時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
121 / 285
第一幕 板東編

叔父達との対面

しおりを挟む
着替えを済ませた貞盛が連れて来られた部屋には良兼と良正、二人の伯父が座していて、仲良く膳を囲んでいた。


「おぉ貞盛。やっと参ったか。待ちくたびれたぞ」

「……ご無沙汰しております。良兼伯父上」

「全くだ貞盛。帰ったら挨拶に来いと言っておいただろう」

「良正伯父上。なかなかご挨拶に来られず申し訳ございませんでした」

「まぁまぁまぁ、そう怒ってやるな良正。貞盛も、そんな所に突っ立っていないで、ここへ座れ」


二人の膳の前にはもう一つ膳が用意されていて、伯父達は貞盛をその膳の前に座るよう促した。

平良兼。彼は貞盛の父である国香のすぐ下の弟で、小次郎の父良将からすれば一つ上の兄にあたる人物。

良兼は普段から垂れ下がっている目尻を更に垂れさせて、ニコニコと優しい笑顔で貞盛を迎え入れた。

体格はコロコロとした印象で肉付きがよく、背は低い。彼を一言で例えるならば、"狸"のようだと、貞盛は常々思っていた。

そんな良兼とは対照的に、仏頂面で睨むもう一人の伯父、平良正。彼は五人いる兄弟の一番末弟にあたる。

つり上がった目元に、ゴツゴツとえらの張った輪郭。加えて恵まれた大柄な体格は、パッと見悪人のような印象を与える。

半年前、貞盛や千紗達が森の中で小次郎と再会した際に、小次郎から逃げるように去って行ったのがこの良正。

その際に、挨拶に来いと言われていたのに、実際に挨拶に来たのが半年も経った今が初めてであったものだから、元来短気で怒りっぽい良正は酷く苛立っているようだった。


「改めまして、良兼叔父上、良正叔父上、挨拶が遅れてしまい誠に申し訳ございませんでした」

「よいよい。こうして今、挨拶に来てくれたのだからな」

「良兼伯父上、ありがとうございます。所で我が弟、繁盛はここに来ておりますでしょうか?」

「おぉおぉ、繁盛もな、少し前に来てくれたぞ」

「そうですか。では、妻の杏子、それから母上、我が家臣達も一緒でしょうか?」

「勿論だ。皆よく我の呼びかけに応えてくれた。感謝するぞ。さぁさぁ、その膳は私からのほんの感謝の気持ちだ。存分に食べて行ってくれ」

「そうですか。では皆を連れて私は失礼させていただきます」

「……な、何?!」


それまでニコニコと穏やかだった良兼の笑顔が、貞盛の放った一言で一気に凍り付く。

彼の表情に浮かんだ不満を代弁するように良正が怒鳴り出した。


「何を馬鹿な事を言っている貞盛!? お前達は父の敵を打つために、良兼兄者の元へ参ったのであろう?」

「申し訳ありませんが、私に小次郎と戦う意志はございません。ここへは弟達を連れ戻しに参りました」

「貞盛貴様っ! 我等にあだなすと言うのか?」

「いいえ、それも違います。私は誰とも争うつもりはございません」

「何を馬鹿な!お前は父を殺されて悔しくはないのか?」

「父は小次郎の土地を騙しとったのですよ。殺されても仕方のない事を父はしました」

「なっ……」

「では、逆に聞かせて下さい。伯父上達は何故小次郎と戦うのですか? 小次郎と我が父、国香との間に起きた揉め事に、伯父上達は何の関係もないかと存じますが」

「関係ない? 馬鹿を言うな! 奴は国香の兄者を殺したのだぞ! 兄を殺されて関係ないわけないだろう!!」

「小次郎もまた、伯父上達にとっては実の甥。兄が殺されて怒るのに、甥を殺す事には何の抵抗もないと?」

「……それは……」

「この揉め事に平和的解決は望めないのでしょうか。同じ血を分けた一族同士が争うなど悲し過ぎるではありませんか」

「…………」


それまで貞盛の意見に噛み付いていた良正が黙り混む。
良兼もまた、目を閉じて静かに貞盛の言葉に耳を傾けていた。


「私は平和的解決を望みます。その為の話も小次郎とつけてきました。伯父上達もどうか怒りをお沈め下さい」

「…………そうか、そうか。お主の話は良くわか……」


貞盛の話を、それまで黙って聞いていた良兼が、閉ざしていた口を静かに開きかけた時――


「これはこれは貞盛様、お久しぶりです」

「……撫子なでしこ様。……お久しぶりです」


良兼の妻、撫子がまるで時期を計っていたかのように突然に、部屋へと入って来た。

貞盛に軽く挨拶をすると、貞盛の横を通りすぎ、夫、良兼の隣へ座る。

そして――


「殿。殿は、私と約束してくださいましたよね。我が弟達の仇を打って下さると。国香殿と供に殺された弟、隆と繁の仇を打って下さると、そう約束しましたよね? 殿は撫子との約束を破るのですか?」


甘えるように、良兼にすりよる撫子。人目も気にせずに頬や胸板など、ぺたぺたと夫の体を嫌らしい手つきで撫で回すその姿に、ついつい貞盛は心の声を漏らした。


「……全く……姉妹そろってとんだ女狐だ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...