時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
138 / 285
第一幕 板東編

信じて託す想い

しおりを挟む
「では、行って参ります」

「あぁ……くれぐれも気をつけて。小次郎から目を離さないでおいてくれ」

「はい、分かっております。千紗姫様」

「もし……もし小次郎が少しでも躊躇いを見せたその時は……」

「はい。それも承知致しております」


それだけ言って、千紗に向け一礼する秋成。
その後で、視線を春太郎とヒナに向けて言った。


「春太郎、ヒナ、姫様の事を頼んだぞ」

「はい! 秋成の兄貴も、気を付けて……」


秋成の言葉に、力強く頷く春太郎とヒナ。二人の頼もしい姿に一瞬微かな笑みを浮かべながら、秋成もまた小次郎の後を追うべく馬を進めた。

「え、ちょっと、待ってよ秋成の兄貴。おいらを置いていかないでよ。ねぇ~てば~!!」

 
土煙を立てながら、遠く離れて行く小次郎や秋成、そして清太達の後ろ姿を見送りながら、千紗は見えなくなるその時まで、ずっとその場から、見送り続けていた。

見送りながら、昨夜の秋成との会話を思い返しす。


  ◇◇◇


『姫様、何をなされているのですか!』

『戦の準備じゃ! 私も小次郎に付いて行く!』

『何を馬鹿な事をっ!』

『馬鹿な事ではない。約束したのじゃ小次郎と! もし小次郎がこの戦に少しでも迷いを見せたら私が小次郎を止めると。あやつの心はまだ迷っている。伯父に刃を向ける事を迷っている。正直私にも何が正しいのかもう分からない。だが先の戦で伯父を殺した事をあやつは今も苦しんでいる。それだけは確かなのだ。小次郎にもう二度と同じ後悔はさせたくない。後悔の残る選択だけはさせたくない!』

『……姫様……だからと言って、あなたが兄上について行った所で、戦場では足手まといにしかなりません』

『分かっておる!お主に言われずとも、私には何の力もない事などもう十分分かっておるわ!! いつもそうじゃ。口でいくら偉そうな事を言ってみたところで、結局は何も出来ぬ。坂東の争いを止めると言って京を飛び出してみたものの、私はいったい何した? 何もしてはおらぬ。貴族と言えど、太政大臣の娘と言えど、所詮私には何の力もない。そんな事……もう嫌と言う程に理解しておる!』

『……姫様』

『それでもっ』

『諦められないのですね』


悔しそうに拳を握りしめる千紗の姿に、秋成は静かに言った。


『分かりました』

『……え?』

『俺が……俺が兄上に付いて行きます。兄上の側で俺が兄上を見張ります』

『……秋成……』

『もし兄上に迷いがあったその時は、俺が兄上を止めます。姫様に代わって』

『…………』

『姫様、今一度、貴方様の側を離れる無礼をお許し下さい』―――


  ◇◇◇


千紗に代わって小次郎へ付いて行くと申し出た秋成の秋成の瞳は、引き込まれそうな程に真っ直ぐで頼もしいものだった。秋成ならばきっと――

千紗は不意に何かを思い出したように、懐からあるものを取り出した。

布で包まれたを大事そうに一度胸に抱きながら、千紗はそっと布を開く。と、中から一枚の葉が顔を出した。

 
――『梛の葉は昔から゛苦難をなぎ倒してくれる゛と、そう信じられていてるのです。きっとこの葉が姫様の厄を、不安を、なぎ倒してくれる事でしょう。俺の姫様への忠義を断ち切る事は、何ものにも敵わない。何があろうと、俺は姫様のお側を離れはしません。その梛の葉のように、俺が姫様の身に降りかかる厄をなぎはらってみせます』――


その葉は半年前、坂東を目指す旅の道中に秋成りが、千紗への忠義の証しとして送ったあの椰の葉。
千紗にとって大切なお守りだ。

(お主を信じておる。信じているからな秋成……。小次郎の事、頼んだぞ。――あぁ神様お願いします。どうか……どうかあの二人を、何者からもお守り下さい。お願いします――)

 二人の姿がすっかり見えなくなって暫く後も、千紗は梛の葉をギュッと握り締めながら何度も何度も、二人の無事を天に願い続けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...