時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
145 / 287
第一幕 板東編

下野国庁付近の戦い⑥

しおりを挟む
両側から挟み撃ちで奇襲を仕掛けてくる小次郎軍。
対する良兼は、いつの間にか追い詰められた状況に、憎々しげに唸り声を上げた。


「お~の~れ~~~小次郎め~! よくも、よくもやってくれたな~!」


だが、どんなに唸ってみたところで、手足をもがれた今の良兼軍では、精鋭揃いと名高い小次郎軍に対抗しうる手立ては思い付かなかった。


「仕方ない。良正、貞盛、重盛、ここは一旦退くぞ」

「そうだな良兼兄い。ここは一度引いて、体制を立て直した方が良い。だいぶ戦力を削がれたとは言え、数ではまだ俺達の方が勝っているはずだ。体制さえ立て直せたら、きっとまだ勝ち目はある」


早々に退却を選択した良兼に、賛成を示す良正。


「しかし伯父上、ここで逃げるなど私はしたくありません。数で勝っていると言うならば、きっとまだ勝ち目はあります。たがら今暫くは戦って様子を見るべきです」


反対に繁盛は、良兼の決断に納得できない様子で強く反対の意を唱えた。


「ええい、黙れ重盛! 口答えは許さんぞ。将は私だ。私が退けと言ったからには退くのだ! 」

「ですが、退くと言ったって、一体どこへ逃げるおつもりですか? 敵に背中を見せ撃たれたとあっては、俺達は坂東中の笑い者になりますよ」

「そんな事には絶対させぬわ。絶対逃げおおせてみせる。わしだって何の考えなしに言っているわけではない。考えがあっての策だ」

「考え? それはどのような策なのですか?」

「思い出してみろ。ここは下野の地に近い。そして下野国庁にも近い」

「なるほど、良兼の兄いは下野の国府庁に逃げ込むつもりなのか」


隣で訊いていた良正が口を挟む。


「そうだ。わしは上総介として下野の役人とも面識がある。必ずやわし等の力となってくれよう。国庁にさえ逃げ込めれば、きっと小次郎はわし等に手出しできなくなる。国庁に手を出すと言う事、それ即ち国家の謀反人となると言う事だからな。その間に時間を稼いで体制を立て直せれば、わし等にもまだ勝機はある。だからここは一旦退くのだ」

「……ですが」

「良いから引け! これは命令だ!」

「…………分かり……ました……」


良兼の一喝に、渋々同意を示した繁盛。

未だに納得はできていない様子で、強く唇を噛みしめながら、悔しさに満ちた声で自国の兵に退却を命じた。


「皆、一旦退くぞ! いいか、ここは良兼様の後に続け。逃げ出す事は決して許さない! 少しでも逃げようとする者がいたら、後ろから俺が射殺してやるから覚悟しろ!」


繁盛が放つ凄まじい程の威圧感に、兵士達は顔を真っ青に染めながら、彼の命に従った。


「おのれ平小次郎将門! 俺は絶対にお前を許さない! 」


そう悔しげに怨み言を吐き出しながら、繁盛は逃げる味方兵の最後尾について、何度も何度も後ろを振り返る。


「許さないからなっ!!」


茂みの隙間から一瞬、僅かに見えた小次郎の姿に最後の悪あがきとばかりに手にしていた矢を構え、怒りに任せてギリギリと力一杯弓矢を引いた繁盛。

小次郎に向けて照準を合わせた矢は“パン”と言う玄が切れた音と共に、物凄い勢いで飛んで行く。

そして、草原に生い茂る草花の間を突き抜けて、小次郎の元へと一直線に突き進む。


「死ねっ!将門っ!!」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

梅すだれ

木花薫
歴史・時代
江戸時代の女の子、お千代の一生の物語。恋に仕事に頑張るお千代は悲しいことも多いけど充実した女の人生を生き抜きます。が、現在お千代の物語から逸れて、九州の隠れキリシタンの話になっています。島原の乱の前後、農民たちがどのように生きていたのか、仏教やキリスト教の世界観も組み込んで書いています。 登場人物の繋がりで主人公がバトンタッチして物語が次々と移っていきます隠れキリシタンの次は戦国時代の姉妹のストーリーとなっていきます。 時代背景は戦国時代から江戸時代初期の歴史とリンクさせてあります。長編時代小説。長々と続きます。

陣借り狙撃やくざ無情譚(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)猟師として生きている栄助。ありきたりな日常がいつまでも続くと思っていた。  だが、陣借り無宿というやくざ者たちの出入り――戦に、陣借りする一種の傭兵に従兄弟に誘われる。 その後、栄助は陣借り無宿のひとりとして従兄弟に付き従う。たどりついた宿場で陣借り無宿としての働き、その魔力に栄助は魅入られる。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】 明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。 維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。 密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。 武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。 ※エブリスタでも連載中

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

処理中です...