143 / 286
第一幕 板東編
下野国庁付近の戦い④
しおりを挟む
矢に倒れる者があれば、混乱は更に深まって行く。
敵軍の兵達はついに、我こそは何とかして逃れようと、前後で道を塞ぐ味方に殴りかかる者達まで現れて、醜い仲間割れを始める始末。
見るに見かねた小次郎が、思わず敵軍に向かって大声で叫ぶ。
「茂みだ、茂みへ逃げろ!」
小次郎の声を受け、どこからともなく新たな声が加わった。
「茂みだ~茂みへ逃げろ~」
そして、その言葉は次から次へと伝染して行き、一人、また一人と、良兼軍の兵士達は隊列を外れて茂みの中へと逃げて行く。
「小次郎様? 何故敵にわざわざ逃げ場をお教えするのですか?」
逃げ出す幾人の敵兵を横目に見ながら、小次郎の部下の一人が唖然とした様子で小次郎に尋ねる。
尋ねた部下達に小次郎は迷いのない、凛とした物言いでこう返した。
「俺の目的は敵の戦力を削る事だ。殺す事じゃない。いいか、逃げて行く者達は放っておけ。絶対に手を出すな」と。
◆◆◆
その頃、良兼軍の間では――
「待て、逃げるな! 戦え!!」
小次郎の助言から、我先にと茂みへ向かって逃げ出す兵士達の姿で溢れる中、次から次へと降り注ぐ止まない矢の雨を勇ましく刀で払い除けながら、一人躍起になって逃げるなと訴える男の姿があった。
男の名は繁盛。貞盛の弟だ。
「伯父上。伯父上達もあの腰抜けどもを止めて下さい。これは敵の作戦です。こっちの人員を割くための――」
「こら良正、私を守れぇ! 守れ守れ、守ってくれぇ~!! 私は大将なのだぞ」
「うわ、良兼兄い、離してくれ。 俺だって今はそれどころじゃない。自分の身くらい自分で守ってもらわないと」
「何だと薄情な。 お前が一人では勝てないと泣きついてきたから手を貸してやったのに、わしへの恩を仇で返す気か?」
「はぁ? 兄いこそ一人じゃ何も出来ない木偶の坊だろう。小次郎を恐れ手をこまねいていたくせに!」
「な、なんだと!?」
「何だよ!」
だが、繁盛の必死の訴えも虚しく、大将と副将であるはずの良兼、良正は、みっともない兄弟喧嘩を始める始末で
「良兼叔父上、良正伯父上! 喧嘩などしている場合ではありません! 軍を建て直さないと。伯父上、伯父上! ……くそっ!」
自分の声など全く届いていない様子で、みっともない仲間割れを続ける二人を、腹立たしげに睨み付けながら、次は自分のすぐ隣にいるだろう兄、貞盛を呼ぶ繁盛。
「兄者、伯父上達では大将として役不足だ。こうなったら俺達でこの状況を何とかしなければ。とにかく兄者も逃げるあの腰抜け連中を何とかして止めてくれ。このままでは敵の思う壺だ。何とかして軍の建て直しを図らなければ」
だが、繁盛の言葉に、帰ってくる声はない。
「……兄者?」
不思議に思って、繁盛が視線を向ければ、そこにはもう既に貞盛の姿はなく――
「兄者? 兄者!? 何処に行ったんだ!?」
「恐れながら、も……申し上げます。貞盛様は誰よりも先に……茂みの方へと………向かわれて……」
繁盛直属の兵士の一人が恐る恐る進言する。
「まさか逃げたのか? 自分だけのこのこと、兄者は逃げたのか?」
「お、恐れながら……そのようにお見受けできましたが……」
貞盛の逃走の一部始終を見ていたらしい部下の報告に繁盛は言葉を失う。
将を見捨て、あっさりと逃げ出して行く部下達。足の引っ張りあいをするだけの無能な将。そして、部下も将も、そして弟さえもを見捨ててさっさと一人逃げ出した薄情な兄。
それら無情な出来事の数々に、ついに繁盛の怒りは爆発した。
「逃げるな、戦え! さもなくばお前達の命、今ここでこの俺が貰い受ける!」
逃げ惑う兵の一人を掴まえて、見せしめとばかりに首を無惨にも斬り落としてみせた繁盛。
怒り狂った繁盛の行動に、目撃した兵士の多くは逃げる事も忘れ、その場にへなへなと座り込む中、繁盛は一人低く唸るような声で小次郎への怨み言を吐き捨てるのだった。
「おのれ小次郎将門、許さんぞ。俺は絶対にお前を許さない!」
敵軍の兵達はついに、我こそは何とかして逃れようと、前後で道を塞ぐ味方に殴りかかる者達まで現れて、醜い仲間割れを始める始末。
見るに見かねた小次郎が、思わず敵軍に向かって大声で叫ぶ。
「茂みだ、茂みへ逃げろ!」
小次郎の声を受け、どこからともなく新たな声が加わった。
「茂みだ~茂みへ逃げろ~」
そして、その言葉は次から次へと伝染して行き、一人、また一人と、良兼軍の兵士達は隊列を外れて茂みの中へと逃げて行く。
「小次郎様? 何故敵にわざわざ逃げ場をお教えするのですか?」
逃げ出す幾人の敵兵を横目に見ながら、小次郎の部下の一人が唖然とした様子で小次郎に尋ねる。
尋ねた部下達に小次郎は迷いのない、凛とした物言いでこう返した。
「俺の目的は敵の戦力を削る事だ。殺す事じゃない。いいか、逃げて行く者達は放っておけ。絶対に手を出すな」と。
◆◆◆
その頃、良兼軍の間では――
「待て、逃げるな! 戦え!!」
小次郎の助言から、我先にと茂みへ向かって逃げ出す兵士達の姿で溢れる中、次から次へと降り注ぐ止まない矢の雨を勇ましく刀で払い除けながら、一人躍起になって逃げるなと訴える男の姿があった。
男の名は繁盛。貞盛の弟だ。
「伯父上。伯父上達もあの腰抜けどもを止めて下さい。これは敵の作戦です。こっちの人員を割くための――」
「こら良正、私を守れぇ! 守れ守れ、守ってくれぇ~!! 私は大将なのだぞ」
「うわ、良兼兄い、離してくれ。 俺だって今はそれどころじゃない。自分の身くらい自分で守ってもらわないと」
「何だと薄情な。 お前が一人では勝てないと泣きついてきたから手を貸してやったのに、わしへの恩を仇で返す気か?」
「はぁ? 兄いこそ一人じゃ何も出来ない木偶の坊だろう。小次郎を恐れ手をこまねいていたくせに!」
「な、なんだと!?」
「何だよ!」
だが、繁盛の必死の訴えも虚しく、大将と副将であるはずの良兼、良正は、みっともない兄弟喧嘩を始める始末で
「良兼叔父上、良正伯父上! 喧嘩などしている場合ではありません! 軍を建て直さないと。伯父上、伯父上! ……くそっ!」
自分の声など全く届いていない様子で、みっともない仲間割れを続ける二人を、腹立たしげに睨み付けながら、次は自分のすぐ隣にいるだろう兄、貞盛を呼ぶ繁盛。
「兄者、伯父上達では大将として役不足だ。こうなったら俺達でこの状況を何とかしなければ。とにかく兄者も逃げるあの腰抜け連中を何とかして止めてくれ。このままでは敵の思う壺だ。何とかして軍の建て直しを図らなければ」
だが、繁盛の言葉に、帰ってくる声はない。
「……兄者?」
不思議に思って、繁盛が視線を向ければ、そこにはもう既に貞盛の姿はなく――
「兄者? 兄者!? 何処に行ったんだ!?」
「恐れながら、も……申し上げます。貞盛様は誰よりも先に……茂みの方へと………向かわれて……」
繁盛直属の兵士の一人が恐る恐る進言する。
「まさか逃げたのか? 自分だけのこのこと、兄者は逃げたのか?」
「お、恐れながら……そのようにお見受けできましたが……」
貞盛の逃走の一部始終を見ていたらしい部下の報告に繁盛は言葉を失う。
将を見捨て、あっさりと逃げ出して行く部下達。足の引っ張りあいをするだけの無能な将。そして、部下も将も、そして弟さえもを見捨ててさっさと一人逃げ出した薄情な兄。
それら無情な出来事の数々に、ついに繁盛の怒りは爆発した。
「逃げるな、戦え! さもなくばお前達の命、今ここでこの俺が貰い受ける!」
逃げ惑う兵の一人を掴まえて、見せしめとばかりに首を無惨にも斬り落としてみせた繁盛。
怒り狂った繁盛の行動に、目撃した兵士の多くは逃げる事も忘れ、その場にへなへなと座り込む中、繁盛は一人低く唸るような声で小次郎への怨み言を吐き捨てるのだった。
「おのれ小次郎将門、許さんぞ。俺は絶対にお前を許さない!」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。


猿の内政官の息子 ~小田原征伐~
橋本洋一
歴史・時代
※猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~という作品の外伝です。猿の内政官の息子の続編です。全十話です。
猿の内政官の息子、雨竜秀晴はある日、豊臣家から出兵命令を受けた。出陣先は関東。惣無事令を破った北条家討伐のための戦である。秀晴はこの戦で父である雲之介を超えられると信じていた。その戦の中でいろいろな『親子』の関係を知る。これは『親子の絆』の物語であり、『固執からの解放』の物語である。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
大陰史記〜出雲国譲りの真相〜
桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ
拾われ子だって、姫なのです!
田古みゆう
歴史・時代
南蛮人、南蛮人って。わたくしはれっきとした倭人よ!
お江戸の町で与力をしている井上正道と、部下の高山小十郎は、二人の赤子をそれぞれ引き取り、千代と太郎と名付け育てることに。
月日は流れ、二人の赤子はすくすくと成長した。見目麗しい姿と珍しい青眼を持つため、周囲からは奇異の眼で見られる。こそこそと噂をされるたび、千代は自分は一体何者なのだろうかと、自身の出自について悩んでいた。唯一同じ青眼を持つ太郎と悩みを分かち合おうにも、何かを知っていそうな太郎はあまり多くを語らない。それがまた千代を悶々とさせていた。
そんな千代を周囲の者は遠巻きに見ながらも、その麗しさに心奪われる者は多く、やがて年頃の千代にも縁談話が持ち上がる。
しかし、当の千代はそんなことには興味がなく。寄ってくる男を、口八丁手八丁で退けてばかり。
果たして勝気な姫様の心を射止める者が、このお江戸にいるのかっ!?
痛快求婚譚、これよりはじまりはじまり〜♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる