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第一幕 板東編
貞盛の裏切り
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「何かおっしゃいましたか、貞盛殿?」
「いいえ。何も」
良兼の、撫子――彼女は貞盛の妻、杏子の実の姉でもある。
「貞盛殿。これは決して貴方と将門だけの問題ではないのですよ。勝手に話を片付けられては困ります。あの男は貴方の父上と共に、私の実の弟二人をも殺したのですから」
「ならば、貴方達源家で小次郎に復讐すればよい。何故、良兼伯父上に実の甥を殺すよう願うのです?」
「甥だからこそです。我が殿は今や平家の家長。だからこそ、身内の過ちは家長自ら正す責任があるのではないですか」
なんだかんだと理由を並べてはいるが、つまりは身内どおしで潰しあわせ、平家を衰退させたるのが狙いなのだろうと、貞盛は思った。
冷静な人間ならば、すぐに源家の女達が考えている腹黒い計画に気付きそうなものだが、良兼、良正達は気付いているだろうか?
「殿、将門を討つその為に、既に千人を越える兵が貴方様の為にお集まり下さっているのですよ。今更戦を止めるなんて言ったら、殿はとんだ笑い者ですわ。私はそんな情けない殿のお姿など見たくありません」
「……撫子……」
「さぁ殿。撫子に殿の勇ましい姿を見せて下さいませ。殿の兄上の敵を、我が弟達の敵を見事果たして下さいませ。撫子は、そんな勇ましい殿が好きなのです」
「……そうだな撫子。男ならば、妻とした約束を違えてはならぬな」
人が見ている前だと言うのに平然とイチャイチャする二人の姿に貞盛は落胆する。
女狐の色香にまんまと惑わされている今の伯父には、この女の腹黒い考えなど、何も見えていないのだろう。
貞盛は、今の伯父にはこれ以上何を訴えても無駄だと悟った。
(まぁ、平家の未来などに興味はない。衰退しようが乗っ取られようが源家の好きにするが良い。だが、争いに巻き込まれて京に帰れなくなる、それだけは何としても避けなければならない事態。結果はどうであれ、一応は説得をしたのだ。これならば、自分は小次郎とした約束を違えた事にはならない。もう充分だろう。もう十分私は頑張った。これ以上厄介事に巻き込まれる前に――)
「分かりました。伯父上が本気だとおっしゃるのでしたら、これ以上の説得はいたしません。ですが、私達を巻き込む事はやめて下さい。私は弟達を連れて、帰らせて頂きます」
巻き込まれる前にここを離れよう。そう判断した貞盛は、伯父達に軽く一礼すると急いで席を立つ。そして――
「繁盛、母上、帰りますよ。隠れていないでさっさと出てきなさい!」
そう叫びながら、部屋を出ていこうとした。
だが、廊下へと出た瞬間、廊下で控えていた見張りの男に、貞盛は刀を突きつけられた。一人だけではない。どこから湧いてでたのか、数多の男達がわらわらと集まり来て、貞盛を取り囲む。
「……これはなんのつもりですか、伯父上?」
「誰が帰って良いと言った?」
「…………」
「手を貸さぬと言うのなら、お主を裏切り者としてここで切り捨てるまでだ」
「…………」
「平家一門の長は私ぞ。私に逆らう事など許さん」
「殿! 素敵です! それでこそ私の旦那様!」
「…………はぁ」
こんな時まで続けるバカップルのイチャイチャに呆れつつも、貞盛は背中に汗が流れ落ちるのを感じた。
狐に化かされた今の伯父なら、本気でやりかねない。そう思えるほどに今の伯父の目は冷たい。
「さぁどうする? 我等の味方につくか、今ここで殺されるか?」
貞盛りは、何がなんでこの争いには関わりたくないと思っていた。
関わったら暫くは京へ帰れなくなるから。
たが、命がなくなっては京に帰る事など一生叶わなくなるわけで。貞盛にとってそれは、更に避けなければならない事態に思えた。
「…………分かりました」
張り詰める空気の中、貞盛はそう小さく呟くと、観念したとばかりに両手を上げた。
「微力ながらこの太郎貞盛、伯父上に力をお貸ししましょう」
「おぉ。さすが貞盛。賢い選択だ」
(許せ小次郎。脅されては仕方あるまい。お前を裏切るつもりはなかったが、ここで脅しに屈せねば、私の命がないのだ。許せ……小次郎……)
◆◆◆
「……呆気ない」
伯父と貞盛の話し合いの様子を、庭の木の上から覗き見ていた男、玄明。
両手を上げ、伯父に降伏する貞盛の姿に小さな溜め息を吐くと、これ以上見守る価値もないと、良兼の屋敷を抜け出し、風の如く走り出した。
「平太郎貞盛……。お前に寄せられていた信頼を裏切ったこの責……決して軽くはないぞ。人の上に立つ人間が、何の覚悟もなく言霊を放った。その罪はお前が考えているより余程重い。この裏切りの代償は必ず、お前の身に降りかかる。必ずな……」
貞盛に向け、呪にも似た言霊を紡ぎながら、小次郎が待つ豊田へと急いだ。
「いいえ。何も」
良兼の、撫子――彼女は貞盛の妻、杏子の実の姉でもある。
「貞盛殿。これは決して貴方と将門だけの問題ではないのですよ。勝手に話を片付けられては困ります。あの男は貴方の父上と共に、私の実の弟二人をも殺したのですから」
「ならば、貴方達源家で小次郎に復讐すればよい。何故、良兼伯父上に実の甥を殺すよう願うのです?」
「甥だからこそです。我が殿は今や平家の家長。だからこそ、身内の過ちは家長自ら正す責任があるのではないですか」
なんだかんだと理由を並べてはいるが、つまりは身内どおしで潰しあわせ、平家を衰退させたるのが狙いなのだろうと、貞盛は思った。
冷静な人間ならば、すぐに源家の女達が考えている腹黒い計画に気付きそうなものだが、良兼、良正達は気付いているだろうか?
「殿、将門を討つその為に、既に千人を越える兵が貴方様の為にお集まり下さっているのですよ。今更戦を止めるなんて言ったら、殿はとんだ笑い者ですわ。私はそんな情けない殿のお姿など見たくありません」
「……撫子……」
「さぁ殿。撫子に殿の勇ましい姿を見せて下さいませ。殿の兄上の敵を、我が弟達の敵を見事果たして下さいませ。撫子は、そんな勇ましい殿が好きなのです」
「……そうだな撫子。男ならば、妻とした約束を違えてはならぬな」
人が見ている前だと言うのに平然とイチャイチャする二人の姿に貞盛は落胆する。
女狐の色香にまんまと惑わされている今の伯父には、この女の腹黒い考えなど、何も見えていないのだろう。
貞盛は、今の伯父にはこれ以上何を訴えても無駄だと悟った。
(まぁ、平家の未来などに興味はない。衰退しようが乗っ取られようが源家の好きにするが良い。だが、争いに巻き込まれて京に帰れなくなる、それだけは何としても避けなければならない事態。結果はどうであれ、一応は説得をしたのだ。これならば、自分は小次郎とした約束を違えた事にはならない。もう充分だろう。もう十分私は頑張った。これ以上厄介事に巻き込まれる前に――)
「分かりました。伯父上が本気だとおっしゃるのでしたら、これ以上の説得はいたしません。ですが、私達を巻き込む事はやめて下さい。私は弟達を連れて、帰らせて頂きます」
巻き込まれる前にここを離れよう。そう判断した貞盛は、伯父達に軽く一礼すると急いで席を立つ。そして――
「繁盛、母上、帰りますよ。隠れていないでさっさと出てきなさい!」
そう叫びながら、部屋を出ていこうとした。
だが、廊下へと出た瞬間、廊下で控えていた見張りの男に、貞盛は刀を突きつけられた。一人だけではない。どこから湧いてでたのか、数多の男達がわらわらと集まり来て、貞盛を取り囲む。
「……これはなんのつもりですか、伯父上?」
「誰が帰って良いと言った?」
「…………」
「手を貸さぬと言うのなら、お主を裏切り者としてここで切り捨てるまでだ」
「…………」
「平家一門の長は私ぞ。私に逆らう事など許さん」
「殿! 素敵です! それでこそ私の旦那様!」
「…………はぁ」
こんな時まで続けるバカップルのイチャイチャに呆れつつも、貞盛は背中に汗が流れ落ちるのを感じた。
狐に化かされた今の伯父なら、本気でやりかねない。そう思えるほどに今の伯父の目は冷たい。
「さぁどうする? 我等の味方につくか、今ここで殺されるか?」
貞盛りは、何がなんでこの争いには関わりたくないと思っていた。
関わったら暫くは京へ帰れなくなるから。
たが、命がなくなっては京に帰る事など一生叶わなくなるわけで。貞盛にとってそれは、更に避けなければならない事態に思えた。
「…………分かりました」
張り詰める空気の中、貞盛はそう小さく呟くと、観念したとばかりに両手を上げた。
「微力ながらこの太郎貞盛、伯父上に力をお貸ししましょう」
「おぉ。さすが貞盛。賢い選択だ」
(許せ小次郎。脅されては仕方あるまい。お前を裏切るつもりはなかったが、ここで脅しに屈せねば、私の命がないのだ。許せ……小次郎……)
◆◆◆
「……呆気ない」
伯父と貞盛の話し合いの様子を、庭の木の上から覗き見ていた男、玄明。
両手を上げ、伯父に降伏する貞盛の姿に小さな溜め息を吐くと、これ以上見守る価値もないと、良兼の屋敷を抜け出し、風の如く走り出した。
「平太郎貞盛……。お前に寄せられていた信頼を裏切ったこの責……決して軽くはないぞ。人の上に立つ人間が、何の覚悟もなく言霊を放った。その罪はお前が考えているより余程重い。この裏切りの代償は必ず、お前の身に降りかかる。必ずな……」
貞盛に向け、呪にも似た言霊を紡ぎながら、小次郎が待つ豊田へと急いだ。
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