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第一幕 板東編
弟の裏切り
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――翌日
「ん……」
静まり返る屋敷の中、ポツポツとやけに煩く耳につく音に目を覚ました貞盛。
ぼんやりする視界で昨夜この手に抱いた杏子姫の姿を探す。だが、見あたらない。
「…………杏子姫?」
貞盛は、怠い体を起こし、乱れた着物を整えると部屋を出た。
外に出て気付く。先程から耳につく音は雨音だったのだと。
それにしても、さほど雨足が強いわけでもないのに妙に耳につく音だなと貞盛りは思った。
いや、雨音が大きいのではなく、些細な音さえ気になる程に屋敷が静か過ぎるのか。
そこまで気付いて、貞盛ははっとした。
「杏子姫様、母上、繁盛、いないのですか?」
大きな声を出して家族の名を呼ぶ。だが、貞盛の呼びかけに返事はない。
「誰か……誰かいないのですか?」
どんなに呼びかけても返ってくる声はない。それどころから、屋敷のどこを探しても誰一人姿を見かけない。人の気配が全く感じられないのだ。
あまりに静か過ぎる屋敷の様子に、貞盛は息を呑んだ。
――『言ったでしょ。貴方に復讐する為なら、私はなんだってすると。たとえ大嫌いな貴方に抱かれようと、受け入れてみせます』
昨夜の杏子姫の言葉が脳裏に甦る。
「は、ははは……。あははははは」
そして、何かに気付いたらしい貞盛は狂ったように笑い出した。
「やってくれましたね、杏子姫。私に抱かれておきながら、弟にまで色仕掛けで迫りましたか。あれだけ牽制しておいた繁盛に勝手に兵を上げさせて……とんだ女狐だ」
まだ杏子姫の感触が残る手。その手を憎々しげに握り締めるながら、怒りに全身を震わせた。
所変わって床下で一晩をあかした自称“大悪党"藤原玄明。
狂ったような貞盛の笑い声に驚き飛び起きる。
「うお?! 何だ何だ?! どうした? 奴さん《やっこ》さん、一族郎党に裏切られて気でも狂ったか? だが、今は怒ってる場合でもないだろう。早く止めないと、あんたも裏切り者の仲間入りだぜ。さぁ、どうする? 平太郎貞盛さんよぉ――」
◆◆◆
「全く、どいつもこいつも余計な事ばかりしやがって、私の計画が台無しだ! 本当に、血の気の多い連中しかいないんだなここには。だから私は嫌いなのだ。この坂東という野蛮な地が。あぁ……糞!!」
弟、繁盛の裏切りに気付いた貞様は、国香亡き後平氏一門の棟梁を引き継いだ平良兼《平良兼》、彼の屋敷がある武射群《むさぐん》へと、馬を急がせていた。
いつも涼しげな顔をして、能面のような笑みを浮かべている彼にしては、珍しく気が立っている。
そんな貞盛の感情に比例するかのように、先程から降り続いていた雨もまた、荒れ始めていた。
――嵐がすぐそこまで迫っている。
「何としても繁盛が伯父上達と接触する前に連れ戻さなくては。顔を合わせたら厄介な事になりかねん。頼む……間に合ってくれ……」
だが、貞盛の健闘も虚しく、道中繁盛達に追い付く事は敵わなかった。
仕方なく貞盛は良兼の館の門を叩く。
「頼もう。我が名は平太郎貞盛。伯父、良兼様に会いに来た。ここを通していただきたい」
「これはこれは貞盛様。こんな夜遅くに雨の中ご苦労様です。どうぞこちらに」
「………」
太郎が良兼の館に到着したのは、大分夜も深まった頃。
だと言うのに門番の男達は、貞盛が来ることが分かっていたかのように、びしょ濡れになって立ち尽くす貞盛の姿に驚いた様子もなく、彼を屋敷の中へと招き入れた。
「その前に、こちらにお着替えください。そのままではお風邪を召されてしまいます」
それどころか、用意していたらしい着替えを貞盛へと手渡してくれた。
「……かたじけない」
「ん……」
静まり返る屋敷の中、ポツポツとやけに煩く耳につく音に目を覚ました貞盛。
ぼんやりする視界で昨夜この手に抱いた杏子姫の姿を探す。だが、見あたらない。
「…………杏子姫?」
貞盛は、怠い体を起こし、乱れた着物を整えると部屋を出た。
外に出て気付く。先程から耳につく音は雨音だったのだと。
それにしても、さほど雨足が強いわけでもないのに妙に耳につく音だなと貞盛りは思った。
いや、雨音が大きいのではなく、些細な音さえ気になる程に屋敷が静か過ぎるのか。
そこまで気付いて、貞盛ははっとした。
「杏子姫様、母上、繁盛、いないのですか?」
大きな声を出して家族の名を呼ぶ。だが、貞盛の呼びかけに返事はない。
「誰か……誰かいないのですか?」
どんなに呼びかけても返ってくる声はない。それどころから、屋敷のどこを探しても誰一人姿を見かけない。人の気配が全く感じられないのだ。
あまりに静か過ぎる屋敷の様子に、貞盛は息を呑んだ。
――『言ったでしょ。貴方に復讐する為なら、私はなんだってすると。たとえ大嫌いな貴方に抱かれようと、受け入れてみせます』
昨夜の杏子姫の言葉が脳裏に甦る。
「は、ははは……。あははははは」
そして、何かに気付いたらしい貞盛は狂ったように笑い出した。
「やってくれましたね、杏子姫。私に抱かれておきながら、弟にまで色仕掛けで迫りましたか。あれだけ牽制しておいた繁盛に勝手に兵を上げさせて……とんだ女狐だ」
まだ杏子姫の感触が残る手。その手を憎々しげに握り締めるながら、怒りに全身を震わせた。
所変わって床下で一晩をあかした自称“大悪党"藤原玄明。
狂ったような貞盛の笑い声に驚き飛び起きる。
「うお?! 何だ何だ?! どうした? 奴さん《やっこ》さん、一族郎党に裏切られて気でも狂ったか? だが、今は怒ってる場合でもないだろう。早く止めないと、あんたも裏切り者の仲間入りだぜ。さぁ、どうする? 平太郎貞盛さんよぉ――」
◆◆◆
「全く、どいつもこいつも余計な事ばかりしやがって、私の計画が台無しだ! 本当に、血の気の多い連中しかいないんだなここには。だから私は嫌いなのだ。この坂東という野蛮な地が。あぁ……糞!!」
弟、繁盛の裏切りに気付いた貞様は、国香亡き後平氏一門の棟梁を引き継いだ平良兼《平良兼》、彼の屋敷がある武射群《むさぐん》へと、馬を急がせていた。
いつも涼しげな顔をして、能面のような笑みを浮かべている彼にしては、珍しく気が立っている。
そんな貞盛の感情に比例するかのように、先程から降り続いていた雨もまた、荒れ始めていた。
――嵐がすぐそこまで迫っている。
「何としても繁盛が伯父上達と接触する前に連れ戻さなくては。顔を合わせたら厄介な事になりかねん。頼む……間に合ってくれ……」
だが、貞盛の健闘も虚しく、道中繁盛達に追い付く事は敵わなかった。
仕方なく貞盛は良兼の館の門を叩く。
「頼もう。我が名は平太郎貞盛。伯父、良兼様に会いに来た。ここを通していただきたい」
「これはこれは貞盛様。こんな夜遅くに雨の中ご苦労様です。どうぞこちらに」
「………」
太郎が良兼の館に到着したのは、大分夜も深まった頃。
だと言うのに門番の男達は、貞盛が来ることが分かっていたかのように、びしょ濡れになって立ち尽くす貞盛の姿に驚いた様子もなく、彼を屋敷の中へと招き入れた。
「その前に、こちらにお着替えください。そのままではお風邪を召されてしまいます」
それどころか、用意していたらしい着替えを貞盛へと手渡してくれた。
「……かたじけない」
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