時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
145 / 285
第一幕 板東編

下野国庁付近の戦い⑥

しおりを挟む
両側から挟み撃ちで奇襲を仕掛けてくる小次郎軍。
対する良兼は、いつの間にか追い詰められた状況に、憎々しげに唸り声を上げた。


「お~の~れ~~~小次郎め~! よくも、よくもやってくれたな~!」


だが、どんなに唸ってみたところで、手足をもがれた今の良兼軍では、精鋭揃いと名高い小次郎軍に対抗しうる手立ては思い付かなかった。


「仕方ない。良正、貞盛、重盛、ここは一旦退くぞ」

「そうだな良兼兄い。ここは一度引いて、体制を立て直した方が良い。だいぶ戦力を削がれたとは言え、数ではまだ俺達の方が勝っているはずだ。体制さえ立て直せたら、きっとまだ勝ち目はある」


早々に退却を選択した良兼に、賛成を示す良正。


「しかし伯父上、ここで逃げるなど私はしたくありません。数で勝っていると言うならば、きっとまだ勝ち目はあります。たがら今暫くは戦って様子を見るべきです」


反対に繁盛は、良兼の決断に納得できない様子で強く反対の意を唱えた。


「ええい、黙れ重盛! 口答えは許さんぞ。将は私だ。私が退けと言ったからには退くのだ! 」

「ですが、退くと言ったって、一体どこへ逃げるおつもりですか? 敵に背中を見せ撃たれたとあっては、俺達は坂東中の笑い者になりますよ」

「そんな事には絶対させぬわ。絶対逃げおおせてみせる。わしだって何の考えなしに言っているわけではない。考えがあっての策だ」

「考え? それはどのような策なのですか?」

「思い出してみろ。ここは下野の地に近い。そして下野国庁にも近い」

「なるほど、良兼の兄いは下野の国府庁に逃げ込むつもりなのか」


隣で訊いていた良正が口を挟む。


「そうだ。わしは上総介として下野の役人とも面識がある。必ずやわし等の力となってくれよう。国庁にさえ逃げ込めれば、きっと小次郎はわし等に手出しできなくなる。国庁に手を出すと言う事、それ即ち国家の謀反人となると言う事だからな。その間に時間を稼いで体制を立て直せれば、わし等にもまだ勝機はある。だからここは一旦退くのだ」

「……ですが」

「良いから引け! これは命令だ!」

「…………分かり……ました……」


良兼の一喝に、渋々同意を示した繁盛。

未だに納得はできていない様子で、強く唇を噛みしめながら、悔しさに満ちた声で自国の兵に退却を命じた。


「皆、一旦退くぞ! いいか、ここは良兼様の後に続け。逃げ出す事は決して許さない! 少しでも逃げようとする者がいたら、後ろから俺が射殺してやるから覚悟しろ!」


繁盛が放つ凄まじい程の威圧感に、兵士達は顔を真っ青に染めながら、彼の命に従った。


「おのれ平小次郎将門! 俺は絶対にお前を許さない! 」


そう悔しげに怨み言を吐き出しながら、繁盛は逃げる味方兵の最後尾について、何度も何度も後ろを振り返る。


「許さないからなっ!!」


茂みの隙間から一瞬、僅かに見えた小次郎の姿に最後の悪あがきとばかりに手にしていた矢を構え、怒りに任せてギリギリと力一杯弓矢を引いた繁盛。

小次郎に向けて照準を合わせた矢は“パン”と言う玄が切れた音と共に、物凄い勢いで飛んで行く。

そして、草原に生い茂る草花の間を突き抜けて、小次郎の元へと一直線に突き進む。


「死ねっ!将門っ!!」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...