮かべて言った。
「……そっか。……そうだな。確かにそうかもしれない。俺は、身動きが取れなくなる程に一人焦っていたのかもしれない」
「焦っていた? 何を焦っていたのだ?」
「早く一人前にならなきゃ、親父に負けないくらいの立派な人間にならなきゃって。親父が守って来た土地と、そこに住まう民人達を安心させたいって。そして……再び彼等を安心させる事が出来たなら、この地は一旦四郎に預けて、俺は再び京へ戻りたいと焦っていた」
「……京へ?」
「あぁ。お前と、約束してたからな。お前に釣り合う男になって、また必ずお前の元へ戻るって」
「……小次郎……」
「なのに国を安定させるどころか、伯父上達に戦を仕掛けられ、国を奪われ、民達には苦労をかけてばかり。全然自分の思い通りにならなくて、そんな自分が情けなくて、情けない姿なんてお前や京で世話になった人達には見せられない、そう思って連絡もとろうとしなかった」
「……」
「それが逆に心配かけて、お前を坂東までこさせる事になってしまった。正直、千紗にだけは見せたくなかったのにな。俺の情けない姿なんて」
「……小次郎……」
「だから、お前を突き放そうとしたんだ。俺の情けない姿を見せて、お前に呆れられたくなくて」
「……」
「なのに、お前は離れて行くどころか、突き放せば突き放す程食い下がって来て、正直困った」
「……」
「……でも……嬉かった」
そう言って、小次郎は横にいる千紗へと真っ直な視線を向ける。
「………ありがとな千紗、こんな俺を見捨てず側にいてくれて、ありがとう。側で支えてくれてありがとう」
感謝を口にする小次郎に、もう苦し気な表情はなく、穏やかな顔で微笑んでいた。
そして小次郎は、隣に座る千紗の体をそっと抱き寄せると、千紗の存在を確かめるように千紗の体を優しく抱き締め、四度目の「ありがとう」を囁いた。
千紗もまた、久しぶりの小次郎の温もりに甘えるかのようにギュッと小次郎を抱き締め返す。自分は小次郎に嫌われたわけではなかったのだと、嬉しさに顔を綻ばせながら。
その時、不意に衣擦れの音がして二人は体を離す。
音の方へと視線を向けると、眠っていた朱雀帝が寝返りをうったようで、二人に背を向けていた。
「……わるい、うるさくして。寝ている所を邪魔してしまったかな?」
朱雀帝が起きたのではいかと、小次郎は申し訳なさそうに言った。
千紗は掛布代わりにかけられた着物をそっとかけ直してやりながら、朱雀帝の顔を除き込む。
「いや、大丈夫みたいだ。気持ちよさそうに眠っておる」
「そうか。なら……良かった」
だが、この時朱雀帝は既に目を覚ましていた。二人の話し声に目を覚ました朱雀帝は、抱き合う二人の姿を目撃していた。
その姿に自分でも不思議な程、胸が苦しくなるのを感じて、思わず背を向けてしまったのだ。
二人の会話を背中越に聞きながら、朱雀帝はギリギリと掛布に隠れた手をきつく握り締めていた。
そんな朱雀帝の様子にも気付かずに、それから先も暫くの間、小次郎と千紗の二人は他愛のない話を交わしては笑い合った。離れていた間の時を埋めるように――
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