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第一幕 板東編
小さな嘘と大きな罰
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この事件の後、下総に戻ったばかりの小次郎は、護の呼び出しによりまたすぐに上総の地へと赴く事となった。
小次郎を呼び出した護は、小次郎に謝罪を要求する。だが、小次郎側はその要求を拒否した。
当たり前だ。見に覚えがないのだから。謝る事などできるはずもない。
互いに食い違う主張に、両者の間では数ヶ月にも及ぶ平行線の言い争いが続いた。
そして、話し合いが難航するにつれて、平家と源家の関係がギクシャクし始めた。
事態に焦りを覚えたのは、平家の棟梁、平国香。彼は護同様に、源家と平家との関係を強め、一門の繁栄を目論んでいただけに、源家との争いは何としても避けたい事態。
故に国香は、何とかして事態を治めんと、両者の仲介に入る事に。
いや――正確に言えば国香の行動は、とても仲介とは言いがたいものだった。
国香がした事は、小次郎側に非がなくとも、とにかく護に頭を下げるよう、しつこく迫ったのだから。断るようなら、一族を上げて小次郎達親子を討つと脅して。
それでも小次郎の父は、我が子を信じて小次郎の無実を主張し続けた。
結果、身内であるはずの平家の間にも不穏な空気が漂い始めた。
今にして思えば、平家の間で溝が生じ始めたのは、既にこの時からだったのかもしれない。
自分に向けられた父の信頼を嬉しく思いながらも、まだ十一歳と幼かった小次郎には、自分を庇うせいで一族の中、父だけが孤立して行く姿が耐えられなくなった。
自分が頭を下げる事で、無駄な争いを避けられるのならと、不本意ながらも偽りの罪を認め、護に謝罪する事を決めたのだ。
そんな小次郎の判断のおかげで、事がそれ以上大きくなる前に事件は解決したかのように思えた。
――が、認めてしまった偽りの罪によって、小次郎と小次郎の父は、思いもよらなかった大きな犠牲を払う事となってしまった。
護側は、小次郎側の謝罪に加え、貢ぎ物を要求してきたのだ。
貢ぎ物とは、小次郎の父良将が、その父高望王から貰い受けた土地の一部をよこせと言うもの。
つまりは、いわれのない罪によって、小次郎達は大事な土地を奪われてしまったのだ。
護の言っていた『責任を取ってもらう』――あの言葉の意味はこれだった。
杏子姫が全ての結末を知ったのは、許嫁として再び目の前に太郎が表れた時。その時初めて杏子姫は自分の浅はかさを知った。
自分がついてしまった小さな嘘――その償いきれない罪の大きさを知った。
「何故……貴方がここに?」
「何故って、私が貴方の許嫁だからですよ」
「許嫁? お父様、どう言う事ですか? 小次郎様に責任をとらせると、約束したではありませんか」
「あぁ。だから彼には責任はとってもらったよ。彼の土地の一部を我ら源家へと捧げさせたのだからな。さて、そこでだ。ここまで我が源家に力を貸してくれた平国香殿とその息子、太郎殿に感謝の意を評して、杏子、お前を太郎殿の妻にする事を決めたぞ」
「……そんな……そんな……」
衝撃を受ける杏子姫に、すかさず耳打ちする太郎。
「貴方が嘘をついたせいで、小次郎はいわれのない罪を背負わされ、挙げ句土地まで奪われのですよ。貴方はなんと罪深い事を」
「…………」
「何故嘘をついたのです? 嘘をつけば、小次郎を繋ぎ止めておけるとでも思いましたか? だとしたら残念」
「………」
「貴方が嘘さえついていなければ、一族から疎まれたのは私だったかもしれないのに。その点では、私は貴方に感謝しなくてはいけないですね。貴方のおかげで私の首は繋がった」
「…………」
「どうです? 貴方が一番嫌いであろう私と婚約した気持ちは?」
「…………最悪です。最悪過ぎて、貴方を呪い殺してしまいたいくらいです」
「これはこれは、恐ろしい事を。ま、お手柔らかに。これから宜しくお願いしますね。私の奥方様」
悔しさと、情けなさと、言葉に出来ない色々な感情に押し潰されて、涙が溢れそうになった。
それでも、涙を必死に堪えようと、杏子姫は唇を噛んだ。
泣いてはいけない。全ては自業自得なのだから。
小次郎を呼び出した護は、小次郎に謝罪を要求する。だが、小次郎側はその要求を拒否した。
当たり前だ。見に覚えがないのだから。謝る事などできるはずもない。
互いに食い違う主張に、両者の間では数ヶ月にも及ぶ平行線の言い争いが続いた。
そして、話し合いが難航するにつれて、平家と源家の関係がギクシャクし始めた。
事態に焦りを覚えたのは、平家の棟梁、平国香。彼は護同様に、源家と平家との関係を強め、一門の繁栄を目論んでいただけに、源家との争いは何としても避けたい事態。
故に国香は、何とかして事態を治めんと、両者の仲介に入る事に。
いや――正確に言えば国香の行動は、とても仲介とは言いがたいものだった。
国香がした事は、小次郎側に非がなくとも、とにかく護に頭を下げるよう、しつこく迫ったのだから。断るようなら、一族を上げて小次郎達親子を討つと脅して。
それでも小次郎の父は、我が子を信じて小次郎の無実を主張し続けた。
結果、身内であるはずの平家の間にも不穏な空気が漂い始めた。
今にして思えば、平家の間で溝が生じ始めたのは、既にこの時からだったのかもしれない。
自分に向けられた父の信頼を嬉しく思いながらも、まだ十一歳と幼かった小次郎には、自分を庇うせいで一族の中、父だけが孤立して行く姿が耐えられなくなった。
自分が頭を下げる事で、無駄な争いを避けられるのならと、不本意ながらも偽りの罪を認め、護に謝罪する事を決めたのだ。
そんな小次郎の判断のおかげで、事がそれ以上大きくなる前に事件は解決したかのように思えた。
――が、認めてしまった偽りの罪によって、小次郎と小次郎の父は、思いもよらなかった大きな犠牲を払う事となってしまった。
護側は、小次郎側の謝罪に加え、貢ぎ物を要求してきたのだ。
貢ぎ物とは、小次郎の父良将が、その父高望王から貰い受けた土地の一部をよこせと言うもの。
つまりは、いわれのない罪によって、小次郎達は大事な土地を奪われてしまったのだ。
護の言っていた『責任を取ってもらう』――あの言葉の意味はこれだった。
杏子姫が全ての結末を知ったのは、許嫁として再び目の前に太郎が表れた時。その時初めて杏子姫は自分の浅はかさを知った。
自分がついてしまった小さな嘘――その償いきれない罪の大きさを知った。
「何故……貴方がここに?」
「何故って、私が貴方の許嫁だからですよ」
「許嫁? お父様、どう言う事ですか? 小次郎様に責任をとらせると、約束したではありませんか」
「あぁ。だから彼には責任はとってもらったよ。彼の土地の一部を我ら源家へと捧げさせたのだからな。さて、そこでだ。ここまで我が源家に力を貸してくれた平国香殿とその息子、太郎殿に感謝の意を評して、杏子、お前を太郎殿の妻にする事を決めたぞ」
「……そんな……そんな……」
衝撃を受ける杏子姫に、すかさず耳打ちする太郎。
「貴方が嘘をついたせいで、小次郎はいわれのない罪を背負わされ、挙げ句土地まで奪われのですよ。貴方はなんと罪深い事を」
「…………」
「何故嘘をついたのです? 嘘をつけば、小次郎を繋ぎ止めておけるとでも思いましたか? だとしたら残念」
「………」
「貴方が嘘さえついていなければ、一族から疎まれたのは私だったかもしれないのに。その点では、私は貴方に感謝しなくてはいけないですね。貴方のおかげで私の首は繋がった」
「…………」
「どうです? 貴方が一番嫌いであろう私と婚約した気持ちは?」
「…………最悪です。最悪過ぎて、貴方を呪い殺してしまいたいくらいです」
「これはこれは、恐ろしい事を。ま、お手柔らかに。これから宜しくお願いしますね。私の奥方様」
悔しさと、情けなさと、言葉に出来ない色々な感情に押し潰されて、涙が溢れそうになった。
それでも、涙を必死に堪えようと、杏子姫は唇を噛んだ。
泣いてはいけない。全ては自業自得なのだから。
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