時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
131 / 285
第一幕 板東編

信じるままに

しおりを挟む
朱雀帝の部屋へと戻って来た三人。秋成は朱雀帝の体を床へと横にさせると千紗に一礼し、そのまま庭へと降りて行った。


「ご苦労だったな秋成」


千紗から掛けられた労いの言葉に再び一礼すると、秋成はそのまま庭から静かに二人の様子を見守った。

 
「少しは落ち着いたか、チビ助?」


未だめそめそと泣きじゃくる朱雀帝の頭を、優しい手付きで撫でてやりながら、千紗は横になる朱雀帝の顔を覗き込んだ。

すると朱雀帝は、もう片方空いていた千紗の手を握って、千紗の温もりを求めた。

貞盛がいない今、朱雀帝が唯一心を許せる相手はもう千紗しかいなかったから、この手だけは離したくないと、ギュッと強く握り締めた。


「チビ助?」


自分の手を握り締める小さな手。その手を握り返してやりながら、千紗は優しい声音で朱雀帝に語り掛けた。


「大丈夫。大丈夫だ。周りの言葉に惑わされる必要などない。お主は、お主が信じる貞盛を信じてやれば良い」

「……」


千紗が朱雀帝に掛けた言葉は、数ヵ月前、秋成が千紗自身に掛けてくれた言葉。


――『姫様はただ、姫様がよくご存知の兄上を信じていれば良い。ただそれだけの事です』


秋成の言葉のおかげで、千紗自身、不安だった気持ちがすっと軽くなった。秋成の言葉に、千紗は救われた。だから今度は自分が――


「大丈夫だ。泣かなくても大丈夫だ」

「……でください」

「ん? どうした?」

「……かないでください。私を置いて……何処にもいかないでください、千紗姫様。一人はもう嫌だ……」

「……ああ、分かった。私はどこにもいかない。お主が落ち着くまで傍にいてやる。だから、安心して眠るがよい」


優しく頭を撫でてくれる千紗の手が温かくて、心地好くて、朱雀帝の意識はそのままゆっくりと夢の世界へと誘われて行った。



「チビ助?」


千紗の呼び掛けに、朱雀帝からの反応はもうなかった。
 朱雀帝が眠った事を確認すると、千紗はそっと彼の手を解いた。


「すまないが秋成、少しの間チビ助の事を頼みたい」


解いて庭に控える秋成に向かってそう声を掛けた。

真剣な表情で頼み事をする千紗に、秋成は全てを理解したようにただ短く言葉を返した。


「行くのですね。兄上の所へ」

「あぁ。小次郎もまた、太郎貞盛の裏切りに心を痛めている一人だろうからな。……心配なのだ」

「貴方と言う人は」

「何だ?」

「……いえ、何でも。分かりました。こちらの事は俺に任せてください」

「すまないな。ありがとう秋成」

「……いえ」


秋成に感謝を伝えるや、足早に部屋を出て行く千紗。

秋成はそんな彼女の後ろ姿を見送りながら、ぽつりと小さく漏らした。


「人の心配ばかりして。自分だって苦しいくせに」


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...