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第一幕 板東編
下野国庁付近の戦い②
しおりを挟む「はぁ。どうして俺達が戦に駆り出されなきゃいけないんだ。全く、迷惑な話だぜ」
「馬鹿おまえ。今の言葉がもし良兼様や良正様のお耳に入ったらお前殺されるぞ」
「けどよぉ……」
「仕方ねぇだろ。良兼様は現上総介上総介様。ここいらの豪族様達の中に上総介様に刃向かえる人間なんていやしないのさ。ましてやおいら達みたいな農民が、反抗なんて出来るわけがねぇ」
「それは分かってるけどよぉ……」
「黙って従うしかねぇんだ。もし逆らって、今より更に年貢の取り立てが厳しくなってみろ。おいら達は生きていかれねぇ。力のないおいら達がこの板東で生きて行く為には、力を持つ人に黙って従うしか道はねぇんだ」
「道、ねぇ。どっちに転んでも、結局俺達に生きる道なんてない気もするけどな」
「そんな事は……」
「だってそうだろ。この戦で俺達の土地は荒らされる。農繁期に人手も奪われて……良兼様が戦に勝とうが負けようが、俺達農民からは犠牲しか出やしないんだ。そんな俺達に生きる道なんて……」
「…………」
「全く迷惑な話だぜ、本当に」
小次郎達の目前を通過した行く敵の足軽兵士達の間からは、そんな不満の声が漏れ聞こえた。
彼等の声を、待ち伏せていた茂みの陰から聞いていた小次郎は、ぽつりと漏らす。
「これは、思っていた以上に敵の士気が低いな」
「そうですね」
彼等に同情しているのか、なんとも複雑な表情を浮かべ、彼等の姿を見送る小次郎に、隣にはいた秋成もまた短く同意を示した。
やっと敵が姿を現したと言うのに、未だ動く気配を見せない小次郎。ただじっと茂みに隠れ、息を潜め続ける。
何故ならば、これも小次郎の作戦の1つであり、今一度、自身が立てた作戦を兵士達と確認する。
「良いかみんな、今一度言っておくが足軽兵には手を出すな。俺達が狙うのはあくまで敵の心臓部だけだ」
「「「はい、小次郎様」」」
「俺が合図するまで絶対に動くな。俺達の存在を敵に気付かれるわけにはいかないからな」
「「「はい、小次郎様」」」
小次郎軍の兵達も総大将である小次郎の作戦を十分理解しているようで、素直な返事が返ってきた。
兵士達の頼もしい返事に、満足気に頷いた小次郎は再び敵軍へと視線を戻した。
「玄明の話では確か良兼伯父上も、それに太郎とその弟も、皆まとまって軍の中腹部にいると言っていたはず。となると、この大蛇の腹がここを通るのはまだまだ時間がかかりそうだ」
二千三百にもなる大部隊が、狭い獣道をたったの二列で進んで行く様子に、小次郎はそう言葉を漏らした。
「頭と尻尾。危険な場所を軽装の足軽兵達に守らせて、自分は安全な真ん中に身を置く。確かに玄明の言っていた通りのようだな」
目の前を歩いて行く、身を守りそうな鎧も兜も何も身に付けていない足軽兵達。手に持つ武器は鍬や鋤。戦に赴くにしてはとても頼りない格好の彼等を見つめながら、小次郎は再びそう小さく呟いた。
その瞳には怒っているような、悲しんでいるような、哀れんでいるような、何とも言えない表情を滲ませていた。
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