時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
160 / 287
第一幕 板東編

嵐の後で

しおりを挟む
小次郎軍が兵を引き上げてから程無くして、良兼軍に援軍が駆け付けた。


「良兼様、良正様、御無事ですか?!」
「おぉ撫子、来てくれたのか」

「太郎様、繁盛様!」
「……義姉様」


夫の安否を心配した彼等の妻達が、父源護の軍を連れ下野国司の館まで駆け込んで来たのだ。


「良兼殿、遅くなり申した」

「これはこれは護殿。来てくださったのですか。ありがとうございます。ですが申し訳ない。小次郎軍は既に撤退した後でございまして……」


良兼の話に護は周囲を見回す。

二千以上いたはずの兵が、今や二百にも満たない数になっていたこと、更には兵士達のくたくたに疲れきった姿に護は烈火の如く怒り出す。


「こ、これはどう言う事か良兼殿。二千を越える数の兵を用意してやったと言うのに、そなた達は負けたと申すのか? そんな……ばかな事が……?」

「面目次第もございません」

「それに何故館が焼かれている。もしやそなた達が自棄を起こして焼いたのか?」

「め、滅相もございません! 下野国司であらせられる保国殿の屋敷に火を放つなど、そんな恐れ多い事この良兼には出来ませぬ」

「ならば何故館が燃えている。鉄壁の要塞にいながらして、兵数兵数ちからで劣る相手に何故負けたのだ?」

「…………それは…………」


良兼は小次郎との戦の全容を全て源護に話して聞かせた。

小次郎に待ち伏せされた挙げ句挟み撃ちにあい、味方の兵を削がれた事。逃げた先で火計にあい、何故か敵であるはずの小次郎軍と共に火消しに励んだ事。己の恥も何もかもを全て、包み隠さず話して訊かせた。

良兼の話に、何故か急に狂ったように笑いはじめる護。


「……は、ははは。ははははは。そうか、屋敷に火を放ったは将門の方だったか。何と恐れ多い事を」

「……護……殿?」

「良兼殿、良正殿、ようやった。ようやってくれたな」


先程まで酷く苛立っていたはずが、突然上機嫌に良兼と良正を労いはじめた護の変化に、二人は訳が分からず、訝しんだ様子で互いに顔を見合せた。


「ふふふ、ふはははは。これで将門を追い詰められる。天は我らに味方した。ふははははは。まだ終わっていない。この戦ははまだ終わってなどいないぞ!」

「………護殿、それはいったいどう言う意味でしょうか?」


狂ったように、いつまでも高笑いを浮かべる護に、良兼は恐怖を感じながらも恐る恐る聞き返した。


「将門は国の役人に牙を向いたのだ。これは謀反も同じ事。ですよね下野守――橘保国様」


突然護に話を振られ、ギクリと肩を跳ねあげる保国。


「そ、それは……」

「今すぐ、京にこの事実を報せて下さい。奴は謀反人だと御上に訴えて下さい」

「ちょ、ちょっと待ってくだせえ。それは違います」


護の保国への要求に、慌てて口を出したのは良兼軍の兵士達。


「将門様の軍は一生懸命、下野守様のお屋敷の火を消そうとしていたんです。我等を救って下さったのは将門様だ。あの方がいなかったら屋敷は全焼して、おいら達は今頃この館と一緒に丸焼きになっていたかもしれねぇ。我等を救って下さったあの方が謀反人だなんてとんでもねぇ話です」

「「「そうだ、そうだ!」」」


一人の兵士の異議に他の兵士達も皆力強く賛同する。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

水野勝成 居候報恩記

尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。 ⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。 ⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。 ⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/ 備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。 →本編は完結、関連の話題を適宜更新。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

【アラウコの叫び 】第3巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎週月曜07:20投稿】 3巻からは戦争編になります。 戦物語に関心のある方は、ここから読み始めるのも良いかもしれません。 ※1、2巻は序章的な物語、伝承、風土や生活等事を扱っています。 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 youtubeチャンネル名:heroher agency insta:herohero agency

拾われ子だって、姫なのです!

田古みゆう
歴史・時代
南蛮人、南蛮人って。わたくしはれっきとした倭人よ! お江戸の町で与力をしている井上正道と、部下の高山小十郎は、二人の赤子をそれぞれ引き取り、千代と太郎と名付け育てることに。 月日は流れ、二人の赤子はすくすくと成長した。見目麗しい姿と珍しい青眼を持つため、周囲からは奇異の眼で見られる。こそこそと噂をされるたび、千代は自分は一体何者なのだろうかと、自身の出自について悩んでいた。唯一同じ青眼を持つ太郎と悩みを分かち合おうにも、何かを知っていそうな太郎はあまり多くを語らない。それがまた千代を悶々とさせていた。 そんな千代を周囲の者は遠巻きに見ながらも、その麗しさに心奪われる者は多く、やがて年頃の千代にも縁談話が持ち上がる。 しかし、当の千代はそんなことには興味がなく。寄ってくる男を、口八丁手八丁で退けてばかり。 果たして勝気な姫様の心を射止める者が、このお江戸にいるのかっ!? 痛快求婚譚、これよりはじまりはじまり〜♪

処理中です...