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第一幕 板東編
初恋物語②
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「杏子姫様! 今日は少し外に出掛けませんか?」
「外に?」
「はい。いつもお会いになる時は杏子姫様のお部屋の中だけ。ふとたまに外を眺めては、切なげな表情をされる時があると小次郎が言うものですから、もしかして杏子姫様は外の世界に憧れているのではないかと」
「……小次郎様が?」
杏子が小次郎を見ると、小次郎は慌てたように顔を背けた。その顔はどこか赤らんでいるようにも見えて、どうやら恥ずかしがっているようだと杏子は思った。
普段あまり喋らない小次郎だったが、自分の事をよく見てくれていたのだと分かって、何だか嬉しい気持ちになった。
「……よく、分かりましたね。誰にも不満を漏らした事はなかったのに……。実は私、生まれてから数える程しか外に出た事がありません。ですから、外の世界はどんなものかと少し興味を持っていました」
「やっぱり。ならば行きましょう。小次郎と私の秘密の遊び場にお連れいたしますよ」
「お二人の秘密の遊び場? お二人の秘密に私も入れて頂けるのですか? それは……素敵ですね。嬉しいです。でも……父が許してくれるかどうか……」
「大丈夫。内緒で抜け出せば良いのです。バレなければ怒られる事もありません。杏子姫の侍女の方々にも協力してくれるようお願いしました」
「で、でも……もし何か怖い目にあったら……」
「それも大丈夫。私と小次郎でお守りします。なぁ、小次郎」
「あぁ」
小次郎の短いながらも力強い返事に杏子が彼を見ると、今度は顔を背ける事無く、杏子に対して力強く頷いて見せた。
普段物静かな小次郎の後押しに何だか勇気づけられて、杏子もついに二人の申し出にコクンと頷いた。
「……はい。宜しくお願い致します」
「杏子姫様!こちらです。どうですか。水面がきらきら輝いて、凄く綺麗でしょ」
「はい! とっても」
太郎と小次郎が杏子を連れて来たのは、太郎の父国香が治める領土と、杏子の父護が治める領土の丁度境目に流れる川だった。
川の上流にあたるこの場所は、小川ほどの細く頼りない流れだったが、透き通る水は綺麗で、青々と生い茂る樹木が心地よい木陰をつくっている。暑い夏にはとても心地良い場所だった。
「そうだ、こちらに来て下さい。昨日、私と小次郎で罠を仕掛けたのです。きっと小魚がいっぱい採れているはずですよ」
「へえ、これがお魚? 本当にいっぱいいますね。小さくて、とても可愛いらしいです」
大きめの石の上にしゃがみ込み、恐る恐る川の中を覗き込みながらも、初めて目にする小魚の姿に微笑む杏子。
そんな彼女の横顔を近くで眺めながら太郎は言った。
「杏子姫様のその笑顔もとても可愛いらしいですよ。こんなに喜んで下さるならお連れしたかいがありました」
「た、太郎様ったら、またそうやって、私をからかうのはおやめ下さい」
「顔を真っ赤にして怒る姿も、また愛らしい」
「もう、太郎様! きゃっ!?」
恥ずかしさに勢いよく立ち上がった杏子姫。その拍子に足を滑らせて体制を崩す。
「危ないっ!」
すかさず彼女の後ろに立っていた小次郎が、川に向かって落ちそうになった彼女の腕をグッと掴むと、自身の元へ抱き寄せる。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
すぐ耳元で聞こえる小次郎の声。杏子の胸はドクンと大きく跳ねた。
更には背中に感じる小次郎の体温。そして小次郎から微かに香りくる橘の花の香りが杏子の鼓動を早くさせる。
「は、はい。小次郎様のおかげで私は何とも。あ、ありがとうございました」
「いえ。ここの岩場は苔で滑りやすくなっていますのでお気をつけ下さい」
「は、はい……。お気遣い、感謝します」
「こら、小次郎。どさくさに紛れて何杏子姫に抱きついているんだ! 抜け駆けは無しだぞ!」
「そんなつもりは。俺はただ、助けようと」
「ふん。そのわりにいつまでくっついているつもりだ?」
「こ、これはとんだ失礼を!!」
「い……いえ。お気になさらずに」
真っ赤になって照れる小次郎。杏子姫もまた、頬を染めていた。
(この方達のどちらかが私の将来の――もしどちらかを選ぶなら、いつも恥ずかしくなる程、嬉しい言葉をかけてくれる太郎様? それとも、口下手だけど影ながらそっと支えて下さる小次郎様? 私はどちらの殿方を好きになれるだろうか?)
杏子姫がその問いの答えに辿り着くまでに、そう時間はかからなかった。
「外に?」
「はい。いつもお会いになる時は杏子姫様のお部屋の中だけ。ふとたまに外を眺めては、切なげな表情をされる時があると小次郎が言うものですから、もしかして杏子姫様は外の世界に憧れているのではないかと」
「……小次郎様が?」
杏子が小次郎を見ると、小次郎は慌てたように顔を背けた。その顔はどこか赤らんでいるようにも見えて、どうやら恥ずかしがっているようだと杏子は思った。
普段あまり喋らない小次郎だったが、自分の事をよく見てくれていたのだと分かって、何だか嬉しい気持ちになった。
「……よく、分かりましたね。誰にも不満を漏らした事はなかったのに……。実は私、生まれてから数える程しか外に出た事がありません。ですから、外の世界はどんなものかと少し興味を持っていました」
「やっぱり。ならば行きましょう。小次郎と私の秘密の遊び場にお連れいたしますよ」
「お二人の秘密の遊び場? お二人の秘密に私も入れて頂けるのですか? それは……素敵ですね。嬉しいです。でも……父が許してくれるかどうか……」
「大丈夫。内緒で抜け出せば良いのです。バレなければ怒られる事もありません。杏子姫の侍女の方々にも協力してくれるようお願いしました」
「で、でも……もし何か怖い目にあったら……」
「それも大丈夫。私と小次郎でお守りします。なぁ、小次郎」
「あぁ」
小次郎の短いながらも力強い返事に杏子が彼を見ると、今度は顔を背ける事無く、杏子に対して力強く頷いて見せた。
普段物静かな小次郎の後押しに何だか勇気づけられて、杏子もついに二人の申し出にコクンと頷いた。
「……はい。宜しくお願い致します」
「杏子姫様!こちらです。どうですか。水面がきらきら輝いて、凄く綺麗でしょ」
「はい! とっても」
太郎と小次郎が杏子を連れて来たのは、太郎の父国香が治める領土と、杏子の父護が治める領土の丁度境目に流れる川だった。
川の上流にあたるこの場所は、小川ほどの細く頼りない流れだったが、透き通る水は綺麗で、青々と生い茂る樹木が心地よい木陰をつくっている。暑い夏にはとても心地良い場所だった。
「そうだ、こちらに来て下さい。昨日、私と小次郎で罠を仕掛けたのです。きっと小魚がいっぱい採れているはずですよ」
「へえ、これがお魚? 本当にいっぱいいますね。小さくて、とても可愛いらしいです」
大きめの石の上にしゃがみ込み、恐る恐る川の中を覗き込みながらも、初めて目にする小魚の姿に微笑む杏子。
そんな彼女の横顔を近くで眺めながら太郎は言った。
「杏子姫様のその笑顔もとても可愛いらしいですよ。こんなに喜んで下さるならお連れしたかいがありました」
「た、太郎様ったら、またそうやって、私をからかうのはおやめ下さい」
「顔を真っ赤にして怒る姿も、また愛らしい」
「もう、太郎様! きゃっ!?」
恥ずかしさに勢いよく立ち上がった杏子姫。その拍子に足を滑らせて体制を崩す。
「危ないっ!」
すかさず彼女の後ろに立っていた小次郎が、川に向かって落ちそうになった彼女の腕をグッと掴むと、自身の元へ抱き寄せる。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
すぐ耳元で聞こえる小次郎の声。杏子の胸はドクンと大きく跳ねた。
更には背中に感じる小次郎の体温。そして小次郎から微かに香りくる橘の花の香りが杏子の鼓動を早くさせる。
「は、はい。小次郎様のおかげで私は何とも。あ、ありがとうございました」
「いえ。ここの岩場は苔で滑りやすくなっていますのでお気をつけ下さい」
「は、はい……。お気遣い、感謝します」
「こら、小次郎。どさくさに紛れて何杏子姫に抱きついているんだ! 抜け駆けは無しだぞ!」
「そんなつもりは。俺はただ、助けようと」
「ふん。そのわりにいつまでくっついているつもりだ?」
「こ、これはとんだ失礼を!!」
「い……いえ。お気になさらずに」
真っ赤になって照れる小次郎。杏子姫もまた、頬を染めていた。
(この方達のどちらかが私の将来の――もしどちらかを選ぶなら、いつも恥ずかしくなる程、嬉しい言葉をかけてくれる太郎様? それとも、口下手だけど影ながらそっと支えて下さる小次郎様? 私はどちらの殿方を好きになれるだろうか?)
杏子姫がその問いの答えに辿り着くまでに、そう時間はかからなかった。
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