136 / 279
第一幕 板東編
出陣の朝
しおりを挟む
――936年6月27日
昨晩小次郎の元へともたらされた、伯父良兼出陣の報せを受け、小次郎率いる百余名の兵は、まだ日も登りかけの早朝、豊田を出立すべく小次郎の館の門前に集まっていた。
「小次郎様、小次郎様、 お待ちくだせぇ。是非ともおら達も連れて行ってくだせぇませ!」
「やっと決意さ固まりました。おいら達も小次郎様と戦うって。なぁ皆!!」
「「「おぉぉ~~!!!」」」
そこに豊田に住まう民人達が、群れを為して騒ぎ立てている。小次郎と共に良兼と戦うべく、自分達も戦地へ連れて行って欲しいと。
豊田に住まう民人達も、ついに小次郎と供に戦う覚悟を固めたようだ。
「すまないが、皆を連れて行くわけにはいかない」
だが小次郎は、民人達の申し出をきっぱりと断った。
「な、何故ですじゃ小次郎様?! 儂等では足手まといか? 鍬ばかり握っている儂等では小次郎様の役には立てねぇですか?」
「俺達だって必ずお役に立ってみせます。お願いします小次郎様、是非俺達も連れて行ってください」
「すまないが、その気持ちだけ貰って行くよ。ありがとう。前にも話したと思うが、今回の作戦は小回りが利いたほうが勝算があるんだ」
「それは理解してるつもりだけどよぉ、いてもたってもいられねぇんだよ。おら達だって、何か出来る事がしたいんだ。おら達みんな、小次郎様を信じて付いて行くって、そう決めたんだから」
「皆の気持ちは十分分かった。だが俺にも決めた覚悟があるんだ。この身内同士の争いに皆を巻き込むまいとな。俺を信じてついて来てくれるのであれば、尚更ここで待っていて欲しい。俺を信じて、皆は皆の仕事をしてこの豊田の地で待っていてくれ」
「「「…………」」」
ニッコリ微笑む小次郎に、皆それ以上小次郎を説得する言葉を失った。
小次郎の笑顔は自信に満ちていたから。
この人ならば、本当に何とかしてしまうのではないか――そんな予感すら感じられたから。
故に皆、小次郎の勝利を信じて、大人しく戦に赴く小次郎と彼の率いる精鋭部隊を見送る事にした。
「「「御武運を、お祈り申し上げております」」」
「……あぁ、行って来る。皆留守を頼んだぞ」
「「「はいっ!」」」
小次郎を見送る人垣。そこから少し進んだ先、塀の陰に隠れるようにポツポツと疎らな人影があった。
大勢の民人達に見送られながら、屋敷を囲う土壁沿いに馬を進ませ始めた小次郎だったが、「小次郎」と呼び掛ける声と供にその人影に気付いて、再び歩みを止める。
「……千紗」
小次郎は小さく声の主の名を呼び、視線を向けた。
何か言いたげに口を開きかけた千紗の後ろから、もう一人ぴょこんと顔を覗かせる人物がいたかと思うと、その人物は千紗の言葉を遮り無邪気な声を上げた。
「四郎の兄貴、兄貴もいっちまうのか?」
「ん? おう、誰かと思えば清太じゃないか。それに春太郎とヒナも。姿が見えないと思ったら、お前等揃ってこんな所に居たのか。何だ何だ、こんな所で隠れてどうした?」
小次郎のすぐ後ろを、馬でついて歩いていた四郎。彼に名を呼ばれた清太と、それから春太郎の二人は、小次郎と四郎が乗る馬の元へと無邪気に駆け寄って行く。
「ちげ~やいちげ~やい!おいら達も連れて行ってもらおうと思って、兄貴達を待ってたんだよ」
はしゃぐ清太に、小次郎は静かに千紗を睨む。まるで牽制するかのように。
小次郎から向けられる静かな怒りに、一瞬怯んだように視線を逸らすも、千紗は一歩前へと歩み出て、馬上の小次郎へ真っ直ぐな視線を向けた。
「小次郎……」
「……」
「……やはり行くのか?」
「あぁ……」
「そうか……。ならば――」
「悪いが千紗、お前は連れては行けないぞ」
千紗が言いかけた言葉を遮って、小次郎は千紗が言うより先に釘を刺す。
――千紗も連れて行け。彼女ならばきっと、そう言うと思って。
だが、千紗から返ってきた言葉は、小次郎の予想とは違うものだった。
昨晩小次郎の元へともたらされた、伯父良兼出陣の報せを受け、小次郎率いる百余名の兵は、まだ日も登りかけの早朝、豊田を出立すべく小次郎の館の門前に集まっていた。
「小次郎様、小次郎様、 お待ちくだせぇ。是非ともおら達も連れて行ってくだせぇませ!」
「やっと決意さ固まりました。おいら達も小次郎様と戦うって。なぁ皆!!」
「「「おぉぉ~~!!!」」」
そこに豊田に住まう民人達が、群れを為して騒ぎ立てている。小次郎と共に良兼と戦うべく、自分達も戦地へ連れて行って欲しいと。
豊田に住まう民人達も、ついに小次郎と供に戦う覚悟を固めたようだ。
「すまないが、皆を連れて行くわけにはいかない」
だが小次郎は、民人達の申し出をきっぱりと断った。
「な、何故ですじゃ小次郎様?! 儂等では足手まといか? 鍬ばかり握っている儂等では小次郎様の役には立てねぇですか?」
「俺達だって必ずお役に立ってみせます。お願いします小次郎様、是非俺達も連れて行ってください」
「すまないが、その気持ちだけ貰って行くよ。ありがとう。前にも話したと思うが、今回の作戦は小回りが利いたほうが勝算があるんだ」
「それは理解してるつもりだけどよぉ、いてもたってもいられねぇんだよ。おら達だって、何か出来る事がしたいんだ。おら達みんな、小次郎様を信じて付いて行くって、そう決めたんだから」
「皆の気持ちは十分分かった。だが俺にも決めた覚悟があるんだ。この身内同士の争いに皆を巻き込むまいとな。俺を信じてついて来てくれるのであれば、尚更ここで待っていて欲しい。俺を信じて、皆は皆の仕事をしてこの豊田の地で待っていてくれ」
「「「…………」」」
ニッコリ微笑む小次郎に、皆それ以上小次郎を説得する言葉を失った。
小次郎の笑顔は自信に満ちていたから。
この人ならば、本当に何とかしてしまうのではないか――そんな予感すら感じられたから。
故に皆、小次郎の勝利を信じて、大人しく戦に赴く小次郎と彼の率いる精鋭部隊を見送る事にした。
「「「御武運を、お祈り申し上げております」」」
「……あぁ、行って来る。皆留守を頼んだぞ」
「「「はいっ!」」」
小次郎を見送る人垣。そこから少し進んだ先、塀の陰に隠れるようにポツポツと疎らな人影があった。
大勢の民人達に見送られながら、屋敷を囲う土壁沿いに馬を進ませ始めた小次郎だったが、「小次郎」と呼び掛ける声と供にその人影に気付いて、再び歩みを止める。
「……千紗」
小次郎は小さく声の主の名を呼び、視線を向けた。
何か言いたげに口を開きかけた千紗の後ろから、もう一人ぴょこんと顔を覗かせる人物がいたかと思うと、その人物は千紗の言葉を遮り無邪気な声を上げた。
「四郎の兄貴、兄貴もいっちまうのか?」
「ん? おう、誰かと思えば清太じゃないか。それに春太郎とヒナも。姿が見えないと思ったら、お前等揃ってこんな所に居たのか。何だ何だ、こんな所で隠れてどうした?」
小次郎のすぐ後ろを、馬でついて歩いていた四郎。彼に名を呼ばれた清太と、それから春太郎の二人は、小次郎と四郎が乗る馬の元へと無邪気に駆け寄って行く。
「ちげ~やいちげ~やい!おいら達も連れて行ってもらおうと思って、兄貴達を待ってたんだよ」
はしゃぐ清太に、小次郎は静かに千紗を睨む。まるで牽制するかのように。
小次郎から向けられる静かな怒りに、一瞬怯んだように視線を逸らすも、千紗は一歩前へと歩み出て、馬上の小次郎へ真っ直ぐな視線を向けた。
「小次郎……」
「……」
「……やはり行くのか?」
「あぁ……」
「そうか……。ならば――」
「悪いが千紗、お前は連れては行けないぞ」
千紗が言いかけた言葉を遮って、小次郎は千紗が言うより先に釘を刺す。
――千紗も連れて行け。彼女ならばきっと、そう言うと思って。
だが、千紗から返ってきた言葉は、小次郎の予想とは違うものだった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
連合航空艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。
デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。
浅井長政は織田信長に忠誠を誓う
ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
日本には1942年当時世界最強の機動部隊があった!
明日ハレル
歴史・時代
第2次世界大戦に突入した日本帝国に生き残る道はあったのか?模索して行きたいと思います。
当時6隻の空母を集中使用した南雲機動部隊は航空機300余機を持つ世界最強の戦力でした。
ただ彼らにもレーダーを持たない、空母の直掩機との無線連絡が出来ない、ダメージコントロールが未熟である。制空権の確保という理論が判っていない、空母戦術への理解が無い等多くの問題があります。
空母が誕生して戦術的な物を求めても無理があるでしょう。ただどの様に強力な攻撃部隊を持っていても敵地上空での制空権が確保できなけれな、簡単に言えば攻撃隊を守れなけれな無駄だと言う事です。
空母部隊が対峙した場合敵側の直掩機を強力な戦闘機部隊を攻撃の前の送って一掃する手もあります。
日本のゼロ戦は優秀ですが、悪迄軽戦闘機であり大馬力のPー47やF4U等が出てくれば苦戦は免れません。
この為旧式ですが96式陸攻で使われた金星エンジンをチューンナップし、金星3型エンジン1350馬力に再生させこれを積んだ戦闘機、爆撃機、攻撃機、偵察機を陸海軍共通で戦う。
共通と言う所が大事で国力の小さい日本には試作機も絞って開発すべきで、陸海軍別々に開発する余裕は無いのです。
その他数多くの改良点はありますが、本文で少しづつ紹介して行きましょう。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる