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第一幕 板東編
隠し切れない本音
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隊を離れ一人になった小次郎は、屋敷から少し離れた薮の中にいた。
近くにあった大きめの岩に腰を下ろし、膝に頭を乗せながら、一人静かに考えを巡らせる。
何が正しい決断なのか。未だ見いだせないままの答えを導き出す為に。
玄明は言った。『戦において、敵に情けをかける事は、後に死に繋がりかねない』と。
四郎は言った。『伯父貴達に情けをかけて見逃して、その情けを有り難がるような人達とは思えない。むしろ馬鹿にされたと怒りを深めるかもしれない。そうなったら、また豊田を襲いに来るに決まってる。それじゃあ、現状と何も変わらない』と。
秋成は言った。『何故そうやって最初から決めつけて諦めるのですか? 相手だって、かけた情けに報いるかもしれない。先の事なんて誰にも分からない。難しい事は今は置いておいて、まずは自分の気持ちに正直になってみませんか』と。
ならば、小次郎の正直な気持ちとは?
戦へ赴く前、情けなくも吐露した言葉が頭に浮かぶ。
――『……ない。争いたくなど……ない……。身内同士で殺し会うなど、もう二度としたくないのに……』
きっとこれが小次郎の中にある本心なのだう。
それでも一度は己の意志で伯父達と戦う覚悟を決めた。豊田の民を守る為に。大切なものを守る為に。
悩んで悩んで、やっとそう決心したはずだったのに――やはり心の何処かでは、まだ躊躇いが残っていたようで、伯父と戦う覚悟はしても、伯父を討つ覚悟まではしきれていなかったのだと思い知らされた。
何故ならば、小次郎にとって伯父達もまた、大切な人達……なのだから。
まだ幼かった四郎とは違い、小次郎には伯父達と共に暮らした懐かしい記憶がある。忘れられない思い出がある。
一国を預かる棟梁の立場からすれば、四郎や玄明の言う通り、国を脅かす伯父達をここで討つ事が正しい判断なのだろう。
だが、平小次郎将門と言う一人の人間としては、家族同然に子供時代を過ごした伯父達を、殺したくないとどうしても願ってしまうのだ。
――『最近な、怖くて堪らないんだ。俺の言動に、この豊田に住まう民人の生活が、かかっているのかと思うと……。自分の行動は正しいものなのか?自分が下した決断は、本当に間違っていないのか?考えれば考える程、不安で……身動きが取れなくなる。人の上に立つと言う事が、こんなにも怖い事だったのかと思い知らされる』
今改めて、人の討つ上に立つ事の重みや責任、難しさを突き付けられて、小次郎は「くそっ!」と叫びなら苛立ちを力一杯拳に乗せて地面を叩きつけた。
と、その瞬間、寝静まっていたはずの鳥達が突然、一斉に騒ぎ始めた。
「えっ?!」
驚きに思わず顔を上げた小次郎。見上げた先には真夜中だと言うのに赤々と染まる不気味な空が飛び込んで来た。
あの方向は――
伯父達が立て籠る、館がある方角だ。
「まさか、伯父上……」
思い浮かんだ可能性に、小次郎は息を飲む。呟きながら小次郎の脳裏には、ある記憶が甦っていた。小次郎の目の前で、業火の如く燃え盛る炎と、炎に包まれた伯父、国香の姿が――
――『小次郎! お主に捕まり恥をさらすくらいなら、わしは今ここで自らの手で生を終えよう。よくよくその目に焼き付けておけ。このわしの死に様を!』
『国香の伯父上っ!? お止めください! 俺は、貴方の命を奪う気などありはしません。ただ俺は……大事なものを守りたかっただけなのです』
『ならばわしも、大事なものを守るまでじゃ。武士としての意地と誇りをな』
『お止めください、お止めください伯父上!』
あの日――
貞盛の父、国香との戦に勝利したあの日、国香は甥である小次郎の目の前で自らの手で館に火を放ち、炎の渦へと身を投じて行った。
戦に負け、敵でありまた甥である小次郎に捕らわれる事を恥じての行動だった。
炎に焼かれ熱さに悶える伯父の姿。人が焼け焦げていく不快な臭い。
あの時の何とも無残な光景と感覚が……まざまざと脳裏に甦って小次郎は思わず吐き気に襲われる。
まさか良兼、良正達も、あの時の国香と同様に、自ら火を放ち死を選ぶつもらなのか?
――『よくよく目に焼き付けておけ! このわし、平国香の死に様をな!』
紅く染まり行く空に、国香の最後の姿を重ねながら、小次郎は唸るように吐き出した。
「……だ……嫌だっ……もう二度と……あんな光景は見たくない。絶対にあんな事……二度と繰り返してたまるか!」
窮地の中、見出だした小次郎の隠し切れない本音。
そして気が付くと、先程までの悩みも迷いも全て忘れて、小次郎は無意識のうちに走り出していた。
敵であり、家族でもあった伯父達を助ける為に――
近くにあった大きめの岩に腰を下ろし、膝に頭を乗せながら、一人静かに考えを巡らせる。
何が正しい決断なのか。未だ見いだせないままの答えを導き出す為に。
玄明は言った。『戦において、敵に情けをかける事は、後に死に繋がりかねない』と。
四郎は言った。『伯父貴達に情けをかけて見逃して、その情けを有り難がるような人達とは思えない。むしろ馬鹿にされたと怒りを深めるかもしれない。そうなったら、また豊田を襲いに来るに決まってる。それじゃあ、現状と何も変わらない』と。
秋成は言った。『何故そうやって最初から決めつけて諦めるのですか? 相手だって、かけた情けに報いるかもしれない。先の事なんて誰にも分からない。難しい事は今は置いておいて、まずは自分の気持ちに正直になってみませんか』と。
ならば、小次郎の正直な気持ちとは?
戦へ赴く前、情けなくも吐露した言葉が頭に浮かぶ。
――『……ない。争いたくなど……ない……。身内同士で殺し会うなど、もう二度としたくないのに……』
きっとこれが小次郎の中にある本心なのだう。
それでも一度は己の意志で伯父達と戦う覚悟を決めた。豊田の民を守る為に。大切なものを守る為に。
悩んで悩んで、やっとそう決心したはずだったのに――やはり心の何処かでは、まだ躊躇いが残っていたようで、伯父と戦う覚悟はしても、伯父を討つ覚悟まではしきれていなかったのだと思い知らされた。
何故ならば、小次郎にとって伯父達もまた、大切な人達……なのだから。
まだ幼かった四郎とは違い、小次郎には伯父達と共に暮らした懐かしい記憶がある。忘れられない思い出がある。
一国を預かる棟梁の立場からすれば、四郎や玄明の言う通り、国を脅かす伯父達をここで討つ事が正しい判断なのだろう。
だが、平小次郎将門と言う一人の人間としては、家族同然に子供時代を過ごした伯父達を、殺したくないとどうしても願ってしまうのだ。
――『最近な、怖くて堪らないんだ。俺の言動に、この豊田に住まう民人の生活が、かかっているのかと思うと……。自分の行動は正しいものなのか?自分が下した決断は、本当に間違っていないのか?考えれば考える程、不安で……身動きが取れなくなる。人の上に立つと言う事が、こんなにも怖い事だったのかと思い知らされる』
今改めて、人の討つ上に立つ事の重みや責任、難しさを突き付けられて、小次郎は「くそっ!」と叫びなら苛立ちを力一杯拳に乗せて地面を叩きつけた。
と、その瞬間、寝静まっていたはずの鳥達が突然、一斉に騒ぎ始めた。
「えっ?!」
驚きに思わず顔を上げた小次郎。見上げた先には真夜中だと言うのに赤々と染まる不気味な空が飛び込んで来た。
あの方向は――
伯父達が立て籠る、館がある方角だ。
「まさか、伯父上……」
思い浮かんだ可能性に、小次郎は息を飲む。呟きながら小次郎の脳裏には、ある記憶が甦っていた。小次郎の目の前で、業火の如く燃え盛る炎と、炎に包まれた伯父、国香の姿が――
――『小次郎! お主に捕まり恥をさらすくらいなら、わしは今ここで自らの手で生を終えよう。よくよくその目に焼き付けておけ。このわしの死に様を!』
『国香の伯父上っ!? お止めください! 俺は、貴方の命を奪う気などありはしません。ただ俺は……大事なものを守りたかっただけなのです』
『ならばわしも、大事なものを守るまでじゃ。武士としての意地と誇りをな』
『お止めください、お止めください伯父上!』
あの日――
貞盛の父、国香との戦に勝利したあの日、国香は甥である小次郎の目の前で自らの手で館に火を放ち、炎の渦へと身を投じて行った。
戦に負け、敵でありまた甥である小次郎に捕らわれる事を恥じての行動だった。
炎に焼かれ熱さに悶える伯父の姿。人が焼け焦げていく不快な臭い。
あの時の何とも無残な光景と感覚が……まざまざと脳裏に甦って小次郎は思わず吐き気に襲われる。
まさか良兼、良正達も、あの時の国香と同様に、自ら火を放ち死を選ぶつもらなのか?
――『よくよく目に焼き付けておけ! このわし、平国香の死に様をな!』
紅く染まり行く空に、国香の最後の姿を重ねながら、小次郎は唸るように吐き出した。
「……だ……嫌だっ……もう二度と……あんな光景は見たくない。絶対にあんな事……二度と繰り返してたまるか!」
窮地の中、見出だした小次郎の隠し切れない本音。
そして気が付くと、先程までの悩みも迷いも全て忘れて、小次郎は無意識のうちに走り出していた。
敵であり、家族でもあった伯父達を助ける為に――
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