時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
151 / 285
第一幕 板東編

合流

しおりを挟む
その頃――

清太が呼びに行った千紗と春太郎、そして朱雀帝の一向は、小次郎軍の待つ下野国司の館付近までやって来ていた。


「ん?」


千紗を後ろに乗せ、先頭を走っていた清太が不意に馬を止める。

周りには木も家も、隠れる場所などどこにもない、永遠と続く田んぼの畦道。

その見晴らしの良い場所で、前方から馬に乗ってやってくる人影に気付いたのだ。


「どうしたのじゃ清太?」

「誰か来る」


清太の言葉に、千紗を始め清太の操る馬の後ろついてきていた春太郎と朱雀帝の間に緊張が走った。


「そこにいるのは誰?」


そんな皆の緊張を一身に背負って、普段はおちゃらけている清太が珍しく真剣な声色で前方の人影に向かって短く問い掛ける。

すると、清太のに前方の人影も同じく警戒を示すかと思いきや、何故か速度を速めてこちらに向かって駆け寄って来て――


「千紗姫様っ!」


と、暗闇の中千紗の名を呼んだ。

そのどこか聞き慣れた声に、緊張から強ばっていた千紗の顔が一瞬にしてほどけて行く。

そして清太の操る馬から飛び降り、人影の方へと自ら駆け寄って行った。「秋成!」と叫びながら。


「千紗姫様、お待ちしておりました。清太もご苦労だったな」

「な、何だよ、秋成の兄貴かよ~。もぉ、脅かすなんて酷いじゃないか。ってか何で兄貴がここにいるんだよ~?」


人影の正体に、一気に緊張がほどけた様子の清太。
へなへなと馬の首もとに抱き付くと、先程の緊張した声から一転、情けない程力の抜けた声でそう疑問を投げ掛けた。


「驚かせてすまなかったな。だが、急ぎ千紗姫様をお連れしなければと思って、ここまでお迎えにあがりました」

「……秋成………では、小次郎が……」


千紗を迎えに来たと言う秋成に、千紗が何かを言いかけた時、突如後ろにいた春太郎と朱雀帝が「わっ」と大きな声を上げる。


「何じゃ、何事じゃ?!」

「あ、あれ……あれを……見て……」


そう言いながら、すっと前方を指差す春太郎。

どこか怯えた様子の春太郎と朱雀帝に首を傾げながら、春太郎が指し示した方向へと振り返る千紗。

瞬間、目に飛び込んで来た光景に、千紗は絶句した。


「な……なんじゃ……あれは……」


月も星も見えない暗いはずの夜空を、不気味な紅色がじわりじわりと染め上げて行くのだ。


「馬鹿な、どうして……」


その紅く染まりゆく空に、秋成もまた驚きの声を上げた。


「秋成! 戦況は? 戦況は今どうなっておる? 小次郎は本気で伯父達を討とうとしているのか?」

「いえ……兄上は、敵を殲滅するよう決断を迫られ、酷く苦しんでいるご様子でした。本当は誰かに戦いを止めて欲しいと、俺には兄上が心の中でそう叫んでいるよう見えました。だからここに貴方様をお呼びした。今ならば、まだ間に合う。まだ兄上を止められる。そう思ったから俺はここへ……」


千紗を呼んだのに、なのにどうして?
どうして館の方角から火の手が?
秋成は小次郎の本心を見謝ったと言うのか?

ここまで第三者として、冷静に物事を見守り、判断して来たはずの秋成の心が焦った。


「秋成!」

「っ!?」


呆然と立ち尽くす秋成の腕を、不意に掴んだ千紗は彼の操る馬に強引に登ろうとする。


「千紗……姫様……」

「ボサッとしている場合ではないぞ。お主の言う通り、まだ小次郎の心に迷いがあるというならば、今からでも小次郎を止めに行かねば! ほら、早く小次郎の元へ案内してくれ!」

「……姫様……」


秋成を見上げる千紗の瞳は、どこまでも真っ直ぐで迷いがない。千紗はまだ、諦めてはいない。小次郎と交わした約束を、諦めてなど――

千紗の瞳は悔しい程真っ直ぐに小次郎の元へと向けられていて、彼女の瞳には小次郎の姿しか写ってはいない。そんないつも通りの千紗の姿に思わず笑いを溢しながら、彼女が握るその手をギュッと握り返し、千紗の体をグイっと抱き寄せた秋成は、自身が乗る馬へと力一杯引き上げた。


「仰せのままに。行きましょう、兄上の元へ!」


そして、千紗を連れ力を得た秋成は、もと来た道を颯爽と馬で駆け出して行く。

秋成の後に続けとばかりに、清太や春太郎もまた小次郎の元へと馬を急がせた。


『神様、どうか……どうかお願いします。小次郎と、小次郎の伯父達をお守り下さい。みんなみんな……どうか無事で……お願いします………』


激しく揺れる馬の背中。何とかそこから振り落とされまいと、必死にたてがみにしがみつきながら、千紗は何度も何度も天に祈った。

すると千紗の頬へ、ポツリと一滴の水が流れ落ちて――


「…………雨?」


思わず空を仰ぎ見た千紗。

見上げた空からはポツリポツリと、幾重にも水の雫が降り注いでいた。

そしてそれはまるで、千紗の祈りに応えるかのように、次第に勢いを増して行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...