117 / 279
第一幕 板東編
一夜の過ち
しおりを挟む
その後何度絶頂を迎えても、互いを求めあった二人。
真っ暗だった部屋には、窓から差し込む日の光で、うっすらと明るさを取り戻し始めていた。どうやらそろそろ朝を迎える時間のようだ。
それまで真っ暗で見えなかった小次郎の顔を、別れる前に今一度瞳に焼き付けたいと、杏子姫は与えられる快楽の中、ゆっくりと目を開けた。
「っ……」
開けた瞬間、絶句する。瞳に映った人物は、思い描いていた小次郎とは全くの別人――太郎だったから。
「……どうして……どうして貴方が……?」
やっとの思いで絞り出した声。杏子姫の大きな瞳からは、大粒の涙がポロポロと溢れ落ちて行く。
そんな姫の姿にクスッと笑みを溢しながら、太郎は再び杏子姫の唇に口付けを落とした。
「いや、やめて」
「やめて? 何故そのようなつれない事をおっしゃるのですか? 先程まで、あんなに私を求めてくださったのに」
からかうように微笑みながら、首元に吸い付いてくる太郎の行為に、杏子姫の顔は苦痛に歪む。
「やめて、離して……やめてやめてやめて……いや~~!!」
太郎が与える不快感から、必死に逃げようともがく杏子姫は、狂ったように泣き叫んだ。
杏子姫の悲鳴に、“ドタドタ”と、慌ただしい足音が近づいて来る。
無数に聞こえるその足音に、太郎は小さく「ちっ」と舌打ちすると、急いで杏子姫の部屋から庭へと飛び出した。
そして庭木を登り、枝をつたって源屋敷を囲う高い塀をヒョイと飛び越え逃げて行く。
「待て、お前は何者だ! 姫様に何をした!!」
杏子姫の部屋へと駆けつけた数人の護衛達が逃げる太郎の後を追いかける。
「姫様!杏子姫様っ!ご無事ですか?!」
護衛の者達とは別に、数人の侍女達が杏子姫の部屋へと駆け込んで来た。
駆け込むなり侍女達は、杏子姫の姿に言葉を失う。
「杏子! 杏子! 今の叫び声はなんだ?! 何があった?!」
そんな侍女達から遅れて杏子姫の父、護までもが駆け込んで来て、娘のあられもない姿に、護もまた絶句した。
「……誰だ……誰がこんな事……誰が杏子にこんな……」
「お父様……お父様……私……」
泣き崩れる娘の元へ、自身が着ていた羽織そっとかけてやりながら、震える娘の体をギュッと抱き締める護。
「誰にやられた? いったいだれがこんな……」
「………」
護の問いに、泣くばかりの杏子姫。何とか娘を慰めようと、護は娘の背中をさすってやる。
だが、杏子姫の涙が止まる事はなかった。
暫くして、侵入者の後を追いかけて行った屋敷の護衛の者達が帰って来た。
「何?! 逃がしただと? お前達はいったい何をやってるんだ!! 良いか、何としても取っ捕まえて、私の前に引きずり出せ!! 娘をこんな目に合わせた罪、絶対に許してなるものか! 何としても責任をとらせてやる!!」
侵入者を逃し、ノコノコ帰って来た護衛の者達に罵声を浴びせる護。
護の言葉に、泣くばかりだった杏子姫が、やっと顔をあげた。
「……責任?」
「そうだ。杏子をこんな目に遭わせた罪は、身をもって償ってもらうぞ!」
「…………」
「杏子、お前は犯人の顔は見なかったのか?」
「……」
「いや、お前にこんな事を聞くのは忍びないな。怖かった記憶を無理に思い出す事はない」
「……いいえ、見ました。私、私を襲った男の顔、はっきりと見ました」
「何?! いったい誰だ! お前をこんな目に合わせたのは誰なんだ!!」
「…………郎様。平……小次郎……様……」
「小次郎? 小次郎と言うと……何度かお前を尋ね来ていたあの男か!」
「………はい。私をこんな目に合わせたのは、小次郎様です。お父様、どうか……どうか小次郎様にこの責任をとらせて下さいませ」
「あい分かった。必ずや罪を償ってもらうぞ。何もかも父に任せておけ」
(……ごめんなさい、小次郎様。関係のない貴方様を巻き込んでしまって……ごめんなさい……。でも私、どうしても貴方と離れたくないんです。貴方の妻に……なりたいんです)
ほんの出来心だった。
好きでもない男に初めてを奪われたのだと、信じたくなかった。
初めての相手は、小次郎だったのだと、信じたかった。
そして何より『責任をとらせる』と言った護の言葉に、杏子姫は小次郎との未来を期待してしまった。
ほんの出来心からついた嘘だった。
杏子姫のついてしまったこの嘘が、後に取り返しのつかない事態を引き起こすなど、この時の彼女は考えもしなかったのだ。
真っ暗だった部屋には、窓から差し込む日の光で、うっすらと明るさを取り戻し始めていた。どうやらそろそろ朝を迎える時間のようだ。
それまで真っ暗で見えなかった小次郎の顔を、別れる前に今一度瞳に焼き付けたいと、杏子姫は与えられる快楽の中、ゆっくりと目を開けた。
「っ……」
開けた瞬間、絶句する。瞳に映った人物は、思い描いていた小次郎とは全くの別人――太郎だったから。
「……どうして……どうして貴方が……?」
やっとの思いで絞り出した声。杏子姫の大きな瞳からは、大粒の涙がポロポロと溢れ落ちて行く。
そんな姫の姿にクスッと笑みを溢しながら、太郎は再び杏子姫の唇に口付けを落とした。
「いや、やめて」
「やめて? 何故そのようなつれない事をおっしゃるのですか? 先程まで、あんなに私を求めてくださったのに」
からかうように微笑みながら、首元に吸い付いてくる太郎の行為に、杏子姫の顔は苦痛に歪む。
「やめて、離して……やめてやめてやめて……いや~~!!」
太郎が与える不快感から、必死に逃げようともがく杏子姫は、狂ったように泣き叫んだ。
杏子姫の悲鳴に、“ドタドタ”と、慌ただしい足音が近づいて来る。
無数に聞こえるその足音に、太郎は小さく「ちっ」と舌打ちすると、急いで杏子姫の部屋から庭へと飛び出した。
そして庭木を登り、枝をつたって源屋敷を囲う高い塀をヒョイと飛び越え逃げて行く。
「待て、お前は何者だ! 姫様に何をした!!」
杏子姫の部屋へと駆けつけた数人の護衛達が逃げる太郎の後を追いかける。
「姫様!杏子姫様っ!ご無事ですか?!」
護衛の者達とは別に、数人の侍女達が杏子姫の部屋へと駆け込んで来た。
駆け込むなり侍女達は、杏子姫の姿に言葉を失う。
「杏子! 杏子! 今の叫び声はなんだ?! 何があった?!」
そんな侍女達から遅れて杏子姫の父、護までもが駆け込んで来て、娘のあられもない姿に、護もまた絶句した。
「……誰だ……誰がこんな事……誰が杏子にこんな……」
「お父様……お父様……私……」
泣き崩れる娘の元へ、自身が着ていた羽織そっとかけてやりながら、震える娘の体をギュッと抱き締める護。
「誰にやられた? いったいだれがこんな……」
「………」
護の問いに、泣くばかりの杏子姫。何とか娘を慰めようと、護は娘の背中をさすってやる。
だが、杏子姫の涙が止まる事はなかった。
暫くして、侵入者の後を追いかけて行った屋敷の護衛の者達が帰って来た。
「何?! 逃がしただと? お前達はいったい何をやってるんだ!! 良いか、何としても取っ捕まえて、私の前に引きずり出せ!! 娘をこんな目に合わせた罪、絶対に許してなるものか! 何としても責任をとらせてやる!!」
侵入者を逃し、ノコノコ帰って来た護衛の者達に罵声を浴びせる護。
護の言葉に、泣くばかりだった杏子姫が、やっと顔をあげた。
「……責任?」
「そうだ。杏子をこんな目に遭わせた罪は、身をもって償ってもらうぞ!」
「…………」
「杏子、お前は犯人の顔は見なかったのか?」
「……」
「いや、お前にこんな事を聞くのは忍びないな。怖かった記憶を無理に思い出す事はない」
「……いいえ、見ました。私、私を襲った男の顔、はっきりと見ました」
「何?! いったい誰だ! お前をこんな目に合わせたのは誰なんだ!!」
「…………郎様。平……小次郎……様……」
「小次郎? 小次郎と言うと……何度かお前を尋ね来ていたあの男か!」
「………はい。私をこんな目に合わせたのは、小次郎様です。お父様、どうか……どうか小次郎様にこの責任をとらせて下さいませ」
「あい分かった。必ずや罪を償ってもらうぞ。何もかも父に任せておけ」
(……ごめんなさい、小次郎様。関係のない貴方様を巻き込んでしまって……ごめんなさい……。でも私、どうしても貴方と離れたくないんです。貴方の妻に……なりたいんです)
ほんの出来心だった。
好きでもない男に初めてを奪われたのだと、信じたくなかった。
初めての相手は、小次郎だったのだと、信じたかった。
そして何より『責任をとらせる』と言った護の言葉に、杏子姫は小次郎との未来を期待してしまった。
ほんの出来心からついた嘘だった。
杏子姫のついてしまったこの嘘が、後に取り返しのつかない事態を引き起こすなど、この時の彼女は考えもしなかったのだ。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
連合航空艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。
デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。
浅井長政は織田信長に忠誠を誓う
ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
日本には1942年当時世界最強の機動部隊があった!
明日ハレル
歴史・時代
第2次世界大戦に突入した日本帝国に生き残る道はあったのか?模索して行きたいと思います。
当時6隻の空母を集中使用した南雲機動部隊は航空機300余機を持つ世界最強の戦力でした。
ただ彼らにもレーダーを持たない、空母の直掩機との無線連絡が出来ない、ダメージコントロールが未熟である。制空権の確保という理論が判っていない、空母戦術への理解が無い等多くの問題があります。
空母が誕生して戦術的な物を求めても無理があるでしょう。ただどの様に強力な攻撃部隊を持っていても敵地上空での制空権が確保できなけれな、簡単に言えば攻撃隊を守れなけれな無駄だと言う事です。
空母部隊が対峙した場合敵側の直掩機を強力な戦闘機部隊を攻撃の前の送って一掃する手もあります。
日本のゼロ戦は優秀ですが、悪迄軽戦闘機であり大馬力のPー47やF4U等が出てくれば苦戦は免れません。
この為旧式ですが96式陸攻で使われた金星エンジンをチューンナップし、金星3型エンジン1350馬力に再生させこれを積んだ戦闘機、爆撃機、攻撃機、偵察機を陸海軍共通で戦う。
共通と言う所が大事で国力の小さい日本には試作機も絞って開発すべきで、陸海軍別々に開発する余裕は無いのです。
その他数多くの改良点はありますが、本文で少しづつ紹介して行きましょう。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる