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第一幕 板東編
一夜の過ち
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その後何度絶頂を迎えても、互いを求めあった二人。
真っ暗だった部屋には、窓から差し込む日の光で、うっすらと明るさを取り戻し始めていた。どうやらそろそろ朝を迎える時間のようだ。
それまで真っ暗で見えなかった小次郎の顔を、別れる前に今一度瞳に焼き付けたいと、杏子姫は与えられる快楽の中、ゆっくりと目を開けた。
「っ……」
開けた瞬間、絶句する。瞳に映った人物は、思い描いていた小次郎とは全くの別人――太郎だったから。
「……どうして……どうして貴方が……?」
やっとの思いで絞り出した声。杏子姫の大きな瞳からは、大粒の涙がポロポロと溢れ落ちて行く。
そんな姫の姿にクスッと笑みを溢しながら、太郎は再び杏子姫の唇に口付けを落とした。
「いや、やめて」
「やめて? 何故そのようなつれない事をおっしゃるのですか? 先程まで、あんなに私を求めてくださったのに」
からかうように微笑みながら、首元に吸い付いてくる太郎の行為に、杏子姫の顔は苦痛に歪む。
「やめて、離して……やめてやめてやめて……いや~~!!」
太郎が与える不快感から、必死に逃げようともがく杏子姫は、狂ったように泣き叫んだ。
杏子姫の悲鳴に、“ドタドタ”と、慌ただしい足音が近づいて来る。
無数に聞こえるその足音に、太郎は小さく「ちっ」と舌打ちすると、急いで杏子姫の部屋から庭へと飛び出した。
そして庭木を登り、枝をつたって源屋敷を囲う高い塀をヒョイと飛び越え逃げて行く。
「待て、お前は何者だ! 姫様に何をした!!」
杏子姫の部屋へと駆けつけた数人の護衛達が逃げる太郎の後を追いかける。
「姫様!杏子姫様っ!ご無事ですか?!」
護衛の者達とは別に、数人の侍女達が杏子姫の部屋へと駆け込んで来た。
駆け込むなり侍女達は、杏子姫の姿に言葉を失う。
「杏子! 杏子! 今の叫び声はなんだ?! 何があった?!」
そんな侍女達から遅れて杏子姫の父、護までもが駆け込んで来て、娘のあられもない姿に、護もまた絶句した。
「……誰だ……誰がこんな事……誰が杏子にこんな……」
「お父様……お父様……私……」
泣き崩れる娘の元へ、自身が着ていた羽織そっとかけてやりながら、震える娘の体をギュッと抱き締める護。
「誰にやられた? いったいだれがこんな……」
「………」
護の問いに、泣くばかりの杏子姫。何とか娘を慰めようと、護は娘の背中をさすってやる。
だが、杏子姫の涙が止まる事はなかった。
暫くして、侵入者の後を追いかけて行った屋敷の護衛の者達が帰って来た。
「何?! 逃がしただと? お前達はいったい何をやってるんだ!! 良いか、何としても取っ捕まえて、私の前に引きずり出せ!! 娘をこんな目に合わせた罪、絶対に許してなるものか! 何としても責任をとらせてやる!!」
侵入者を逃し、ノコノコ帰って来た護衛の者達に罵声を浴びせる護。
護の言葉に、泣くばかりだった杏子姫が、やっと顔をあげた。
「……責任?」
「そうだ。杏子をこんな目に遭わせた罪は、身をもって償ってもらうぞ!」
「…………」
「杏子、お前は犯人の顔は見なかったのか?」
「……」
「いや、お前にこんな事を聞くのは忍びないな。怖かった記憶を無理に思い出す事はない」
「……いいえ、見ました。私、私を襲った男の顔、はっきりと見ました」
「何?! いったい誰だ! お前をこんな目に合わせたのは誰なんだ!!」
「…………郎様。平……小次郎……様……」
「小次郎? 小次郎と言うと……何度かお前を尋ね来ていたあの男か!」
「………はい。私をこんな目に合わせたのは、小次郎様です。お父様、どうか……どうか小次郎様にこの責任をとらせて下さいませ」
「あい分かった。必ずや罪を償ってもらうぞ。何もかも父に任せておけ」
(……ごめんなさい、小次郎様。関係のない貴方様を巻き込んでしまって……ごめんなさい……。でも私、どうしても貴方と離れたくないんです。貴方の妻に……なりたいんです)
ほんの出来心だった。
好きでもない男に初めてを奪われたのだと、信じたくなかった。
初めての相手は、小次郎だったのだと、信じたかった。
そして何より『責任をとらせる』と言った護の言葉に、杏子姫は小次郎との未来を期待してしまった。
ほんの出来心からついた嘘だった。
杏子姫のついてしまったこの嘘が、後に取り返しのつかない事態を引き起こすなど、この時の彼女は考えもしなかったのだ。
真っ暗だった部屋には、窓から差し込む日の光で、うっすらと明るさを取り戻し始めていた。どうやらそろそろ朝を迎える時間のようだ。
それまで真っ暗で見えなかった小次郎の顔を、別れる前に今一度瞳に焼き付けたいと、杏子姫は与えられる快楽の中、ゆっくりと目を開けた。
「っ……」
開けた瞬間、絶句する。瞳に映った人物は、思い描いていた小次郎とは全くの別人――太郎だったから。
「……どうして……どうして貴方が……?」
やっとの思いで絞り出した声。杏子姫の大きな瞳からは、大粒の涙がポロポロと溢れ落ちて行く。
そんな姫の姿にクスッと笑みを溢しながら、太郎は再び杏子姫の唇に口付けを落とした。
「いや、やめて」
「やめて? 何故そのようなつれない事をおっしゃるのですか? 先程まで、あんなに私を求めてくださったのに」
からかうように微笑みながら、首元に吸い付いてくる太郎の行為に、杏子姫の顔は苦痛に歪む。
「やめて、離して……やめてやめてやめて……いや~~!!」
太郎が与える不快感から、必死に逃げようともがく杏子姫は、狂ったように泣き叫んだ。
杏子姫の悲鳴に、“ドタドタ”と、慌ただしい足音が近づいて来る。
無数に聞こえるその足音に、太郎は小さく「ちっ」と舌打ちすると、急いで杏子姫の部屋から庭へと飛び出した。
そして庭木を登り、枝をつたって源屋敷を囲う高い塀をヒョイと飛び越え逃げて行く。
「待て、お前は何者だ! 姫様に何をした!!」
杏子姫の部屋へと駆けつけた数人の護衛達が逃げる太郎の後を追いかける。
「姫様!杏子姫様っ!ご無事ですか?!」
護衛の者達とは別に、数人の侍女達が杏子姫の部屋へと駆け込んで来た。
駆け込むなり侍女達は、杏子姫の姿に言葉を失う。
「杏子! 杏子! 今の叫び声はなんだ?! 何があった?!」
そんな侍女達から遅れて杏子姫の父、護までもが駆け込んで来て、娘のあられもない姿に、護もまた絶句した。
「……誰だ……誰がこんな事……誰が杏子にこんな……」
「お父様……お父様……私……」
泣き崩れる娘の元へ、自身が着ていた羽織そっとかけてやりながら、震える娘の体をギュッと抱き締める護。
「誰にやられた? いったいだれがこんな……」
「………」
護の問いに、泣くばかりの杏子姫。何とか娘を慰めようと、護は娘の背中をさすってやる。
だが、杏子姫の涙が止まる事はなかった。
暫くして、侵入者の後を追いかけて行った屋敷の護衛の者達が帰って来た。
「何?! 逃がしただと? お前達はいったい何をやってるんだ!! 良いか、何としても取っ捕まえて、私の前に引きずり出せ!! 娘をこんな目に合わせた罪、絶対に許してなるものか! 何としても責任をとらせてやる!!」
侵入者を逃し、ノコノコ帰って来た護衛の者達に罵声を浴びせる護。
護の言葉に、泣くばかりだった杏子姫が、やっと顔をあげた。
「……責任?」
「そうだ。杏子をこんな目に遭わせた罪は、身をもって償ってもらうぞ!」
「…………」
「杏子、お前は犯人の顔は見なかったのか?」
「……」
「いや、お前にこんな事を聞くのは忍びないな。怖かった記憶を無理に思い出す事はない」
「……いいえ、見ました。私、私を襲った男の顔、はっきりと見ました」
「何?! いったい誰だ! お前をこんな目に合わせたのは誰なんだ!!」
「…………郎様。平……小次郎……様……」
「小次郎? 小次郎と言うと……何度かお前を尋ね来ていたあの男か!」
「………はい。私をこんな目に合わせたのは、小次郎様です。お父様、どうか……どうか小次郎様にこの責任をとらせて下さいませ」
「あい分かった。必ずや罪を償ってもらうぞ。何もかも父に任せておけ」
(……ごめんなさい、小次郎様。関係のない貴方様を巻き込んでしまって……ごめんなさい……。でも私、どうしても貴方と離れたくないんです。貴方の妻に……なりたいんです)
ほんの出来心だった。
好きでもない男に初めてを奪われたのだと、信じたくなかった。
初めての相手は、小次郎だったのだと、信じたかった。
そして何より『責任をとらせる』と言った護の言葉に、杏子姫は小次郎との未来を期待してしまった。
ほんの出来心からついた嘘だった。
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