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第一幕 板東編
小さな嘘と大きな罰②
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杏子姫の苦痛に歪んだ顔を満足げに見つめながら、太郎は楽しそうに言葉を続ける。
「そうだ。もう1つ良いことを教えて差し上げましょう。貴方が陥れた小次郎は、謝罪の後すぐに、京へと行きましたよ」
「……え?」
「私の父がね、私達の婚約を取り成すべく、厄介払いに小次郎を坂東から追い出したのです。表向きは平家繁栄の為、京で位を授かってくるよう命じて。でも実際は――」
「…………」
「貴方は小次郎の人生を狂わせた。貴方があの時嘘をつかなければ、小次郎は一族から疎まれる事も、京へ行かされる事もなかったのに。今小次郎は、貴方の事をどう思っていますかね?恨んでいますかね? それとも、貴方の事など忘れて京で宜しくやってますかね?」
「…………」
「どちらにしても、小次郎が貴方に振り向く事などこの先絶対にありはしませんよ」
「……………」
楽しそうに語る太郎。彼の仕打ちに、ついに堪えきれなくなった涙が杏子姫の頬には一粒流れ落ちた。
もう二度と叶わない小次郎への恋心、この気持ちをどこにぶつければ良いのか。行き場のなくなった少女の淡い恋心は、太郎への復讐へと形を換え、まだ幼かった少女の未来を狂わせた。
あの日以来少女は、太郎への復讐の為、未来を、己の心を、全てを捨てて太郎の妻になる道を選んだ。
そう、選んだのだ。今更――
◇◇◇
「やはり貴方の苦痛に歪んだ顔が私は一番好きだ」
「………」
この男に抱かれたくらいで動揺するなど、今更だ。
「悪趣味です事、私の旦那様は」
苦痛に歪んだ杏子姫の顔は、吹っ切れたように、笑顔に変わった。氷のように冷たい笑顔。
「悪趣味、ね。それを言うなら、貴方こそ悪趣味だ。大嫌いなはずの男に、今もこうして抱かれ続けているのですから。さて、貴方はいったい何を企んでいるのやら」
「それはもちろん。貴方への復讐ですわ。言ったでしょ。貴方に復讐する為なら、私はなんだってすると。たとえ大嫌いな貴方に抱かれようと、受け入れてみせましょう」
杏子姫は、自身に覆い被さる貞盛の首に腕を回して、貞盛の体を抱き寄せた。
貞盛もまた、杏子姫の誘いを拒む事なく受け入れた。
「ふふ。そうですか。まぁ、良いですよ。どんな感情であれ……貴方が私を見てくれているのであればそれで良い」
太郎はいとおしそうに杏子姫の頬に触れた。無意識だろう彼女の目尻に溜まった水滴、それを拭ってやる為に。
◆◆◆
この事件には、実はまだ続きがある。
十五年前、護の要求によって書かされた小次郎側の謝罪文は、小次郎の父の死後、護と国香の手によってその一部が書き換えられ、小次郎は父が残した土地の殆どを奪われた。
以後、執拗なまでに小次郎を疎み、平家同士の潰しあいが絶えないのは、平家との繋がりを強め、裏で意図引く源家の存在が大きく関わっているからなのだが――
その事実に気付いている者は、今はまだ少ない。
「そうだ。もう1つ良いことを教えて差し上げましょう。貴方が陥れた小次郎は、謝罪の後すぐに、京へと行きましたよ」
「……え?」
「私の父がね、私達の婚約を取り成すべく、厄介払いに小次郎を坂東から追い出したのです。表向きは平家繁栄の為、京で位を授かってくるよう命じて。でも実際は――」
「…………」
「貴方は小次郎の人生を狂わせた。貴方があの時嘘をつかなければ、小次郎は一族から疎まれる事も、京へ行かされる事もなかったのに。今小次郎は、貴方の事をどう思っていますかね?恨んでいますかね? それとも、貴方の事など忘れて京で宜しくやってますかね?」
「…………」
「どちらにしても、小次郎が貴方に振り向く事などこの先絶対にありはしませんよ」
「……………」
楽しそうに語る太郎。彼の仕打ちに、ついに堪えきれなくなった涙が杏子姫の頬には一粒流れ落ちた。
もう二度と叶わない小次郎への恋心、この気持ちをどこにぶつければ良いのか。行き場のなくなった少女の淡い恋心は、太郎への復讐へと形を換え、まだ幼かった少女の未来を狂わせた。
あの日以来少女は、太郎への復讐の為、未来を、己の心を、全てを捨てて太郎の妻になる道を選んだ。
そう、選んだのだ。今更――
◇◇◇
「やはり貴方の苦痛に歪んだ顔が私は一番好きだ」
「………」
この男に抱かれたくらいで動揺するなど、今更だ。
「悪趣味です事、私の旦那様は」
苦痛に歪んだ杏子姫の顔は、吹っ切れたように、笑顔に変わった。氷のように冷たい笑顔。
「悪趣味、ね。それを言うなら、貴方こそ悪趣味だ。大嫌いなはずの男に、今もこうして抱かれ続けているのですから。さて、貴方はいったい何を企んでいるのやら」
「それはもちろん。貴方への復讐ですわ。言ったでしょ。貴方に復讐する為なら、私はなんだってすると。たとえ大嫌いな貴方に抱かれようと、受け入れてみせましょう」
杏子姫は、自身に覆い被さる貞盛の首に腕を回して、貞盛の体を抱き寄せた。
貞盛もまた、杏子姫の誘いを拒む事なく受け入れた。
「ふふ。そうですか。まぁ、良いですよ。どんな感情であれ……貴方が私を見てくれているのであればそれで良い」
太郎はいとおしそうに杏子姫の頬に触れた。無意識だろう彼女の目尻に溜まった水滴、それを拭ってやる為に。
◆◆◆
この事件には、実はまだ続きがある。
十五年前、護の要求によって書かされた小次郎側の謝罪文は、小次郎の父の死後、護と国香の手によってその一部が書き換えられ、小次郎は父が残した土地の殆どを奪われた。
以後、執拗なまでに小次郎を疎み、平家同士の潰しあいが絶えないのは、平家との繋がりを強め、裏で意図引く源家の存在が大きく関わっているからなのだが――
その事実に気付いている者は、今はまだ少ない。
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