時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
122 / 285
第一幕 板東編

貞盛の裏切り

しおりを挟む
「何かおっしゃいましたか、貞盛殿?」

「いいえ。何も」


良兼の、撫子――彼女は貞盛の妻、杏子の実の姉でもある。


「貞盛殿。これは決して貴方と将門だけの問題ではないのですよ。勝手に話を片付けられては困ります。あの男は貴方の父上と共に、私の実の弟二人をも殺したのですから」

「ならば、貴方達源家で小次郎に復讐すればよい。何故、良兼伯父上に実の甥を殺すよう願うのです?」

「甥だからこそです。我が殿は今や平家の家長。だからこそ、身内の過ちは家長自ら正す責任があるのではないですか」


なんだかんだと理由を並べてはいるが、つまりは身内どおしで潰しあわせ、平家を衰退させたるのが狙いなのだろうと、貞盛は思った。

冷静な人間ならば、すぐに源家の女達が考えている腹黒い計画に気付きそうなものだが、良兼、良正達は気付いているだろうか?


「殿、将門を討つその為に、既に千人を越える兵が貴方様の為にお集まり下さっているのですよ。今更戦を止めるなんて言ったら、殿はとんだ笑い者ですわ。私はそんな情けない殿のお姿など見たくありません」

「……撫子……」

「さぁ殿。撫子に殿の勇ましい姿を見せて下さいませ。殿の兄上の敵を、我が弟達の敵を見事果たして下さいませ。撫子は、そんな勇ましい殿が好きなのです」

「……そうだな撫子。男ならば、妻とした約束を違えてはならぬな」


人が見ている前だと言うのに平然とイチャイチャする二人の姿に貞盛は落胆する。

女狐の色香にまんまと惑わされている今の伯父には、この女の腹黒い考えなど、何も見えていないのだろう。

貞盛は、今の伯父にはこれ以上何を訴えても無駄だと悟った。


(まぁ、平家の未来などに興味はない。衰退しようが乗っ取られようが源家の好きにするが良い。だが、争いに巻き込まれて京に帰れなくなる、それだけは何としても避けなければならない事態。結果はどうであれ、一応は説得をしたのだ。これならば、自分は小次郎とした約束を違えた事にはならない。もう充分だろう。もう十分私は頑張った。これ以上厄介事に巻き込まれる前に――)

「分かりました。伯父上が本気だとおっしゃるのでしたら、これ以上の説得はいたしません。ですが、私達を巻き込む事はやめて下さい。私は弟達を連れて、帰らせて頂きます」


巻き込まれる前にここを離れよう。そう判断した貞盛は、伯父達に軽く一礼すると急いで席を立つ。そして――


「繁盛、母上、帰りますよ。隠れていないでさっさと出てきなさい!」


そう叫びながら、部屋を出ていこうとした。

だが、廊下へと出た瞬間、廊下で控えていた見張りの男に、貞盛は刀を突きつけられた。一人だけではない。どこから湧いてでたのか、数多の男達がわらわらと集まり来て、貞盛を取り囲む。


「……これはなんのつもりですか、伯父上?」

「誰が帰って良いと言った?」

「…………」

「手を貸さぬと言うのなら、お主を裏切り者としてここで切り捨てるまでだ」

「…………」

「平家一門の長は私ぞ。私に逆らう事など許さん」

「殿! 素敵です! それでこそ私の旦那様!」

「…………はぁ」


こんな時まで続けるバカップルのイチャイチャに呆れつつも、貞盛は背中に汗が流れ落ちるのを感じた。

狐に化かされた今の伯父なら、本気でやりかねない。そう思えるほどに今の伯父の目は冷たい。


「さぁどうする? 我等の味方につくか、今ここで殺されるか?」


貞盛りは、何がなんでこの争いには関わりたくないと思っていた。
関わったら暫くは京へ帰れなくなるから。

たが、命がなくなっては京に帰る事など一生叶わなくなるわけで。貞盛にとってそれは、更に避けなければならない事態に思えた。


「…………分かりました」


張り詰める空気の中、貞盛はそう小さく呟くと、観念したとばかりに両手を上げた。


「微力ながらこの太郎貞盛、伯父上に力をお貸ししましょう」

「おぉ。さすが貞盛。賢い選択だ」

(許せ小次郎。脅されては仕方あるまい。お前を裏切るつもりはなかったが、ここで脅しに屈せねば、私の命がないのだ。許せ……小次郎……)


  ◆◆◆


「……呆気ない」


伯父と貞盛の話し合いの様子を、庭の木の上から覗き見ていた男、玄明。

両手を上げ、伯父に降伏する貞盛の姿に小さな溜め息を吐くと、これ以上見守る価値もないと、良兼の屋敷を抜け出し、風の如く走り出した。


「平太郎貞盛……。お前に寄せられていた信頼を裏切ったこの責……決して軽くはないぞ。人の上に立つ人間が、何の覚悟もなく言霊を放った。その罪はお前が考えているより余程重い。この裏切りの代償は必ず、お前の身に降りかかる。必ずな……」


貞盛に向け、呪にも似た言霊を紡ぎながら、小次郎が待つ豊田へと急いだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...